世界中が半導体製造能力をめぐる競争に駆り立てられているなか、日本は再び失敗を繰り返すのか?
出典 : #文春新書
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#政治・経済・ビジネス
ここ数年、突然、半導体にスポットライトが当たるようになった。特に、日本では20年以上、半導体は斜陽産業の代表格だったため、この劇的な変化に筆者は驚いている。
日本は、1980年代半ばに、半導体メモリDRAMで世界シェア約80%を占めたが、2000年を境にほぼ全て撤退した。1社だけ残った日立製作所とNECの合弁会社エルピーダメモリも、2012年に経営破綻し、米マイクロンに買収された。
DRAMから撤退した日本半導体産業は、大規模なロジック半導体であるシステム半導体(System on a Chip、SOCともいう)に舵を切った。日本中の半導体メーカーが集結したコンソーシアムを設立し、国家プロジェクトも立ち上げた。しかし、全て失敗し、2010年以降は全く無策の状態が続いていた。
したがって、もはや日本で、半導体産業がひのき舞台に登ることはないだろうと思っていた。しかし、事態は急変した。
人は、失って初めて、失った“もの”の重要性に気づく。半導体も同じである。
2020年に入って新型コロナウイルスの感染が拡大し、2021年に世界的な半導体不足が起きた。その結果、クルマがつくれない、在宅勤務に必要なPC(パソコン)がつくれない、生活のツールとなったスマートフォンがつくれない、各種家電製品がつくれない、挙句の果てに半導体の製造装置がつくれなくなった(製造装置には多数の半導体が搭載されているからだ)。そして、何よりも深刻だったのは、パルスオキシメーターなどのコロナ用の医療機器が半導体不足でつくれなくなったことである。
つまり、人々の生活、医療、各種の産業には、半導体が必要不可欠であることを、コロナがあぶり出したのである。そのため、俄かに、半導体が脚光を浴びることになったのだ。
その半導体不足の中心には、半導体の受託生産(ファウンドリー)の分野で世界シェア約60%を占め、半導体の最先端を独走する台湾のTSMCの存在があった。
半導体には、演算を行うロジック半導体、データを保存するメモリ半導体、電気、音、光、温度、圧力などを処理するアナログ半導体がある。
この中で、特にロジック半導体不足が深刻となり、その結果として、TSMCに生産委託が殺到した。そして、クルマを基幹産業としている日本、米国、ドイツでクルマの生産ができなくなったのも、TSMCからロジック半導体などを調達できなくなったことに原因があった。
クルマだけでなく、世界のエレクトロニクス産業の要に、TSMCは位置している。半導体不足になって初めて、そのことが広く世界に知られるようになった。
さらに、このTSMCを巡って、世界中が綱引きをするようになった。米国、日本、ドイツおよびシンガポールは、TSMCの半導体工場を国内に誘致することになった。それだけではなく、世界中で、各国・各地域が半導体製造能力を抱え込もうとして猛烈な競争を開始した。日本でも、半導体の新会社ラピダスが「2027年までに2nm(ナノ)の先端半導体を量産する」と発表し、世間の注目を集めている。
その際、「半導体は経済安全保障を担う戦略物資」、「半導体のサプライチェーンの強靭化が必要」、「半導体には地政学的リスクがある」などといわれている。しかし、筆者には、これらの意味が理解できない。正確に言うと、このような発言をする人たちの間に、「経済安全保障」、「サプライチェーン」、「地政学」について共通認識があるとは思えないし、正しく理解されているとも思えない。というのは、半導体は一国や一地域で閉じて生産できるものではないからだ。
このように、半導体が不足すると人々の生活や多くの産業が成り立たなくなる。しかし、半導体の本質について、多くの人々が共通認識を持っているとは言い難い。そのため、世界の半導体産業が、非常に危険な方向に突き進み始めているように感じる。
特に、米国が日本、台湾、韓国と同盟を組もうとする一方で、中国に対して2022年10月7日に異次元の厳しい輸出規制を課した(以下、「10・7」規制と呼ぶ)ことが挙げられる。筆者は、「10・7」規制が、米国が中国に放った“目に見えない弾道ミサイル”だと思っている。そのため、中国による台湾への軍事侵攻、すなわち「台湾有事」を誘発する危険が浮上してきている。
本書では、まず、米国による中国への「10・7」規制と、それによってヒリヒリと現実味を帯びてきた「台湾有事」について論じる。次に、半導体とは何か、どのように生産しているのか、TSMCとはどのような半導体メーカーなのかを説明する。ここで、TSMCを背後で操っているのは、アイフォンを開発・販売している米アップルであることを付け加える。
さらに、なぜ半導体不足でクルマがつくれなくなったかを述べた後、世界の各国・各地域が常軌を逸した半導体製造能力構築競争に突入している実態を明らかにする。そして、日本もその不毛な競争に参入することとなったが、日本が強いはずだった製造装置に陰りが見えてきていることを指摘し、「2027年までに2nmを量産する」と言っているラピダスに税金を注ぎ込んでいる場合ではないことを警告する。
最終章では、半導体が人類の文明には必要不可欠であることを確認した後、世界の半導体製造が危機的事態に直面していることを示す。そして、この危機を乗り越えるためには、各国・各地域が半導体製造を抱え込むような自分勝手なことはもうやめてもらって、危機を乗り越えるためにグローバルに協力し合うべきであるという結論を述べる。
人工知能(AI)が人類の知能を超える技術的特異点(シンギュラリティ)が2045年頃に到来すると言われている。筆者は、それを越えた2050年頃に、世界の半導体出荷額が、2022年の8倍の4兆8000億ドル(約624兆円)になることを最終章で予測した。これは、2022年の日本のGDP(546兆円)を超える金額である。
半導体とともに人類の文明が進化できるかどうかは、人々が半導体を正しく理解し、正しい行動を取ることができるかどうかにかかっている。本書がその一助になれば、これにすぐる喜びはない。
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