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アニメ絶賛放送中の「八咫烏シリーズ」をリアルタイムで追いかけた方がいい理由

アニメ絶賛放送中の「八咫烏シリーズ」をリアルタイムで追いかけた方がいい理由

大矢 博子

『烏は主を選ばない』(阿部智里)

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

華やかで優しい「宮廷もの」と思いきや……読者の予測を裏切る、衝撃のアニメ原作〉から続く

 累計200万部を突破した大人気和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」。NHK総合で毎週土曜日に放送中のアニメ『烏は主を選ばない』の原作小説として、現在注目を浴びている。アニメの放送と原作小説のヒットを記念して、「八咫烏シリーズ」の第2作『烏は主を選ばない』(文春文庫)の解説を全文公開する。

『烏は主を選ばない』(文春文庫)

「八咫烏シリーズ」をリアルタイムで楽しめる喜び

 小野不由美の「十二国記」を読んだとき。上橋菜穂子「獣の奏者」を読んだとき。菅野雪虫の「ソニン」を読んだとき。

 どのときも、慌てて他の巻を買いに走ったのを覚えている。世評の高さは重々知っていながら、ファンタジーは苦手だからと手を出さずにいたことを激しく後悔した。こんな名作に乗り遅れてたなんて!

 そんな私が、リアルタイムで読めていることが嬉しくてしかたないシリーズがある。この八咫烏シリーズだ。

 乗り遅れた後悔があるからこそ、声を大にして言いたい。というか太字で書きたい。

 前述の名作群が好きな人はもちろん、時代小説が好きな人、ファンタジーが好きな人、人間ドラマが好きな人、どんでん返しのあるミステリが好きな人、ライトノベルが好きな人――そして「物語」を愛するすべての人に。

 乗り遅れるな。このシリーズは本物だ。――おそらく。

 そこまで煽っておいて「おそらく」って! とお思いだろうが、それこそが実はポイントなのである。が、その話は後半にとっておいて、まずは本シリーズのアウトラインからご紹介しよう。

前作で感じた不安と不満を、跡形もなく吹き飛ばすような続編

 舞台は山神さまによって開かれたと伝えられる世界「山内」だ。山内を統べるのは宗家、その長は金烏と呼ばれる。その下で東西南北四家の有力貴族がそれぞれの領地を治めている。

 この世界に住むのは八咫烏たち。通常は人の姿で暮らすが、卵で生まれ烏の姿に転身して空を飛ぶこともできる。つまり、本シリーズの登場人物(烏物?)は、人の形をとってはいるが八咫烏なのだ。

 それだけみればこてこてのファンタジーだが、舞台設定は日本の中世に近い。朝廷があり、貴族や豪族の身分制度があり、女性は政治の道具に使われる。服装は私たちが知っている日本の着物とほぼ同じ形式のようだし、移動は徒歩か、でなければ馬(という名前の烏)。四季の存在や月日の概念も、桜などの植生も共通だ。武器は刀か弓矢。さらに言えば、どうも我々と同じ文字を使っているらしいし(第一作に「あせびは馬が酔う木と書く」というくだりがある)、ちょっと先走るが第三作を読めば長さの単位は尺、時間の単位は刻が使われていることがわかる。

 烏に変身できる、ということ以外は、まるで平安王朝サスペンスを読んでいる気分で、すんなり物語に入れるのが、広く受け入れられた理由のひとつだろう(今、さらりと書いているが、この設定は実は第三作以降で意味が出てくることなんじゃないかなーという気がするので、覚えておいてくださいね)。

 さて、本書『烏は主を選ばない』は、『烏に単は似合わない』に続く山内を舞台にしたシリーズ第二作である。

 前作は、次の金烏となる若宮のお后候補の姫たちが、東西南北の四家から登殿するという物語だった。華やかな女のバトル。后決めは姫たちによる代理政争であり、恋愛小説であり成長小説であり、そして何より、あっと驚くミステリでもあった。

