- 2023.05.30
- インタビュー・対談
帰ってきたトンデモ精神科医・伊良部はコロナ禍で患者たちを――『コメンテーター』(奥田英朗)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
あのトンデモ精神科医が帰ってきた!
「待ってました!」と思わず快哉を叫んだ読者も多いのではないか。
伊良部総合病院の御曹司、やることなすこと破天荒な精神科医の伊良部一郎が暴走する累計290万部の人気シリーズ。前作の『町長選挙』以来、実に17年ぶりの新刊となる。
「正直、僕としてはもう伊良部は封印したつもりだったんです。どれだけリクエストがあっても、一貫して書かないと決めていた。僕自身ルーティンが好きでないというのもあるし、作家として『ヒット作は捨てたほうがいい』と考えてきたからなんですね。
ヒット作って作家には“諸刃の剣”で、『同じものを読みたい』という声に応えていると、ややもすると自己模倣、縮小再生産に陥りがち。それに、創作者の心意気って、Catch me if you can なんですよ。俺を捕まえてみろ、予想どおりのことはやらないぞってね(笑)。読者も編集者も僕にとっては対戦相手みたいなもの。常に想定外のことをして驚かせたいんです」
そんな奥田さんが長い沈黙を破ったのは一昨年の夏。心境が変わった理由を尋ねると、
「ずいぶん時間がたち、年齢を重ねたせいかな。オール讀物の90周年記念号に『どうしても書いてほしい』と頼まれて、久しぶりに伊良部シリーズを読んでみたんです。そしたら面白かった(笑)。自分の作品を読み返すことなんてほとんどないんだけど、もう一冊くらいやってみてもいいかなと」
いざ書き始めると、「昔の友人に再会したような気持ち」だったという。
「伊良部も看護師のマユミちゃんも、自然と自分の中から出てきました。今回とくにマユミちゃんを活躍させたくて、存在感が大きくなりましたね」
伊良部がワイドショーに呼ばれてコロナ鬱について解説を求められる「コメンテーター」。山形出身の大学生がオンライン授業ばかり続く中で他人とのリアルなコミュニケーションをとれなくなる「パレード」など、コロナ禍の現実も物語に刻印されている。
「現代人が経験した世界規模のパンデミックに対して、伊良部だったらどう反応するだろうかと茶目っ気みたいな好奇心があって、自然ととりあげたんですね。僕はテーマを決めて書く作家ではないので、あくまでも借景として描いた。コロナも風景の一つです。
実はこのシリーズの主人公は伊良部ではなくて患者なんです。困難を抱えた人が伊良部を訪ねて、そこで不思議な体験をする。昔、週刊プレイボーイで今東光さんが人生相談をしてましたけど、伊良部もちょっと乱暴な人生相談みたいなものかもしれない(笑)」
おくだひでお 1959年生まれ。近著に『コロナと潜水服』『リバー』等。ドクター伊良部シリーズには『町長選挙』のほか『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』がある。
◆なぜ奥田英朗さんは伊良部シリーズを15年半、書かなかったのか? 奥田さんが“作家”“小説”に対する思いを語った貴重なインタビュー! 「本の話」ポッドキャストでお聴きいただけます。