〈「河野の一族って、かなりエグイくらいもめてますね」今村翔吾と河野六郎通有にある共通点は、家族との軋轢〉から続く
「なぜ人は争わねばならないのか」――。
直木賞作家、今村翔吾待望の新作『海を破る者』が発売された。
鎌倉時代。元寇という国難に立ち向かった御家人、河野六郎通有(通称:六郎)は、その問いを読者に投げかける。
今回のインタビューでは、創作秘話はもちろん、「出版業界に変革を起こしたい」という今村翔吾さんの熱い想いを聞いた。(全3回の3回目/最初から読む)
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ジェンガみたいで動けない出版業界
――今年4月、神保町にオープンしたシェア型書店「ほんまる」。作家業だけでなく、書店経営を始められたきっかけをお聞かせください。
そもそものスタートは2021年、11月に大阪府箕面市の「きのしたブックセンター」を引き継いだこと。それから佐賀の書店を去年の12月に、今年4月にシェア型書店を始めた感じです。
最初に書店の経営に踏み込んだのは、本当にひょんなこと。書店が売りに出てて、ここが無くなれば町に書店が消えるということで……。
僕は作家としてのベクトルと、書店経営、そういう出版業界の周辺を含め、トータルに、この業界に何か一つ変革を残して死んでいったろと思ってまして。そのトライ&エラーの一つとしてシェア型書店「ほんまる」が生まれたという経緯です。
――一般的な書店とシェア型書店の違いは?
一般的な書店は、町の書店の規模だと50年くらい前からやり方が変わってなくて、売り上げは下がってきているだけ。既存の構造じゃもたなくなっているんです。本当だったら色んなシステムの改変をしていかなくちゃアカンねんけど……。
言っていいかは分からないですが、出版社も取次も書店も組合も、図書館も流通も含めて、動かない。動かせないんです。ジェンガみたいになってて、動けない。出版社が譲歩すれば取次が泣く。取次がここをやったら出版社が怒るとか。ガチガチなんです。これを動かすのは僕が生きている間には無理かもしれない、って思ったんですよね。
じゃあ搦め手じゃないけど、システム自体を新たに外側に構築していくしか方法はない。焼け石に水になるかもしれないけど、当座はそれしか方法がなくて、そういう中でシェア型書店というやり方なら、新しい形の書店経営が成り立つんじゃないかっていう、「挑戦」をしている感じです。
「これはいけるかも」シェア型書店の未来とは
――「シェア型書店にブーム性を感じ、ビジネス的に成功しそう」という視点は?
これはいけるかも、とは思ってました。
ただ、良い点だけじゃなく、その未来が、10年後が見えたんですよね。可能性が見えたというか。よく扱えば良い未来になるかもしれない。けど、悪い方向に進めば、小さなブームで2、3年後には廃れると思ってます。
良い方向に持っていければ、出版業界全体のプラスになるかもしれないと。個人だけじゃなく、「ほんまる」が出版企業以外の法人の参入を特に促してるのは、そこに理由があります。
出版に携わりたい他業界の法人の中には、儲かってる業界はいっぱいある。シェア型書店はそういうことのハブになるだろうとか、法人だけでなく、行政のハブになるかもしれないってところが、僕が見据えた未来です。
さっき言った、ジェンガのように絡み合ったものを変えていくためには、出版業界の自浄作用だけじゃなく、外の力も借りなくちゃならないんです。
――シェア型書店について、危惧している事もあるそうですが。
この業界には再販・委託制度というのがあって、シェア型書店のシステムは微妙にそれを侵してるんじゃないかと、法的立て付けとして思ったんですよね。
これをクリアにしなかったら、行政とか上場企業が安心して入って来れるサービスにならないと思って、まずこの法的立て付けを綺麗にしようと。自分がシェア型書店を出すまでに、弁護士さんに何回も何回も相談して、ちゃんとそこを綺麗にしました。
――シェア型書店の未来について。「悪い方向」のお話を、もう少し詳しくお聞かせください。
悪い方向と言うか、一時的なブームで終わってしまうこともあり得ると思っていて。シェア型書店に自分の棚を持つ個人は、利益を出したいからじゃなく、趣味に近いんです。あとはそこから派生する繋がりとか、コミュニティに投資してる人。
これって僕は、結構脆いと思ってて……。どこかが崩れたら一気に崩れていくというか。ただ、そこに企業がうまく入って来ることで、個人の負担をもう少し減らせるんじゃないかとは思ってます。色んなバランスをとっていかないといけないですね。
「出版業界に変革を起こす」目指すは令和版の菊池寛
――出版業界の未来を多方向から考えた結果の一つが、シェア型書店なんですね。
そうです。最近、気持ち的に誰に一番近いかって考えてたんですが、菊池寛だと思います。感覚としては。一番気持ちが分かる作家、僕やと思います(笑)。
菊池寛さんも書きながら芥川賞や直木賞、文藝春秋も作ったわけじゃないですか。多分、菊池寛さんの時も、当時の問題があって、どうにかしないとアカンとか、使命感とか、お人好しだったとか、色々な物が噛み合って、文春や芥川賞、直木賞は出来上がったと僕は思っていて。
自分で言うのもなんですが、経緯みたいなのは似てるような気がします。もっともっと突き詰めたら分からないですが。
――今村さんの使命感とは?
せっかく自分がいるこの出版業界という世界を、「もっと広げたいの」が菊池寛さんだとしたら、「守りたい」のが僕かもしれない。隆盛の頃に菊池寛は現れて、衰退の頃に今村翔吾が出たって言われるようにしたい。将来、何かできてるかもしれないよ。「文藝夏冬」みたいなの作るわ(笑)。
――出版業界に変革を起こすため、様々な活動を精力的にされていますが、ご自身をそこまで突き動かす物は何なんでしょうか?
なんやろね。……僕はもう決めたからかな。人生の主題というのは、何個も無理だなって分かったから、一個に絞る。この出版業界をどうにかする。全部を変えられるとか、大きなことは思ってないけど、ただ僕が死んだ時に、「今村翔吾がいたのといないのじゃ、出版業界って結構違ってたかも」って言われたいです。
何でこんなこと思うかって言うと、多くの歴史上の人物を見て来た中で、僕はそんなに物とか残してやれないなと。別に今受け取る人とかもいないけどね。何かもっと、生きた意味みたいなものを……せっかく出版業界に入ったんだから、残したいなって思ったんです。
それで、あとの人が頑張って菊池寛みたいに自分の銅像立ててくれたら(笑)。
琵琶湖沖に、バストアップじゃなくて全身の銅像で。……欲にまみれてるみたいだけど(笑)。
そういうことを、後世の誰かがやってくれるような、そういう生き方をしたいですね。
(取材・構成/沢木つま)
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