ミュージシャンとしての顔だけではなく、文筆家としても注目される柴田聡子さん。日常生活の中で見過ごされがちな細やかな瞬間を捉え、それらを繊細な感性で綴り合わせる彼女の作品は、多くの人々に深い共感を呼んでいる。エッセイ集『きれぎれのダイアリー2017~2023』で光った彼女の鋭い観察眼と豊かな表現力然り、これまでのアルバム制作においてもその才能は随所に現れている。
また、2024年2月27日に発売された「ユリイカ」3月号では、音楽と文学の世界で独自の足跡を残し続ける柴田聡子さんに焦点を当てた特集が展開される。この特集は、音楽界と文学界の両方で彼女が築き上げてきたキャリアに焦点を当て、新アルバム『Your Favorite Things』のリリースという新たな節目に至るまでの彼女の旅路を追う。今回の取材では文筆家・アーティストとして、柴田さんがこれまでに辿ってきた道のりと今後の展望について話を聞いた。
文芸誌「文學界」で7年にわたって連載された「きれぎれのハミング」を収録した単行本『きれぎれのダイアリー2017~2023』が発売されてから、早くも4ヶ月が経過しようとしている。このエッセイ集に対する読者からの熱い反応を、著者である柴田聡子さんに伺った。
「私は本来、歌を歌う人間ですから。書いたものにも興味を持ってもらえるというのは、本当に嬉しいことです。自分のことのように思って読んでくださる声もたまに耳にするのですが、そんなことは、書く前は想像もしていませんでした。本当にありがたいことです」
このエッセイ集では、独自のユーモアが織り交ぜられた軽妙でありながらも心温まる筆致が感じられる。その筆致について柴田さんは、「笑えるような感じになればと思っています」と述べる。また「誰かを不快にさせないよう配慮した言葉遣い」には、彼女の深い思慮と優しさが反映されているかのようだ。
柴田さんは、以前からZINE「スロー・イン日誌」「続・スロー・イン日誌」も手掛けるなど、筆を執ることに対する情熱は既に過去の作品にも表れている。
「人の日記を読むのは本当に面白いです。飾らない、素直な物語がそこにはあります。赤裸々な部分や、その背後にある真実を垣間見ることができるのが魅力です。ただ、文豪のように、没後に日記が公開されることもありますよね」
また、日記を書くことによる個人的なメリットに触れ、「実際に自分で書いてみると、デトックス効果があるんです。心が整理され、スッキリとした感覚になれるんですよ」と、書き手としての彼女自身の経験を語った。
一方、『きれぎれのダイアリー』のプロモーション活動の一環として開催された「柴田聡子のきれぎれのトークショー」では、朗読パフォーマンスも披露された。柴田さん曰く、朗読には、普段のライブパフォーマンスのなかで披露する、“歌”とはまた異なる魅力があるという。
「朗読では自分でリズムをコントロールできるのが魅力的です。自由に、さまざまなリズムを試すことができるんです」と朗読における表現の自由度について熱く語る柴田さん。
さらに、「以前、絵本雑誌『さがるまーた』のイベントで朗読をした際に感じたのですが、絵本では、絵を見ながらでないと伝わりにくいこともあります。それぞれの作品ごとに異なる朗読の醍醐味を味わうことができるのも、面白さかもしれません」と自身がテキストを手がけた絵本の朗読についても振り返った。
「きれぎれのトークショー」では、柴田さんが影響を受けた様々な作品についての話が展開された。同イベントで名前が上がったのは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や夏目漱石の『こころ』、萩原朔太郎の詩集、さらには『まど・みちお全詩集』といった日本文学の古典である。そこで今回は現代の作品に焦点を当てて、影響を受けた作品について再度たずねてみた。すると彼女は『叶恭子の心の格言 あなたの心にファビュラスな魔法を』や『IKKO 心の格言200』などの書籍にも触れつつ、特に蒼井優の写真集『トラベル・サンド』への深い愛情を明かした。
「蒼井優さんは昔から好きなのですが、『トラベル・サンド』が出た時は私の中で激震が走りました。いや、正しくは世界中にかもしれないですけど……(笑)。まずフォトグラファーの高橋ヨーコさんが撮るお写真が素晴らしいですし、蒼井さんの飾らない言葉の数々も印象に残っています。
別の写真集だと『ダンデライオン』も好きです。シベリア鉄道で撮影された写真や、ロシアの食べ物の塩分で顔がむくんだ話、旅先で出会った人の話などが妙にリアルで。パーソナリティーを大事にする姿勢が、素直に生きている感じが伝わると言いますか。作り手の方々も、蒼井さんのそう言う部分を大切にすることを軸においているんだろうなと思える写真集なんです。知り合いのご飯屋さんに置かれたその写真集がボロボロになるまで読まれているのを見て、その魅力が多くの人に共感されていることを実感しました」
