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味わい深い! 大人の恋愛小説 Part3 瀧井朝世・選

味わい深い! 大人の恋愛小説 Part3 瀧井朝世・選

文:瀧井 朝世

本読みのプロが「推す」2022年のマイベスト10

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

瀧井朝世が推す十冊

『愛という名の切り札』(谷川直子/朝日新聞出版)
『赤と青とエスキース』(青山美智子/PHP研究所)
『アナベル・リイ』(小池真理子/KADOKAWA)
『おんなの女房』(蝉谷めぐ実/KADOKAWA)
きみだからさびしい』(大前粟生/文藝春秋)
『コスメの王様』(高殿円/小学館)
『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)
『ヒカリ文集』(松浦理英子/講談社)
ミス・サンシャイン』(吉田修一/文藝春秋)
『求めよ、さらば』(奥田亜希子/KADOKAWA)
※文章登場順

時代を映す恋愛小説

瀧井朝世(たきい・あさよ)
1970(昭和45)年東京都生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『別冊文藝春秋』『WEBきらら』『anan』『クロワッサン』『週刊新潮』『小説幻冬』『紙魚の手帖』『小説宝石』などで作家インタビュー、書評を担当。2009(平成21)~2013(平成25)年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、監修に〈恋の絵本〉シリーズ。

 前回と同様、タイトルの五十音順に紹介していく。

 谷川直子『愛という名の切り札』は、恋愛のその先の人間模様を描く。作曲家の夫を売り出すために苦心してきたライターの影山梓は、50を過ぎた夫から「好きな人ができた」と離婚を切り出される。一方、飯田百合子は結婚生活に疑問を抱かず生きてきたが、娘の香奈が恋人がいるのに「メリットがない」といって結婚しようとしないことに気を揉んでいる。まったく別の人生を歩む二人が意外なところで繋がりを持つ展開で、さまざまな結婚観、恋愛観、家族観を交錯させていく作品。

 青山美智子『赤と青とエスキース』は、一枚のエスキース(下絵)をめぐる物語。オーストラリアに一年間留学したレイは、現地に住む青年と恋に落ちる。帰国が近づく頃、レイは彼の知人の画家のモデルを務める。その際に描かれたエスキースが裏の主人公。その絵の額縁を作ることになった職人、その絵が飾られた喫茶店で元弟子と対談する漫画家ら、恋人同士とは限らない人と人との関係が章ごとに描かれていくが、実は本書には仕掛けが。読んだ人なら、本作を恋愛小説として挙げることに納得してくれるはず。

 小池真理子『アナベル・リイ』はゴースト・ストーリー。西荻窪のバーで働く悦子は、常連客のフリーライター、飯沼が連れてきた新米舞台女優、千佳代と親しくなる。飯沼と千佳代は結婚するが、ほどなく千佳代は急病で命を落としてしまう。すると、バーや悦子の自宅に千佳代の亡霊が現れるように……。怖くて甘美な愛の物語。

 蝉谷めぐ実『おんなの女房』は文政期の江戸が舞台。武家の娘、志乃は歌舞伎の人気女形、喜多村燕弥のもとに嫁ぐ。普段から女として振る舞う美しい夫との生活とは。控えめで内気な志乃だが、その人生観、女性観、結婚観は少しずつ変化していく。一風変わった夫婦の恋物語だが、最後の志乃の決断がじつに痛快だ。時代小説で新鮮な女性像を描き出した筆力に感嘆。

 大前粟生きみだからさびしいは新しい恋愛小説。コロナ禍の京都。観光ホテルに勤務する町枝圭吾が、片想い中のランニング仲間、あやめに意を決して告白すると、あやめの返答は「私さ、ポリアモリーなんだけど、それでもいい?」。ポリアモリーとは両者が合意の上で複数のパートナーと交際するライフスタイルのこと。動揺しつつもあやめと交際を開始した圭吾の恋の行方は? 周囲の人々のさまざまな恋愛事情やジェンダー問題を盛り込みつつ、異なる価値観を持つ人間同士の関係を丁寧に深く掘っていく。

 高殿円『コスメの王様』の主人公は二人。明治期、活気づく神戸の花街に売られた12歳のハナは、学業を諦め商店に奉公する少年、利一と出会う。実直で仕事熱心な利一は行商で売り上げを伸ばし、やがて独立。ハナも芸を磨き人気を博すものの、彼女は花街から出られない。二人は惹かれ合っており、大人になったのち利一がハナを引き取る展開を予想してしまうが……。女性が男性の付属物のように扱われていた時代なのに、予想外の展開。痛快!

 凪良ゆう『汝、星のごとく』は瀬戸内の島で出会った、ともに問題を抱えた母親を持つ男女二人の成長と恋の行方を描く。ストレートな恋愛小説だが、そこには親子問題や女性の自立問題を含め、さまざまなテーマが盛り込まれ読み手を圧倒する。自分の人生は自分で選んでいいのだと力強く訴えてくる。プロローグで「おやっ」と思わせて物語の牽引力にするなど、構成も巧み。

 松浦理英子『ヒカリ文集』は、姿を消した一人の学生劇団の女優、ヒカリについて、当時の仲間が寄せた文集という体裁の一冊。自由で奔放で、でもどこか寂し気で、男とも女とも恋に落ちたヒカリ。複数の視点から語られるうちに浮かび上がってくるのは、生身の女性の姿だ。旧来の相手を翻弄する悪女的なファム・ファタールのイメージを上書きし、かつ、“愛”と“親切”と“献身”について考えさせられる内容だ。

 吉田修一ミス・サンシャインは伝説の女優の一代記。戦後に女優となり、ハリウッドでも活躍し、現在80代の鈴さん。大学院生の岡田一心は、荷物整理のアルバイトで鈴さんの家に通ううち、彼女に惹かれていく。二人がともに長崎県出身というのも大きなポイント。恋愛が主題ではないが、歳の離れた二人の交流が心地よく、そのなかで少しずつ原爆というテーマを浮かび上がらせていく手さばきに唸る。

 奥田亜希子『求めよ、さらば』は夫婦の物語。不妊治療に励んでも子供ができないことだけが悩みの仲の良い夫婦。ある日突然、夫が手紙を残して姿を消してしまう。第2章では夫の視点で二人の過去が語られていく。読み手の胸をキュンキュンさせながらも、現代人のコミュニケーションについて、大切な、切実なテーマを突き付けてくる一作。


(「オール讀物」2月号より)

単行本
ミス・サンシャイン
吉田修一

定価:1,760円(税込)発売日:2022年01月07日

単行本
きみだからさびしい
大前粟生

定価:1,650円(税込)発売日:2022年02月21日

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