 阿部智里はこの『烏に単は似合わない』で第19回松本清張賞を受賞、20歳の現役女子大生作家として文壇に元気よく(本当に元気よく!)飛び込んできた。

「八咫烏シリーズ」の著者・阿部智里さん ©文藝春秋

 読み始めてすぐに時間を忘れ、没頭したことを覚えている。すごいのが出てきたぞ、とわくわくした。「今度は乗り遅れずに済んだぞ」と思ったのはこの時だ。

 しかしその時点では、作品はまだ一作のみ。このレベルを維持できるのか。書き続けていけるのか。その判断はできなかった。

 しかも『烏に単は似合わない』を読んだとき、私にはひとつだけ、不満があったのである。それは「若宮、何してんだ?」ということだ。自分のお后選びなのに、まったく姿を見せないんだから。

 姫君たちが暮らしていた御殿ではさまざまな事件が起きたが、そんなもん、はっきり言って若宮の態度ひとつで防げた悲劇ではないか。だいたい、三角関係にしろ嫁姑問題にしろ、ひとりの男をめぐる女の闘いなど、その男さえしっかりしていれば大抵の問題は解決するのだ。それがまったく姿を見せず、最後の最後に出てきて美味しいところだけかっさらうってアンタ、どうなのよ、それ。

 レベルを維持して書き続けられるかという不安。第一作に対する、若宮の描写欠如という不満。

 この不安と不満を『烏は主を選ばない』は一瞬にして跡形もなく吹き飛ばしたのである。驚いた。唸った。

 まず、第一作に若宮がほとんど出てこないことの不満については、ええ、そりゃもう、本書を読んで納得しましたとも。

 若宮、こんなことになってたのか! そりゃ来られんわ。来てる場合じゃないわ!

 本書は「女たちがお后選びで火花を散らしていたその時、若宮は何をしていたか」の物語だったのである。つまり、『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』は同じ時間軸を別の視点から描いた、対になる話なのだ。『烏に単は似合わない』に若宮からの使いが登場したが、同じ場面が今度はその当人の視点で綴られるのである。あったあった、この場面、と思わず前のめりになった。

 こう来たか。もう、読みながら声に出して言ったね。こう来たか! 阿部智里、おまえ、こう来たか!

 阿部智里はインタビューで「まだ清張賞に応募する前の段階では、ふたつの作品を組み合わせて同じ時間軸で、同じ事件を男性と女性の視点から、交互か、あるいは前と後ろでたおやめの章、ますらおの章と分けて書くつもりでした」と語っている。

 そもそもが、ひとつの物語だったのである。しかし彼女はそれを分けた。大正解だ。何より、テーマが違う。

 ここでやっと本書のあらすじが紹介できる。われながら前振りが長くて申し訳ない。

「ぼんくら」な側仕えと「うつけ」の若宮……と思いきや

 本書は北の領地、垂氷の郷長の次男、雪哉が主人公だ。まだ元服前の少年である。学問は弟に追い抜かれるし、剣の腕は一瞬で降参するしのぼんくら次男として有名で、周囲は雪哉の先行きを危ぶんでいた。「武家の子というに、情けないのう。お主には、野心というものはないのか」と問われ「塵ほどもありませんね」と即答してしまうような少年なのである。ところがひょんなことから、このぼんくら雪哉が、中央で若宮さまの側仕えになることに。

 一般の少年なら大出世であるその役目も、雪哉は嫌で嫌で仕方ない。ところが出仕してびっくり。若宮は噂以上の奇矯な人物だったのだ。自分勝手だししきたりは破るし、花街や賭場へも出入りしているらしい。この若宮、うつけと評判なのである。

 と、この紹介を読んだだけでも勘のいい人は気付くだろうし、本編を読み始めればすぐにわかることなので書いてしまおう。

 古来、物語において、織田信長の例を引くまでもなく、うつけと呼ばれる人物が本当にうつけだった例しはない。中村主水の話を出すまでもなく、ぼんくらと評される人物が芯からぼんくらだったなんてこともない。

 というわけで、実はぜんぜんぼんくらじゃない雪哉と実はまったくうつけじゃない若宮の、抱腹絶倒の掛け合いがまずは本書の魅力だ。次の金烏、つまりは皇子に向かって田舎貴族の次男坊が「馬鹿か、あんた」と突っ込むのである。何度吹き出したことか。