小説、写真集、詩集……と幅広く影響を受けた本を述べる中で、柴田さんが最後に言及したのが辞書だ。
「白川静先生の『字通』も印象的に残っている本ですね。本、と言うよりは辞書なのですが、これは白川先生の研究の集大成と聞いています。辞典としてだけではなく、研究結果を読んでいるようでもあり、ときおり白川先生自身の視点とも言えるような描写が入っているところが面白いです。辞書に詳しい方からしたら、どうなんだろう?と感じられることもあるかもしれませんが、白川先生の“作品”としては最高です」
ユリイカ書き下ろしエッセイのテーマは「きっかけとなった瞬間」
2024年2月27日には、ユリイカ2024年3月号「特集=柴田聡子」が発売された。柴田さんに縁の深い多彩な書き手たちからの寄稿がラインナップされており、まさに柴田さんの音楽キャリアと人生を網羅する象徴的な特集になることが期待されている。
「打ち合わせの際に編集者の方から仮のラインナップを見せてもらったんです。その時点ですでに素晴らしく、結果的にそのほとんどが叶って、本当に様々な方にご参加いただき、今回は、付き合いの長い方も寄稿してくださっていて。ある意味では、自分を過去からずっと知っている人からの言葉は少し怖い部分もありますね」
特に特集の見どころとなっているのは、アーティスト・adieuとしても活動する上白石萌歌さんとの対談だろう。柴田さんは、「上白石さんとはこれまで数回お会いしていますが、毎回お会いする度に親しみやすさを感じています。上白石さんは非常に誠実で、物事に対して真摯に向き合う姿勢が伝わってくるんです。私は彼女に曲をお渡しする側としてお仕事で携わらせていただいていますが、(上白石は)音楽のことが本当に大好きなんだと思います」と語り、上白石さんへの敬意を表した。
さらにユリイカ2024年3月号には、柴田さんの書き下ろしのエッセイも掲載された。
エッセイの執筆について、「今回のユリイカのエッセイでは、編集者の方から、私のキャリアにおける“きっかけとなった瞬間”について書いてほしいとのリクエストがありました。実際に振り返ってみると、音楽を始めた当初は何も考えずに流れに任せていた部分が多かったのですが、今となっては音楽は、私にとって非常に大切なものになっています。その変化を振り返りながら、大学4年生の時のエピソードなどを綴りました。今思うと、あの時期に経験したことがなければ今の自分はいなかったと感じています」と、柴田さんは自身の音楽キャリアにおける変遷を振り返る。
柴田さんにとって、ユリイカの特集は、他人の視線を借りて自分自身を見つめる貴重な機会でもあるのかもしれない。発売に向けて「他人が私について書いてくれるというのは、不思議な感覚ですよね。私もまだ、簡単な事実確認で送ってもらったゲラの分しか内容を読めていないので、読むのが楽しみです」と心境を語った。
また柴田さんは、ユリイカ2024年3月臨時増刊号への寄稿も行っている。詩人・谷川俊太郎に焦点を当てた特集だ。
「谷川俊太郎さんは本当に尊敬していますが、歳を重ねるにつれて、彼の作品を素直に読めなくなったという複雑な気持ちがあります。それを書くことに少し迷いましたが、谷川さんの懐の深さを信じて、胸を借りるつもりで書かせてもらいました」と、大詩人への敬愛とともに、作品への複雑な感情を語った柴田さん。
こちらもあわせて読むと、「柴田聡子」という人物の多面性がより鮮明に理解できるかもしれない。
新アルバム『Your Favorite Things』から考える「あなたと私」の関係性
2月28日には、7枚目のアルバム『Your Favorite Things』を発売した。
アルバムタイトルについて柴田さんは、「実は、タイトルとして最初から決めていたわけではなく、最後の曲『Your Favorite Things』が結果的にアルバムタイトルになった形で。この曲は友達を思い浮かべて書いたものです。そもそも今回のアルバムは誰かのことを思って書いた曲が多いかもしれません」と明かす。しかしこの“Your Favorite Things”について、さらに話を聞くと、こちらが想像する「あなたが好きなもの」の真意とは少し異なる意味合いをのぞかせた。
「もう手には届かなかったり、どうしようもならないんだけど、ずっとうじうじ考えちゃうようなことを書いています。 “あなたの好きなもの”なんて考えたって仕方がないと思うんですよね。相手が考えてることって、本当の意味では全くわかんないと言っても過言じゃないと思うんです。それでも、やっぱり考えてしまう自分がいるというか……それが、テーマとして貫いてるものです」
