今日を生き抜くため、少女たちは犯罪に手を染めた――川上未映子が、クライム・サスペンスに挑んだ理由

作家の書き出し

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今日を生き抜くため、少女たちは犯罪に手を染めた――川上未映子が、クライム・サスペンスに挑んだ理由

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

みんな、自分の人生を生きるのに一生懸命

——花は蘭や桃子という少女とも出会い、黄美子と四人で暮らすようになる。さきほどの「家」というのは住む家のことであり、そして疑似家族のことでもありますね。

川上 家という制度そのもののことでもありますよね。家族だけではなくて、ヤクザの家もあるし、テキヤの家もある。のヴィヴさんが、「で儲けた金は賭場から出ることはない、つまりその家から出ていかない」と言っていて「家」については書きながらいろんなことを考えました。

——そんななか、花のお母さんが突然訪ねてくる場面がありますよね。

川上 ああ、これですね(と、ピースサインをする)。

——あそこでもう、大号泣です。

川上 えーっ! あそこで!?

——もう、あのピースサインの瞬間までの描き方、その前後の花の心の動きの描き方が、すごかったです。毒親を持つこどもの複雑な心情がこれでもかっていうほど伝わってきて、あそこは泣きますよ。号泣ですよ。

川上 そうでしたか……。今回は親と子についてもきちんと向き合ってみたかったんです。親と子がどういう関係で、何によってこんなにも結び付かざるを得ないのか。でも、花のお母さんも、悪い人ではないと思っています。みんな自分の人生を生きるのに、一生懸命なんですよね。

——黄美子さんは母親が刑務所にいる。桃子のように、お金に困っていない家庭に生まれても、居場所のない子もいる。在日韓国人の映水の兄弟の話もありますね。作中の「でかいことは、なにも選べない。親も、生まれてくるとこも、自分も」という台詞がとても印象的で。

川上 みんな、ほんとに必死に生きています。

——花は黄美子さんたちとの「家」を守ろうと必死になり、詐欺師のヴィヴさんを紹介してもらい、カード詐欺に手を染めていく。少女たちの犯罪というと売春も想像しましたが、違いましたね。

川上 カード詐欺の作戦を〈アタックナンバーワン〉って言ったりして、なんだか体育会系ですよね。犯罪ではあるんだけど、自分の足を使って稼ぐことのこうようかんとスリルと、あとは、どんな仕事にでもある「真面目さ」が伝わればいいなと思いました。
 カード詐欺については、書き応えがありました。というのも、今と九〇年代ではシステムが違っていて、たとえばヤクザと半グレの関係など、色んなことの過渡期だったんですね。流行語の発生時期を見極めるのも難しいんだな、と痛感しました。そんな激動の九〇年代を、ひとりの少女が闇をシノいで生きていくはつらつとした話を書きたかったんです(笑)。

——ただ、花は頑張れば頑張るほど、たくさんのものを背負ってしまう。

川上 そうそう、責任感の強さ、面倒見の良さから、花はだんだん家父長制の頑固親父みたいになっていきますよね。みんなもう嫌だって言ってるのに「おれがこの家を守るんだ!」みたいな。

——桃子にきついことを言われる場面、あれは一言一言グサグサきました。これはシスターフッドの話でもあるけれど、女性同士の中にも家父長制が入り込んでくるとやっぱり問題が生じるものなんだな、という。

川上 人間関係が濃密になれば、良さも悪さも両方出てくる。そのどこを切り取るか、ですよね。私は女性同士の三茶での青春感もすごく好きだし、花とことさんのカラオケのシーンもすごく好きです。シスターフッドは幻想ではない、絶対に大事なことだということは、書きながらしみじみ感じていました。

——周囲の人も魅力的でした。映水は、今でいうところの反社会的な世界に身を置く登場人物ですが、花をちゃんと人間として扱っているし、妙に格好いい。詐欺師のヴィヴさんも、言うことがいちいちしびれます。「幸せな人間っていうのは、たしかにいるんだよ」「あいつらは、考えないから幸せなんだよ」とか。

川上 「金は権力で、貧乏は暴力だよ」とかね(笑)。ヴィヴは私も好きなキャラクターです。「金とはなにか」みたいなことをえんえん喋りますよね。苦労したんだな、というのがわかる(笑)。でもヴィヴが言っていることはたぶん、今の日本で、というか世界中で多くの人が思っていることなんじゃないかな。誰かが生まれつき貧乏なことに、理由はないですよね。

——他にもいろんな人の、心に残る言葉がたくさん出てきますが、ああいうのは書き進めているうちに自然と出てくる感じですか。

川上 そうですね。ちゃんとその人を書けば人生が立ち上がってきて、その人が話しているみたいに手応えを得る時がある。でも、小説には情報の要素も必要だから、ここでこれを言っておかなきゃいけない、というのもあるわけですよね。そういうバランスを考えて書いていくのが、やっぱり楽しいんです。

——ヴィヴさんの言葉で予言的なのは、「これからは名前のないやつ、顔のみえないやつが大活躍する時代になるよ」っていう。だから今のうちに稼ごう、と彼女は言っているんですけれど、その後のSNSの広まりだけでなく、犯罪に関しても確かにそうだなと思って。

川上 そうなんです。九一年に暴対法ができてから、ヤクザがちようらくしていって、半グレと呼ばれる集団が出てきたんですよね。カード詐欺の手法も変わっていったし。繰り返しになるけれど、犯罪という観点でも、情報の扱いにおいても、九〇年代の終わりは過渡期だったんですね。

——そして彼女たちはどうなっていくのか。読みながら、大人が少女を利用したのか、それとも少女が大人を利用したのか、そうであっても少女を責められるのか、などと考えさせられました。

川上 最後は、こどもに決定権はないというのを、こどもが利用したとも読めるかもしれません。で、そのことも忘れているというか、記憶に蓋をして……。

別冊文藝春秋 電子版48号 (2023年3月号)文藝春秋・編

発売日:2023年02月20日


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