- 2024.04.05
- CREA
「この先大丈夫かな?」と思った時、小林聡美の“いつもの暮らし”が私たちの進む道を明るく照らす
文=釣木文恵
写真=佐藤 亘
ヘアメイク=福沢京子
スタイリング=藤谷のりこ
『茶柱の立つところ』#1
新刊『茶柱の立つところ』を上梓した俳優・小林聡美さん。コロナ禍に書き始められた「地味でマニアック」なエッセイには、人生を見つめ、味わう姿が詰め込まれています。小林さんのまなざしとその先にある小さな発見こそが、これから同じ道を行こうとする30~40代を勇気づけてくれるよう。本について、俳優という仕事について、この先について伺いました。
「トホホ」なところを面白がる
──新刊『茶柱の立つところ』を読ませていただいて、この先を生きていく勇気が湧きました。
小林 え! そんなに! ありがとうございます、何よりです。
──ささやかな日常のできごとがふんだんに書かれていますが、このエッセイを書くとき、どんなことを意識して題材を選んでいましたか?
小林 もちろん旅行なんかの大きなできごとがあると書きやすいですけど、キラキラしたことばかりって、書くほうも読むほうも「ハイハイ」という気持ちになりますよね(笑)。やっぱりどこか情けない、「トホホ」なところを面白がって書く方が、書きやすいかもしれません。
──なるほど。ピアノを習い始めたことも書いてありましたね。以前の著書(『ワタシは最高にツイている』2007年幻冬舎刊)でも「ピアノをやりたい」と書かれていたので、とうとう実現されたんだ、と思いました。
小林 あら、書いてありましたか。ただ、そんなに意識してずっと「ピアノやりたい……ピアノやりたい……」と思い続けていたわけでもなくて。でも、もう残された時間を逆算すると、今始めないと遅いのではないかと思って。
──今もピアノに通われているんですか?
小林 通っています、週に一度。本当は今日、レッスンの日だったんですが、取材が入ったので、お休みしました。
──申し訳ない限りです……。おうちでも練習を?
小林 もちろんです。やっぱり音楽はね、練習しないと上達しないし、先生に見ていただくのにも失礼だし。始めて4年経ちますけど、飽きないですね。子どもの頃の4年と大人の4年って、過ぎ去る時間の速さが違うから、まだこんなもんかという感じです。4年経ってもこんなに弾けないのか、と思いますよ(笑)。
年を重ねたからこその、友人との付き合い方
──本のなかで印象的だったのが、小林さんと年上の友人たちとのエピソードです。「面白いくらい、嬉しいくらいみんな年を取った」と書かれているのが素敵でした。年上の友人から得るものって大きいですよね。
小林 ですよね。先輩がたが面白く、元気でいる姿を見ると、「こういう未来が私にもあるんだ」と思って、私自身すごく勇気づけられたり、元気をいただくことがあります。
──大人になってからの友人関係は、なかなか広がりづらいし、保つのも難しい面もあるかと思いますが、なにか心がけていることはありますか?
