瀧井朝世が推す私の10冊
『オーラの発表会』(綿矢りさ/集英社)
『君の顔では泣けない』(君嶋彼方/KADOKAWA)
『共謀小説家』(蛭田亜紗子/双葉社)
『2020年の恋人たち』(島本理生/中央公論新社)
『花束は毒』(織守きょうや/文藝春秋)
『二人がいた食卓』(遠藤彩見/講談社)
『やさしい猫』(中島京子/中央公論新社)
『夜明けのすべて』(瀬尾まいこ/水鈴社)
『余命一年、男をかう』(吉川トリコ/講談社)
『累々』(松井玲奈/集英社)
※文章登場順
現代の大人の恋愛のありようと新しい一面が味わえる物語
これが第1回となる「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」。自分が選んだ10冊について、タイトルの五十音順に紹介していく。
綿矢りさ『オーラの発表会』は、人の気持ちを推し量れない、社交下手な大学生の海松子(みるこ)が恋と友情を知る物語。旧知の男性二人にアプローチされる彼女は、恋愛感情に鈍感ゆえにどちらのことも拒まず接していくが、次第に心の底で何かが蠢くように。恋の初期段階が実に丁寧に、切実に描かれている。
君嶋彼方『君の顔では泣けない』は、高校時代に身体が入れ替わった男女のその後を、元男性側である陸(現在はまなみ)の視点から描く。心は陸のまま、生理に戸惑い、セクハラに怒り、初体験を迎え、やがて夫となる男性と出会い……。他人の身体だから大事にしようという思いから、恋愛を含む人生の選択ひとつひとつに真摯に向き合う姿に、自分を大切にするとはどういうことなのか教えられる。
蛭田亜紗子『共謀小説家』の舞台は明治期。小説家を志す冬子は人気作家、尾形の家に女中奉公していた。ある出来事から窮地に立たされた彼女に、尾形の弟子、九鬼春明は「共謀しないか」とプロポーズ。夫婦となった後、やがて冬子は春明の代作を手掛けるようになる。彼らを結びつけたのは小説に対する執着だが、創作に対する姿勢は対照的。そんな二人のちょっぴり風変りな絆の物語だ。
島本理生『2020年の恋人たち』は、前原葵という32歳の女性の約2年間の物語。急逝した母が新規オープンさせようとしていた店を引き継ぎ、会社勤務を継続しながら経営しようと決意した彼女に、さまざまな出会いや再会が訪れる。これまでの島本作品の主人公は恋にのめり込むタイプが多かったが、葵は男に依存することなく、恋を楽しみながらも自分の人生を自分で選択し、変化を受け入れていくしなやかさがある。まさに現代の大人の恋愛のありようと、新しい島本理生が味わえる一作。
織守きょうや『花束は毒』は愛情というもののダークな一面がうかがえる一冊として選んだ。自分の家庭教師だった青年、真壁が「結婚をやめろ」と脅されていると知った大学生の木瀬は、探偵事務所に調査を依頼。偶然にも所長代理は中学生時代の先輩で、調査を手伝ううちに真壁の伏せられた過去の醜聞を知ってしまう。それははたして真実なのか? ラストに震え上がること必至。恋愛において、何が幸せといえるのか考えてしまう展開。
遠藤彩見『二人がいた食卓』も苦味のある作品。恋愛結婚して半年になる泉と旺介だが、あっさりした味が好みの泉に対し、旺介は「ファミレス舌」。泉はメニューに工夫を凝らすのだが……。食の好みの違いから生じる二人のすれ違いを描き、「女性は料理上手がよい」「家族は一緒に食卓を囲むもの」といった旧来の恋愛観、結婚観を見直させてくれる。
中島京子『やさしい猫』は、自分を一人で育ててくれた母親と、スリランカ人のクマさんの恋愛を、娘が語っていく。前半はまさにザ・恋愛小説の読み心地だが、実はそこには深い意味が。クマさんがビザの問題に直面し、二人の恋愛の過程が裁判において重要な判断材料となってくるのだ。終盤はもう、号泣。でも悲しい涙ではないのでご安心を。
瀬尾まいこ『夜明けのすべて』は恋愛未満の話ではあるが、男女間の真の信頼関係が築かれる話としてぜひ選びたかった。PMS(月経前症候群)の影響で月に一度苛立ちが抑えられなくなる美紗の勤務先に転職してきたのは、パニック障害を抱えた青年、山添。二人は互いの悩みに気づき、少しずつ手を差し伸べ合う。現代の理想的な関係のひとつを見た気がする。
吉川トリコ『余命一年、男をかう』もまた、関係の描き方が魅力的な一作。節約の限りを尽くして老後の資金を貯めてきた片倉唯だが、40歳で子宮癌と診断される。余命は一年。そんな彼女が勢いで大金を貸したのが、コロナ禍で金策に苦しむホストの瀬名。性格のまったく異なる相手との交流を通し、次第にどちらも自分の頑なさや偏見に気づいていく。余命宣告されたヒロインの悲恋話ではなく、出会いを通した成長物語になっているのが魅力。令和時代の「余命モノ」はこうでなくちゃ、と思わせる。
松井玲奈『累々』はいくつかの男女の光景が描かれる連作短篇集。恋人にプロポーズされてもピンとこない女、恋人がいるのに別の男とラブホテルで会う女、パパ活する女、永遠の片想いから抜け出せない女……。どれもその短篇だけで充分読ませるのだが、最後の章であっと驚く事実が判明する。ひとつの恋愛、ひとつの人生の裏側に潜む人間の複雑さをまざまざと見せつけてくれて脱帽。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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