- 2023.03.10
- 特集
味わい深い! 大人の恋愛小説 Part2 吉田伸子・選
文:吉田 伸子
本読みのプロが「推す」2022年のマイベスト10
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
吉田伸子が推す十冊
『求めよ、さらば』(奥田亜希子/KADOKAWA)
『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ/集英社)
『ミス・サンシャイン』(吉田修一/文藝春秋)
『恋愛の発酵と腐敗について』(錦見映理子/小学館)
『きみだからさびしい』(大前粟生/文藝春秋)
『ヒカリ文集』(松浦理英子/講談社)
「恋澤姉妹」(『彼女。百合小説アンソロジー』所収)(青崎有吾/実業之日本社)
『アナベル・リイ』(小池真理子/KADOKAWA)
『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)
『かんむり』(彩瀬まる/幻冬舎)
※文章登場順
愛は深い。そして愛は勁い。
恋愛というのは、成就するかしないかが大事なのではなくて、想いを寄せる相手が幸せであるようにと、自分を勘定にいれずに願えることなのではないか。ここ10年くらい、そんなことを考えていたせいか、2022年のマイベストとして私があげた作品には、そのことを裏付けるようなものが多かったように思う。以下、本の刊行順に触れていきます。
奥田亜希子『求めよ、さらば』は、夫婦小説は、広義の恋愛小説である、という私の持論にドンピシャな一冊。mixiやインスタというSNSが、物語を強化するツールとして絶妙に生かされている点にも注目。
志織は三十四歳の翻訳家。五年の交際を経て結婚した夫の誠太は、ITASEというアカウントを持ち、「愛妻家フォトグラファー」「完璧な旦那」として志織の友人たちに認識されている。ちなみに、この「愛妻家フォトグラファー」って、うへぇっ、となりませんか? 私はなりました。そして、そのうへぇっ、が物語の中でじわじわ効いてくるんです。
志織と誠太が不妊治療中である、というのもミソ。夫婦ってなんだろう、夫婦にとって子どもってなんだろう。その答えの一つが、本書には、ある。
金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』は、帯に書かれた「死にたいキャバ嬢と推したい腐女子」が全てを言い尽くしているので、このコピーが響いた人は、迷わず書店にGO!
歌舞伎町の路上で酔い潰れていた由嘉里に手を差し伸べたのは、美しいキャバ嬢ライ。そこから徒歩圏内にあるライの自宅マンションに連れられていった由嘉里は、そこがいわゆる「汚部屋」であることに衝撃を受ける。
ここから、27歳になって婚活を始めました、という銀行員の由嘉里と、死にたくて死にたくてしょうがないライとの物語が始まる。相容れない由嘉里とライの価値観がイコールになることはないのだが、“ザ・普通”だった腐女子の由嘉里が、ホストのアサヒや作家のユキという、クセの強いライの友人と知り合うことで、自分の世界を広げていく過程がいい。推しへの愛と三次元の恋の行方、は実際に本書でお読みください。
吉田修一『ミス・サンシャイン』は、かつての銀幕のヒロイン「和楽京子」の自宅で荷物整理をすることになった大学院生・岡田一心の物語。今は引退して「鈴さん」となって穏やかに日々を送る彼女のことを知るほどに、淡い想いを抱く一心。辛い恋で傷ついた一心が、鈴さんのもとで癒されていく様が愛おしい。
加えて、被爆者だった鈴さんが「和楽京子」として抱えていた想いが、圧倒的な説得力で胸に迫る。優れた恋愛小説であると同時に、優れた反戦小説でもあります。一心くんに、あの、世之介の面影があるのもまた良き、良き。
錦見映理子『恋愛の発酵と腐敗について』は、物語の真ん中に心優しいダメ男・虎之介を置くことで回っていく。パン職人としての腕は一流なのに、女にだらしない虎之介が巻き起こすラブアフェア。虎之介のただ一人の恋人であり、虎之介の過去の女たちの面倒をみているスナックのママ伊都子のキャラが最高。伊都子のスナックに飲みに行きたい!
大前粟生『きみだからさびしい』は、ポリアモリー(複数の人とオープンな恋愛関係を持つこと)のあやめに想いを寄せる圭吾の物語。自分だけのあやめ、でいて欲しい思いと、丸ごとのあやめを受け入れたい思いで揺れる圭吾。このタイトル、素晴らしい。
松浦理英子『ヒカリ文集』は、学生劇団の男女6人がそれぞれに魅せられた、ヒカリという女性のピースをそれぞれに語っていく、というもの。6人6通りのヒカリは、そのどれもが本当のヒカリで、そして同じくらいどれも本当ではなかったような気がする。
青崎有吾「恋澤姉妹」(『彼女。百合小説アンソロジー』所収)で描かれているのは、ずばり、恋愛の本質だ。それは、「見るな、という気持ち」。だからこそ、ばきばきにソリッドでクールなこの短編のラスト一行が、こんなにも心を打つ。
小池真理子『アナベル・リイ』は、愛深きが故に、死後もなお彷徨う魂について綴られたもの。美しい文章で描かれた、背中がそくそくとするような怖さは、絶品です。
凪良ゆう『汝、星のごとく』は、冒頭で書いた、相手の幸せを願うことの尊さを、余すところなく伝えてくれる物語だ。高校生の時に出会った暁海と櫂。それぞれに異なる家庭の事情を抱えた二人が、惹かれあい、結ばれ、けれどどうしようもなく離れざるをえなくなる。
惜しみなく愛は奪ふ、とはパウロの「愛は惜しみなく与える」という言葉に対する有島武郎の言葉だが、そのどちらも正しいことが本書を読むとわかる。
彩瀬まる『かんむり』もまた夫婦小説で、こちらは夫婦の間に横たわる、埋めきれない何か(主に肉体)、に真正面から向き合った物語。愛は深い。そして愛は勁い。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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