小林 たしかに、昔の関係性とはちょっとずつ変わってくるけれど、いっしょに年を重ねてきた、この年ならではの年季が入ってきますよね。だから、そんなに神経質には考えていません。みんなが元気で楽しくいられるようにつきあっていきたいな、というだけで。
みんなでわっと集まって楽しんだほうが面白いと思える雰囲気だったらそうするし、ふだんは大勢で遊んでいるけれど個人でこういう話もしたいなという雰囲気を感じたら、そんな会い方もしてみたり。暑苦しくなく、思いやりを持って。そういうつきあいかたがきっと、大人っぽくていいのではないかな、なんて思ったりします。
──なるほど。暑苦しくなく、思いやりを持って。
小林 ……でも友人の中には、ついつい頑張りすぎてしまう真面目な人たちもいるので。そういう人には、時々図々しいくらいでもいいのかなと思うことはありますね。「ちょっと、なんかあるのかな」と感じたら、図々しく踏み込んでみる。年をとったら図々しさをあえて武器にしちゃう。
このお年頃だからこそ「新発見」に目を向けて
──小林さんはこれまで何年かおきにエッセイを出版されていて、そのたびに過去を振り返ることもあるかと思いますが、とくに今回の本ではこれまでの人生を振り返るような内容も多くありましたね。
小林 そう、最近振り返ってばっかり(笑)。それがね、ちょっとよくないなと思うんですよ。歳を重ねて「こうすれば自分が居心地がいい」ということがわかってくると、「これでいいかな」と思ってしまう。若い頃より経験値がある分、ちょっとやそっとでは驚かなくもなっていく。それは、感動しにくいお年頃になってきているということでもあるんですよね。だから、新発見にも目を向けていかなければならないな、と。そのへんが課題ですね。
──4月には初めてのコンサート(小林聡美 NIGHT SPECTACLES チャッピー小林と東京ツタンカーメンズ)に挑戦されますよね。それも、「新発見に目を向ける」ひとつかと思いますが。
小林 コンサートは「新しいことに挑戦するわよ!」と気張って始まったわけではないですけど、結果そういうことになりそうです。……うん、映像の仕事も毎回新しい挑戦ではありますけど、歌というジャンルは今まで立ったことのないステージなので。どんなことになるのかまったく想像がつかない分、新しい経験と言えますね。
──私は『すいか』(日本テレビ、2003年)というドラマがとても好きだったので、小林さんとコンサートの演出を手掛ける小泉今日子さんの組み合わせを見ると、どうしても『すいか』を思い出します。
小林 ありがとうございます。馬場ちゃん(ドラマ内で小泉さんが演じた役名)ね。私のような仕事は、作品ごとに毎回メンバーが変わるし、初めてご一緒する方がほとんどであることが多いんですよね。そんな中でまた一緒にできるのは決して普通のことではない。この年になると余計に「ありがたいご縁だな」と感じますね。
実験の繰り返しでここまでやってきた
──仕事について、「緊張をコントロールできないのが舞台」という内容のことが書かれていました。そんなにも緊張する舞台に小林さんは果敢に挑み続けていますが、それはなぜでしょう?
小林 最初は「舞台を好きで、ずっとやられている人たちってどういう気持ちなんだろう? なにが面白いんだろう?」というところから始まったんです。もしかしたら今回はわかるかもしれない、今回こそは、と思ってやっているんですけど、結局毎回緊張で終わるので、「私にとっては緊張でしかないのかな」なんて思い始めています(笑)。
──では、ご自身としては映像のほうがやはり向いていると?
小林 向いているかどうかはわからないですけど、あのなんとも言えない緊張は、舞台のほうが大きいですね。だってもう、体調も崩せないし、生だし、眼の前にお客さんがいるし。映像は撮影すればその都度その都度終わっていきますから。実際に台本のページは破らないですけど、「ここは終わったからもう見なくて大丈夫」という感覚で前に行ける。舞台はもう、繰り返し繰り返しで、そのための精神力と体力が必要ですよね。
──仕事について「『次はもっとマシに』と取り組んでいたら、こんなに続いていた」と書かれていました。今日はうまくいった、と手応えを感じる瞬間もあるものですか?
小林 意識しないでやったら終わっていたということはあって、そういう瞬間は力まないでやれていたのかなと思います。それが作品になった時にどう映ってるかはわからないですけど、気持ちの問題としては。時々「もう終わった?」みたいな感覚になると、うれしいとも少し違いますけど、よかったね、って。
でもね、自分の性格としては、向いていないな、と思ったりします。性格的に、褒められても「いやいやそんなはずは」と思うし。うーん、もしかしたらそういう人が俳優をやっているのかもしれないですね。こんなに長く続けていて「実感がない」というのも無責任ですけど、深く考えずにここまでやってきてしまいました(笑)。
──ご自分の中では「向いてはいないかもしれないけど、この仕事を頑張ろう」の繰り返しで、ここまで。
小林 そうですね。常に「発見できる何かがあるんじゃないか、気づく何かがあるんじゃないか」みたいなね。それこそ挑戦というか、実験みたいなことの繰り返しだったかもしれません。
無責任さと覚悟とのバランス
──先ほど「残り時間を考えて」ピアノを始めたと話されていましたが、パスポートの有効期限が切れたことをきっかけに、人生の残り時間を考える文章にも感じ入りました。
小林 もう、残りのことばっかり考えてますよ。その残り時間に何をしようかと。
──その残り時間にやってみようと思っていることは?
