- 2023.07.05
- コラム・エッセイ
「選考委員への挑戦状」とされた第30回松本清張賞。新感覚の「読書体験」をもたらすデビュー作、創作の舞台裏。
森 バジル
『ノウイットオール あなただけが知っている』(森 バジル)
ジャンル :
#小説
5人の選考委員、阿部智里さん、辻村深月さん、森絵都さん、森見登美彦さん、米澤穂信さんに「挑戦状」を叩きつけ、受賞を勝ち取った森バジルさん。読者だけが理解できる奇想天外な構成。何を書いてもネタバレになる『ノウイットオール あなただけが知っている』を、著者自身が解説します。
同じ街・同じ時代を舞台にした、五つの異なるジャンルの短編からなる短編連作。
そのアイディアを思いついたのは2022年1月、宮崎キネマ館で「ラストナイト・イン・ソーホー」のラストシーンを目にしたときだった。とてつもなくホラーチックでファンタジックな体験をした主人公の下宿先が最終的に大火事になってしまうという結末で、その大火事を消すために水を撒く消防隊員が画面に見切れていた。
主人公にとっては劇的なラストシーンであっても、消防隊員の彼にとっては日常業務の中で遭遇する火事の一つでしかない――そこからイメージが浮かんだ。
短編連作、同じ街で同じ時間を過ごす人たちの話、話数は五話、一編ごとにジャンルを変える。五つのジャンルは自分の好きなジャンルで。
そういう考えで、五つの短編を作った。
●第一章 推理小説 「探偵青影の現金出納帳」
一発目はミステリ。しっかり尖った探偵を描きたいと思ったので、ブラック・ジャックみたいに超高額な依頼料をつきつける、というコンセプトにした。白黒の髪の名探偵と大学生の助手が、暴力団員の依頼を受けて、顔のない死体の殺人犯を推理する話。 タイトルは「探偵」という単語とお金に関するワードを入れたかったので。
●第二章 青春小説 「イチウケ!」
二発目は青春、あえてカタカナで言うならジュブナイル。青春小説と恋愛小説には何かモチーフが欲しい、と思っていた。なら自分の好きなものを描こう、ということで漫才を題材に。M-1グランプリに挑む高校生男女コンビの話。
タイトルは〈青春小説といえばカタカナ四文字〉というイメージが僕の中に強くあったので。伊藤たかみさんの「ぎぶそん」の影響だと思う。
●第三章 科学小説 「FUTURE BASS」
三発目はSF。SFにも色々あるけど、特に迷うことなく「未来」をやりたいと思った。すこし・フューチャー。なぜか未来人に狙われる高校生の話。
タイトルは音楽ジャンルから雰囲気で。
●第四章 幻想小説 「ラクア=ブレズノと死者の記憶」
四発目はファンタジー。「異なるジャンルを組み合わせた短編連作」としていちばん幅を見せられる章なのでとにかくファンタジー色を強くした。自分の元いた世界から追放された魔法使いと、蘇らせられた死者の話。
タイトルは世界一有名な魔法使いの物語をリスペクトして。
●第五章 恋愛小説 「恋と病」
最後は恋愛、あえてカタカナで言うならロマンス。青春と同様に好きなものを題材にしよう、ということで短歌を持ってきた。特殊な病を抱えた女性の恋の話。
タイトルは特に着想元はなし。そのまま。
■10代の頃に読んできた小説たちが教えてくれたこと。
この五つの章とエピローグ、全体を通した320ページで一つの長編小説である。
あくまで長編であるというスタンスの表明も込めて、各ブロックを「第N話」ではなく「第N章」と表記することにした。(余談として……「推理章節」「青春章節」のように「××章節」という表記にする案も応募時に浮かんでいたのだが、ださいのでやめた)
それぞれ完結した短編たちが連作として重なり合っていく面白さは、『桐島、部活辞めるってよ』『陰日向に咲く』『ブギーポップは笑わない』『チルドレン』……10代の頃に読んできた小説たちが教えてくれた。
もしあの構成を、全部違うジャンルの短編でやれたら更に面白いんじゃないか?
そのアイディアを形にしたのが、『ノウイットオール あなただけが知っている』である。ぜひ読んでみていただきたい。
“いまあなたの隣にいる大切な人も、もしかしたら××小説の主人公なのかもしれない。”
そういうロマンを追い求めた作品だ。
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