 この雪哉がもう、べらぼうに可愛い。賢いし機転は利くし、くるくるよく動くし。そんな雪哉をサドっ気たっぷりに追い込む若宮(もちろん意味はある)もまた、読んでいてにやにやしてしまう。いやもう、萌えるわー。

 しかしもちろんその裏では権謀術数が渦巻いているのだ。若宮がお后選びに一度も足を向けなかった最大の理由。それはお家騒動の真っ只中にいたからなのである。若宮の兄を次の金烏にと推す強力な派閥があり、その中でも過激派は若宮の命を狙っていた。若宮のそばにいるのは雪哉と、もうひとり、若宮の幼馴染で武に長けた澄尾だけ。こんな状態で自らの命を守り、敵対派と対峙していたのだ。

 裏切り者は誰か。情報はどこから漏れているのか。信頼できるのは誰なのか。そのサスペンスたるや、そして驚愕の真相たるや、まさに巻を措く能わずである。

アニメ『烏は主を選ばない』はNHK総合で毎週土曜23:45より放送中 © 阿部智里/文藝春秋/NHK・NEP・ぴえろ

主への忠誠に、家族を思う気持ち……人間ドラマにも注目

 と同時にこれは「忠誠とは何か」の物語であることにも気づかれたい。兄を推す一派には、兄に心からの忠誠を捧げる者がいる。一方、若宮にもそういう味方がいる。自らの家に忠誠を尽くす者もいる。そして雪哉の忠誠心は、自らの故郷・垂氷とその家族にある。

 忠誠心とはすなわち、相手の幸せを願う気持ちのことだ。では相手の幸せとは何なのか。

 このテーマはお家騒動にとどまらない。たとえば親子。子の幸せを願って親が叱ったり褒めたりしても、それが本当に子のためになっているかは別というような例は、あなたの周囲にも多々あるだろう。

 雪哉はまだ子どもである。彼は自分なりに精一杯誰かのことを考え行動するが、周囲もまた雪哉のことを思っている。それが必ずしもイコールで結ばれないところが問題。自分に求められることと、自分が求めることの齟齬。そのどちらが本当に大切な人のためになるのかという迷い。これは雪哉が周囲の人の思いを知ることで自分を見つめ直す成長物語でもあるのだ。

 若宮と兄宮、雪哉とその兄弟という二組の兄弟のあり方にも注目されたい。『烏は主を選ばない』は、心から相手のことを大事に思う、そんな人々がそれぞれ最良と信じる道を選び、進む物語なのである。

 さて、ここまで書けば、もうひとつの不安――レベルを維持できるのか、ということもまったくの杞憂であったことは明らか。そもそも、第一作完成時にはすでに第二作もほぼ出来上がっていたわけだから。いや、もうシリーズ全体の構想すらできているというのだから! 何も心配は要らなかったのである。

 さて、私は冒頭で「おそらく」と書いた。このシリーズは本物だ。おそらく――と。

 なぜなら、ここまでの二編は、実は序章に過ぎないからなのだ。次代の金烏がお家騒動を鎮めお后を選び、さあ話はこれからだ、というところなのである。見ようによっては、まだ話は始まっていないのだ。

 第三作『黄金の烏』では、ついに若宮はこの山内を襲う大いなる敵と戦いを始める。そんな彼のそばにいるのは、『烏に単は似合わない』で選ばれた后と、『烏は主を選ばない』で得た腹心の近習だ。物語はここから大きくうねりを上げて流れ出す。そのプロローグが、初期二作なのである。

 ここからが本番だ。ここからもっと面白くなる。だからこの二作の時点で何かを断言するのを、私はうずうずしながらも堪えている。

 今言えるのは、「乗り遅れるな」に尽きる。あなたが面白い小説を探しているなら。「物語」が好きなら。

 八咫烏シリーズに、乗り遅れるな!

◆◆◆

※こちらは2015年に刊行された『烏は主を選ばない』(文春文庫)の解説の転載です。2024年5月現在、「八咫烏シリーズ」は12巻(うち2巻は外伝)まで発売中。

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文春文庫
烏は主を選ばない
阿部智里

定価:814円(税込)発売日:2015年06月10日

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発売日:2020年08月08日

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