小林 行動する先で「これ、やったことなかったな」と気づくこともありますし。飛行機から飛び降りてスカイダイビングするとかね、そういうのはもういいとしても、心身ともに元気で、飛行機に乗っていろんなところに行けるのはこの10年くらいしかないような気もして、だったら行ったことのないところにも行ってみたいなとは思います。
──本文が「もろもろのおわび」というエッセイで終わっていましたね。読み終えてこの最後の文章がぐっと心に残りました。
小林 順番は編集者さんとご相談して決めました。この本は大半が書き下ろしだったので、2021年11月から少しずつ原稿をお送りしていて。「もろもろのおわび」という文章を最後のつもりで書いたんですけど、「まだ足りません」と言われて、「青い猫」を書き足しました(笑)。これだけたくさんの人と関わってきたら、自分がよかれと思っていたことが相手に伝わっていなくて嫌な思いをさせてしまったこともあるんだろうというのも、この年になって改めて感じたことだったので。それで書いたんだったかな。
──半生を振り返っての「おわび」は重みがありました。
小林 連載でわーっと書くのと書き下ろしとはちょっと違う感じがあって。ちゃんと考えて書かなきゃいかんな、と思うんですよ。連載だったら「読まない人は読まないし」という気持ちの逃げ場があるんですが、書き下ろしはやっぱり残りますからね(笑)。そのあたりの無責任さと覚悟とのバランスで。……でもね、本を作るとなると、繰り返し繰り返しチェックする作業があって、過去の自分と向き合わされる時間が多くて「あぁ~、こんなこと考えてたのか」なんて思ったりして。そういう意味では舞台に近かったかもしれません(笑)。
──でもそうやって小林さんが書かれたことが、私にとってはこの先を照らしてくれるような一冊になりました。瓶の蓋が開いただけで「気分が上がりまくった」という冒頭の文章を読んで、まだまだ可能性が広がっているんだと思えましたし。
小林 道具を使ってでもね、できればそれはすごいこと。大丈夫。
──「パンを買いに」というエッセイでは、ひとりで自分の食事を作り続けることの気楽さとさみしさ、両方が書かれていて、この文章を読めただけで、この先も大丈夫だ、と思えました。こんなふうに生きていけるんだ、と心強くなりました。
小林 ありがとうございます、よかったです。編集者さんから献本先を聞かれて、「この本をどなたに差し上げればいいんだろう」と思っていたんです。俳句仲間は大先輩ばかりで、私のような若造の本をお送りするのはどうかなと思ったりして……。でも、年下の方に差し上げればいいんですね。
──それはとてもいいと思います! 私のように勇気づけられる人がたくさんいるはずです。
小林 自分より若い人がこれを読んで「年をとってもこんな感じなんだ」と面白がっていただけたり、安心したりしてくれればね。後輩を育てる気質じゃない私であってもそんな役割を担うことができるのだったら、ちょっと嬉しいです。
小林聡美(こばやし・さとみ)
1982年、スクリーンデビュー。以降、映画、ドラマ、舞台で活動。主な著書に『ワタシは最高にツイている』『散歩』『読まされ図書室』『聡乃学習』『わたしの、本のある日々』など。
[衣装クレジット]
ブラウス 63,800円、ジャケット 82,500円、パンツ 63,800円/すべてミナ ペルホネン(03-5793-3700)
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