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コロナ支援が終わり、真の淘汰が始まる――。「地銀再編」では地銀は生き残れない!

コロナ支援が終わり、真の淘汰が始まる――。「地銀再編」では地銀は生き残れない!

橋本 卓典

『地銀と中小企業の運命』(橋本 卓典)

出典 : #文春新書
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

『地銀と中小企業の運命』(橋本 卓典)

「地銀再編」では解決しない

「それにしても、これまでの銀行ではダメになると、『あの時点』でよく書きましたね」

 最近になって、金融関係者からこう指摘されるようになった。

「あの時点」とは、今から7年前の2‌0‌1‌6年、『捨てられる銀行』(講談社現代新書)を出版した時のことである。予想以上の反響を呼び、多くの読者に手に取っていただいた。

 執筆動機は、「担保と保証に依存し、企業の事業性すら理解できず、低金利しか提案できない付加価値ゼロの貸し出しをノルマ営業で続けている銀行は生き残れない」と、強烈な問題意識を持ったことであった。

 そして小説・ドラマで人気の「半沢直樹」も路線の修正を迫られると予感した。苛烈な検査と処分を下す恐怖の官庁として描かれた金融庁が変わりゆくところを目の当たりにしたからだ。

 不良債権処理のため、1‌9‌9‌8年に誕生した金融庁(当時は金融監督庁)が、2‌0‌1‌5年の森信親長官の登場を境に、銀行の目先の「健全性」よりも、銀行の先にある「地域の企業と経済の成長や持続可能性」を重視する役所に生まれ変わろうとしていた。

 人口減少が進む多くの地域においては、中小企業の成長や再生に対して、銀行自らが「自分事」として支援に取り組まなければ、銀行の顧客基盤そのものが失われかねない。拠って立つ地域においてどのような銀行を目指すのか。銀行が自らの経営戦略として企業や地域の活性化をどのように構想するのか。それを実現していく人的資本も含めた「経営力」を問う金融行政への大転換だ。「金融の持続可能性」を金融庁が重視するようになったのは自然な流れであった。

 それでも7年前は、まだまだ半信半疑で受け止めた方が多かった。実際、「気にくわない」「私はそうは思わない」「一方的過ぎる」「長官が代わればどうせ金融庁は元に戻る」との反論も受けた。

 しかし、地域で輝く中小企業を取材してみると、そのような悠長な話をしている場合ではないことが明白だった。

 こうした企業の多くが「真に頼りにする銀行」を選ぶ時、重視しているのは貸出金利の低さなどではない。好調な時は、成長のための的確な助言を与え、気づかぬ課題に対して注意を喚起し、そして苦境に陥っても、経営改善に向けて親身になって相談に乗ってくれる銀行だ(それこそが本来、銀行が提供すべき「付加価値」だ)。「晴れの日に傘を差しだし、雨になると傘を取り上げる」と揶揄される銀行など無用なのだ。代替が利かないから“今のところ”甘んじて利用しているに過ぎない。テクノロジーの進歩次第では、いつ代替しても構わない存在なのだ。

 今、事業会社は、付加価値を伴う値上げ戦略を迫られている。にもかかわらず、銀行だけは、付加価値の向上ではなく、「人口増加社会」という基本ソフト(OS)の上で「低金利貸し出し競争」を続けている。これでは銀行の未来が明るいはずがない。

 地域の問題は、「地銀再編」「中小企業再編」さえ進めば解決する、と片づけられがちだ。一見、正しそうに聞こえるが、それも「人口増加社会OS」の古い発想である。この発想を続ける限り、地域の地盤沈下は止まらない。

「人口減少時代」において、最も重要な課題は「生産性(付加価値)の向上」である。それは銀行や企業の「数を減らす」ことでもたらされるものではない。ゾンビ銀行やゾンビ企業を退治しても地域に変革は起きない。

 理由は単純である。改革する気のない銀行同士が一緒になったところで、革新的な改革は起きないからだ。数々の「地銀再編」の歴史が証明している。組織内の権力争いや銀行同士の不毛な消耗戦をやめただけに過ぎない。それは「変革」ではない。

 もちろん、最終的に生き残る銀行・企業の数は多くないだろう。しかし、「数が減った」というのは、あくまで「結果」であり、「目的」ではない。ましてや「手段」であるはずがない。

 人口減少が進む地域の生産性向上に必要な手段とは、“銀行・企業に真の変革をもたらす経営者の数を増やすこと”だ。銀行の数を減らすための「地銀再編」を手段化(あるいは目的化)してしまうと、付加価値や生産性向上のために変革する意志も能力もない、いわば半ゾンビの銀行や企業を残存させるだけの中途半端な結果を招きかねない。

「優れた経営者の頭数が少ない」と嘆くならば、優れた経営者のいる銀行との連携で変革を促せばいい。連携相手の所在地にも、経営統合や資本提携などの形式や形態にもこだわる必要はない。

 金融行政自体、紆余曲折があった。かつては県をまたぐ広域統合を推進して失敗し、その後は県内統合に路線を修正している。独占的な合併を認める独占禁止法の特例法制定もその一環だ。

 経営統合・合併する地域金融機関の「看板の掛け替え」や「ホームページの作成」などの費用を国が一部負担する1件当たり最大30億円の資金交付制度も時限的(申請期限2‌02‌6年3月末)に設けられたが、デジタル時代にそれらは地域にイノベーションをもたらすのだろうか。

