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味わい深い! 大人の恋愛小説 Part1 北上次郎・選

味わい深い! 大人の恋愛小説 Part1 北上次郎・選

文:北上 次郎

本読みのプロが「推す」2022年のマイベスト10

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

北上次郎が推す十冊

『宙ごはん』(町田そのこ/小学館)
『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)
「恋澤姉妹」(『彼女。百合小説アンソロジー』所収)(青崎有吾/実業之日本社)
『恋愛の発酵と腐敗について』(錦見映理子/小学館)
『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ/集英社)
『たこせんと蜻蛉玉』(尾崎英子/光文社)
『底惚れ』(青山文平/徳間書店)
『求めよ、さらば』(奥田亜希子/KADOKAWA)
『プリンシパル』(長浦京/新潮社)
『空をこえて七星のかなた』(加納朋子/集英社)
※文章登場順

報われぬ恋、報われる恋

北上次郎(きたがみ・じろう)
1946(昭和21)年東京都生まれ。ミステリー文学評論家。2000(平成12)年まで「本の雑誌」の発行人を務める。主な著書に『エンターテインメント作家ファイル108 国内編』『感情の法則』『記憶の放物線』『息子たちよ』『書評稼業四十年』『阿佐田哲也はこう読め!』など、共編著に『日本ハードボイルド全集』などがある。2023年逝去、享年76。

 報われぬ恋、がいい。成就する恋など、つまらない。恋しても恋しても、相手は振り向いてくれない――そういうシチュエーションがいい。想像するだけで胸がキュンキュンしてくる。

 たとえば、『宙ごはん』に登場する佐伯だ。この男は花野さんへの思いが強すぎて、ほぼ毎日、花野さんとその娘宙(そら)ちゃんのご飯を届けている。花野さんが食事を作らないので(それどころか子供の世話もしない。授業参観の日に恋人とデートにいく母親なのだ)、佐伯が食事を届け、宙ちゃんの話し相手になったりする。佐伯の実家がレストランを経営しているとはいっても、これはやりすぎだ。中学の後輩というだけの関係で、花野さんのほうにその気はまったくないから、佐伯の完全なる片思いである。報われぬ恋、である。

 ところでこの小説、たとえば各話タイトルが「ふわふわパンケーキのイチゴジャム添え」というものなので、昨今流行りの「食べ物をモチーフにした柔らかな小説」をイメージすると、とんでもない。中身はおそろしく濃厚で過激。実は「瀬尾まいこに包まれた遠田潤子」なのである。

『汝、星のごとく』は秀逸なプロローグで始まっている。ヒロインは高校時代の恩師と結婚しているのだが、歳の離れたその夫は、「月に一度、恋人に会いにいく」とプロローグにあるのだ。なんなんだこれは、といきなり物語の中にひきずりこまれる。続いて第一章から始まるのは高校時代のヒロインの恋で、相手は転校してきた男子生徒。しかしいま、恩師と結婚しているということは、その初恋の相手とは一緒にならなかったということだ。あるいは一度は結婚しても別れたということだ。いったいどのパターンなんだと、ページを繰る手が止まらない。凪良ゆうの最高傑作。ホントにうまい。

 こんなゆっくりしたペースでは全部を紹介しきれないので、あとは急ぐ。中編「恋澤姉妹」は「失われた恋」を描く最強の恋愛小説で、その切れ味鋭い描写がカッコいい。女性が複数登場する小説は、百合小説なのか、友情小説なのか、それともシスターフッドなのかと最近は分類されがちで、たとえば「恋澤姉妹」は百合、錦見映理子『恋愛の発酵と腐敗について』はシスターフッドで語られることが少なくないが、そんな基準を持ち出さなくても、「報われぬ恋」というキーワードで語れたりする。

「失われた恋」の風景を読みたければ、『ミーツ・ザ・ワールド』を手にとればいいし、二十年以上前の初恋は何だったのかと考えたければ『たこせんと蜻蛉玉』を繙けばいい。

 報われるかどうかわからないまま進んでいく小説も少なくなく、今回は『底惚れ』と、『求めよ、さらば』。前者は、女性を探すためにとんでもないことを考える男が主人公。こんなことまでするかという想像を絶する奇手がキモ。下手すればストーカーすれすれだが、あまりにスケールが大きいとそういう声も聞こえなくなる。後者は、辻原くんの恋は果たして報われたのか報われなかったのかを読みながら考える小説で、現代の恋愛小説として大変に興味深い。

「報われぬ恋」には、現代的なパターンと古典的なパターンがあるが、『プリンシパル』に出てくるひそかな恋は、古典的なパターンで、それでも胸をつかれる思いがするのは、恋愛の真実がここにあるのかも。

 というわけで、最後に残ったのが、加納朋子『空をこえて七星(ななせ)のかなた』。これもまた恋愛小説として書かれたわけではなく、その小説の中に、恋の香りを嗅いでしまうにすぎないが、これは仕掛けのある小説なので、詳しくは紹介できない。書くことが出来るのは、ここにも報われぬ恋の物語がある、ということだけだ。

 この稿のテーマからやや逸脱することをお許しいただけるのなら、これは善意あふれる小説で、にもかかわらず、私たちの生きる世界の奥行きの深さと素晴らしさを伝えてくる傑作だ。こんなに愉しい小説は滅多にない。2022年に読んだ本の中で、いちばん愉しかったといっても過言ではない。

 そして、報われぬ恋がいい、とさんざん言っておきながら、報われる恋もいいよな、と矛盾したことをつい思ってしまう小説でもある。まったく勝手なことで申し訳ない。


(「オール讀物」2月号より)


北上次郎さんは、2023年1月19日、肺がんのため逝去されました(この記事はご遺族の許可を得て掲載しております)。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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