このような“相手に対する一方的な想像”を巡る思考が、『Your Favorite Things』というアルバムを通して表現されているのかもしれない。特に、柴田さんは特別な思い入れを持つ楽曲として、「Movie Light」「目の下」「素直」、そしてアルバムの核となる「Your Favorite Things」の4曲を挙げている。
さらに、制作面においても、今回のアルバムは挑戦的な内容となっていることを柴田さんは強調する。
「前のアルバムを終えた後、自分が作りたいものをもっと追求すべきだと感じました。前のアルバムも本当にエゴを出して作ったんですけど、さらにエゴを出して自分が作りたいものを作るべきだなと。だから制作スタイルや録音方法も変えてみたし、全体として新しい技術や学びを取り入れました」
ミュージシャンであり、文筆家としても活躍する柴田さんは、その多彩な才能で多くの人々を魅了している。そんな彼女の音楽との関わり方は、喜びや哀しみなどの特定の感情を消化する手段としてではなく、より自然発生的な動機から音楽の世界へと足を踏み入れたという、興味深いものだ。
「実は、感情を消化したいから音楽を始めたわけではないんです。結果的に感情の消化にはなっているかもしれませんが、そういう目的で始めたわけではありません。創作欲みたいなもので、“歌いたいから歌う”に近いのかも。そこには喜怒哀楽、全部あると思いますし、それ以上に複雑な感情もあると思います。でも、始めた理由はそういう感情をはっきりと消化したいからではなく、ただできそうだったから、音楽が好きだったからです」
さらに柴田さんは、アーティスト活動と私生活との間には深い関連性があるとしつつも、それらが直接的にリンクしているわけではないと続ける。
「音楽作りと生活は切り離せないものですが、私の音楽が私の生活を直接反映しているわけではありません。ただ、作ること自体が楽しくて、それが私を助けている感じがします。だからこそ(音楽に対して)正直で、素直で、誠実でありたいと思っています。音楽がなくなったら、世界を考える手段を失うかもしれない。でも音楽だけが、私にとって世界や他者と繋がる重要な手段なのかと言われると、そうでもない気がして……。音楽を通じて出会えた人はたくさんいますが、『音楽がなかったらその人と本当に出会えなかったのかな?』って考えちゃうんです(笑)」
そんな柴田さんに、最近関心があることについて聞いてみた。
「東名阪のツアーライブに向けて、歌い方や声の調整に毎日気を配っています。良いパフォーマンスのためには体調管理が欠かせないので、食事にも注意しているんですが、体って予想通りには動いてくれないんですよね。風邪を引いたり、体重が増えたり、喉が急に痛くなったり。だから、体をコントロールしようとするボディビルダーの人たちを想って尊敬しています。歌も同じで、完璧にコントロールするのは難しい。でも、その努力を続けることで、少しずつでも自分の声を管理していくしかないんです。結局、人生ってコントロールできることが限られていて、大切なのはバランスを取ることかもしれませんね」
柴田さんの言葉には、私たちの日常がいかに、制御可能な範囲とそうでない範囲との間の微妙な線引きによって成り立っているのかを考えさせられる。現在準備を進めている『Your Favorite Things』のリリースに伴う、バンドセットでの東名阪ツアーへの意気込みについて聞くと、「アルバムはツアーでのパフォーマンスを全く考えずに作ったので、ツアーはこれから作っていく感じが大きくて。私も来てくださった方も、楽しみきれるものにしたいと思っています」と笑顔を見せた。
最後に、今後の展望について聞くと「音楽を中心に、引き続きアルバム制作や曲作りに取り組んでいきたいですね。もっと良い歌を歌えるようになりたいとも思っています。それに加えて、書く活動にも力を入れていきたい。書くことは私にとって重要な欲求の一つで、自分の考えや感情を言葉にすることにも興味があります。小説や創作だとまた話が異なる気がしますが、私が今回書いたようなエッセイ調の文章では、書くことって歌よりもストレートな表現に近い気がしています」と音楽以外の創作活動にも、深い関心を持っていることを明らかにした柴田さん。
柴田さんの次なる作品は、どのような新しい風景を私たちに見せてくれるのか。彼女が描く新しい風景の中で息ができる日を思うと、心が躍る。
しばたさとこ/1986年札幌市生まれ。武蔵野美術大学卒、東京藝術大学大学院修了。2012年に1stアルバム「しばたさとこ島」を発表。2016年に初の詩集『さばーく』を上司し、第5回エルスール財団新人賞・現代詩部門を受賞。楽曲提供やドラマ出演など、多岐にわたり活躍。
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