 デジタル時代に及んでなお、「広域」「県内」「遠隔」にこだわるのもいかがなものか。優先すべき本質は「経営力」である。

 必要なのは、企業の課題解決を通じて、地域を活性化させることを持続可能な収益事業として実現できる経営力がある銀行を増やすことだ。銀行だけではない。信用金庫、信用組合も重要かつ有力な担い手である。数が減るかどうかは、なりゆきに任せればよい。

 これまでの銀行が続けてきた「返済可能な企業にだけ貸す」「窮境企業の債務者区分を下げないよう『貸せる状態にしておく』のが支援」という人口増加時代の常識に囚われているようでは、人口減少時代の地域を支えられない。「さらに踏み込んで企業や地域のために何ができるのか」が、金融機関に問われている。

 事実、人口減少地域においては、地域金融機関にしか果たせない役割がある。

 優れた技術力を持つ中小企業でも、財務、人材、情報などの「経営基盤」が脆弱であることが成長の足枷になっているケースが多い。こうした課題を解決できる最も有力な組織は、地域金融機関をおいて他にない。

 地域においては、サプライチェーンをどう守るのかも課題だ。単体では業績の厳しい企業でも、地域の連関性で見れば、サプライチェーンにとって欠かせない場合もある。

 地域の取引業者、雇用、拠点病院、物流、インフラをどう守るのか。ただ、そうした役割を金融機関が担うには、何よりも「人材」が必要となる。組織に変革をもたらす「経営者」が必要であり、企業の課題を解決する「現場の人材」が必要だ。

 これが『捨てられる銀行』の先にある本書の問題意識である。そして幸いなことに、いま変革には絶好の好機が到来している。

 新型コロナウイルス禍と資源高だ。

「コロナ禍」と「資源高」は、地域が今後も持続可能であるのかという問題について時計の針を進めた。「企業経営者の高齢化」と相俟って企業の存続が一気に喫緊の課題となった。脱炭素、電気自動車(EV)化なども、長らく続いた企業のビジネスモデルを根底から覆そうとしている。未曾有の危機だ。だが、逃れがたい現実は、人と組織が行動変容する絶好のチャンスを意味する。だからこそ、地域金融機関が自らの存在意義を賭けて、地域と企業の問題を「自分事」として解決する存在へと変貌できるかが今こそ試される。本書は絶望ではなく、希望の書である。

 とはいえ、人口減少時代に金融機関が生き残る道は、そもそも2つしかない。極力人手をかけず廉価なサービスを提供していく「資本集約型のデジタルバンク」と、地域と企業の課題を解決していく「労働集約型銀行」だ。

 規模に限界があり、人口減少地域を地盤とせざるをえない地域金融機関には「労働集約型」の道しか残されていない。顧客と密着した関係性(リレーションシップ)を築き、事業性への深い理解に基づき、顧客の課題に対して、付加価値を伴う解決策を見つけ出す「リレーションシップ・バンキング(リレバン)」というあり方だ。ただ必要なのは、単なるスローガンや精神論の「リレバン」ではなく、付加価値と生産性の向上を経営と結びつけて実現する「リレバン」だ。銀行経営はもっと踏み込んで尖らねばならない。

 これまで多くの地域金融機関は、不名誉にも変化に鈍感な「ゆでがえる」と評され、変わることができない存在とみられてきた。どうしたらこうした組織が変わることができるのか。地域金融機関が自ら変わるための、絶好のテーマが「中小企業問題」だ。

 何を隠そう、「担保」と「保証」に依存してきた金融機関が最も苦手とするのが、「多種多様な中小企業の課題解決」だったのだから。

 これを克服するには、中小企業の「業種別の特性」や「稼ぐポイント」を理解し、解決に向けて行動できる「人材」を育成しなければならない。この難局で鍛え抜かれた「人材」は、必ず付加価値を生みだすバンカーとなり、組織を変える希望となる。

 そのためのうってつけの参考資料となるのが、2‌0‌2‌2年12月に金融庁が公表した「業種別支援の着眼点」だ。

 業界のプロだけを対象としたものではなく、金融機関の担当初心者でも「すぐに行動に生かせる知見」が詰まったコンパクトなノウハウ集である。策定の経緯、狙い、内容について関係者に取材し、その解説を巻末に「特別附録」として収録した。

 金融機関の企業支援担当者、審査担当者、金融機関への就職志望者、そして事業展開を考える中小企業の関係者は、事業を業種別に整理し、理解するために、ぜひとも積極的に活用してほしい。

 中小企業の経営者の平均年齢は70歳に近づきつつある。コロナ禍、資源高への対応とともに事業承継も、もはや問題の先送りはできない。

 本書は、地域の未来のために行動する「当事者たち」の話を追っていく。地域が持続可能であるためには、行動する事業者と、企業を「自分事」として支える地域金融機関が欠かせない。地元事業者と金融機関の行動変容なくして、地域再生などありえない。

 地域おこしに、「やりました仕事」「その場限りのイベント」「『とにかく頑張ろう』というぼんやりした精神論・抽象論」は必要ない。魔法のような解決策は期待するだけ無駄である。当事者が「自分事」として、目の前と足元の現場に向き合うしかない。

 今こそ生まれ変わる千載一遇のチャンスだ。地域金融機関が、地域の「救世主」となるか、地域を衰退させる「疫病神」でしかないのか。遠くない将来、明らかとなる。


<はじめに──「地銀再編」では解決しない」より>

文春新書
地銀と中小企業の運命
橋本卓典

定価:990円(税込)発売日:2023年03月17日

電子書籍
地銀と中小企業の運命
橋本卓典

発売日:2023年03月17日

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