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インドが分かれば、世界が分かる!

インドが分かれば、世界が分かる!

笠井 亮平

『第三の大国 インドの思考』(笠井 亮平)

出典 : #文春新書
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

『第三の大国 インドの思考』(笠井 亮平)

 二〇二〇年以来、世界は暴風雨に襲われている。新型コロナウイルスのパンデミック。ロシアのウクライナ侵攻。食糧とエネルギー価格の高騰。そして激しさを増す一方の米中対立──。「混沌」と「不透明さ」が現在とこれからの国際社会を表すキーワードになりつつある。

 イアン・ブレマーが「Gゼロ」と呼んだように、現代の世界は冷戦期の東西対立でもなければ、一九九〇年代以降のアメリカ一極体制でもない、多極化が進行する状況にある。世界経済に占めるG7の割合が低下する一方、新興国や資源国の比重は拡大しつづけている。G20は現状に対処するためのフォーラムではあるが、参加国の多さゆえに実効性とスピードには課題が残る。

 こうしたなかで、急速に台頭を遂げつつあり、世界の中でキープレイヤーになろうとしている国が南アジアにある──インドだ。

 人口は二〇二三年中に中国を抜いて世界第一位となるとされ、経済規模でも二〇二二年にかつての宗主国・イギリスを抜いて米中日独に次いで五位に躍り出た。軍事費の伸びも著しく、二一年時点で世界のトップ3はアメリカ、中国、そしてインドとなっている。こうした国力の急伸長を背景に、世界の舞台でインドの影響力は日に日に高まりつつある。

 だが、インドという国には「分かりにくさ」がつきまとう。

 それが際立ったのは、ロシアのウクライナ侵攻をめぐる対応だ。国連安全保障理事会でのロシア非難決議案に対し、インドは棄権票を投じた。日米豪印戦略対話「クアッド」の一角を占め、二国間でも日米との関係強化を進めてきたはずのインドが、なぜロシア非難に与しないのか──そう訝しがる声が国際社会で上がった。

 中国との関係も、「反中か親中か」という二元論では簡単に割り切れない複雑さを抱えている。ユーラシアと海洋の双方でインフラ整備を通じた大規模な開発を進める現代版シルクロード構想「一帯一路」に対しては、インドは警戒感を示して反発している。だがその一方で、中国主導の「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)には創設メンバーとして参加。未解決の国境問題が時に軍事衝突に発展することがありながらも、インドにとって中国はアメリカと並ぶ最大の貿易相手国でもある。

 グローバルな課題や地域の貿易枠組みづくりでもインドは一筋縄ではいかない姿勢で臨んでいる。「グローバル・サウス」の代表を自任するインドは、気候変動問題でも先進国とは一線を画し、途上国の立場から主張を展開している。核兵器保有国ではあるが、核不拡散条約(NPT)は五大国のみに核保有を認める不平等なものとして加わっていない。「地域的な包括的経済連携」(RCEP)の交渉に参加していたものの、交渉が大詰めを迎えていた二〇一九年一一月に離脱を決めるなど、「NO」ということを恐れず、実利に適うか否かで決断を下すインドの姿勢を強く印象づけた。

 これからの世界は、このインドという国を抜きにして論じるわけにはいかなくなっている。言い換えれば、中国もさることながら、インドが世界の帰趨を左右するパワーとして台頭しつつあるということになる。その影響力は、南アジアやインド洋にとどまらず、インド自身が「拡大近隣」と呼ぶ広い範囲に及ぼうとしている。それは中国の「一帯一路」への対抗であると同時に、インドが自ら主導する行動でもある。

 インドのS・ジャイシャンカル外相は自著『インド外交の流儀』(白水社)のなかで、現在の国際社会の状況を「巨大な中国跳棋」になぞらえている。中国跳棋はその名に反して中国ではなく一九世紀末にドイツで考案された、六芒星のかたちをしたボードゲームだ。最大六人が参加でき、プレイヤー間で協力することもできる。元米大統領補佐官ズビグニュー・ブレジンスキーはかつてユーラシアの地政学を「巨大なチェス盤」に喩えたが、世界が超大国同士の対峙から混沌とした多極化に向かって久しく経ち、規模も力も意図も多様なプレイヤーが時に競合し、時に協力する現状は、中国跳棋により近いといえるだろう。さらに同外相はこうも付け加えている──「ゲームが進行してからも、ルールについて議論をやめないプレイヤーがいる」と。これは、新興大国が既存のルールに異議を唱えることで、国際秩序が揺らいでいる現状を比喩的に指摘したものだ。そして同時に、自国に有利なルールメイキングを通じて国益の増大を図ろうとしていることの表れでもある。

 では、インドというプレイヤーは何を目指し、どのような思考とアプローチで「巨大な中国跳棋」を指そうとしているのか。中国、アメリカ、ロシアといった他のプレイヤーとはいかに渡り合っていくのか。そして日本にとってインドの台頭は何を意味するのか。本書はこうした問いに答えようとする試みである。


「まえがきより」

文春新書
第三の大国 インドの思考
激突する「一帯一路」と「インド太平洋」
笠井亮平

定価:1,100円(税込)発売日:2023年03月17日

電子書籍
第三の大国 インドの思考
激突する「一帯一路」と「インド太平洋」
笠井亮平

発売日:2023年03月17日

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