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伝説の「山の神」柏原竜二が共感した『俺たちの箱根駅伝』「僕もやっていた練習法」とは

伝説の「山の神」柏原竜二が共感した『俺たちの箱根駅伝』「僕もやっていた練習法」とは

池井戸潤最新長編『俺たちの箱根駅伝』書評インタビュー・前編


ジャンル : #小説

『俺たちの箱根駅伝』上巻
『俺たちの箱根駅伝』下巻

 圧倒的な走りで「2代目・山の神」と呼ばれ、東洋大学を3度の総合優勝へ導き、 “黄金時代”を築き上げた柏原竜二さん。卒業後は富士通に進み、現在は「箱根駅伝」を解説する立場となった。

 「箱根駅伝」を内と外から見続ける柏原さんは、池井戸潤氏最新長編『俺たちの箱根駅伝』をどう読んだか。また、今春からの大学院への進学を発表した彼が、「新たな挑戦」を続ける理由とは――。

 ロングインタビュー前編です。


チームビルディングのリアリティ

――箱根駅伝本選前夜までのチームビルディングの過程を描いた、『俺たちの箱根駅伝』上巻を特に面白く読んでくださったと伺いました。

 今春から入学した東洋大学大学院で、社会心理学を学んでいます。チーム論、組織論との関連も深いので、作中の陸上競技部監督の指導法の違いに心惹かれました。

 例えば清和国際大学の北野公一監督。彼のやり方はいわゆる「威嚇」式です。「お前たち、こんなんでいいのか」と理詰めで選手たちを追い込んで、統制する。高校、大学といった場で、規律を重んじてチームを統制するには「威嚇」は即効性があるし、単純で手軽です。それで実際に学生が成長する面もある。

 一番手間がかかるのが、コミュニケーションを通してマネジメントする方法。これを実践しているのが、主人公格である明誠学院大学の甲斐真人監督です。目標を明確にして、対話を続ける。その「目標」に異議を唱える学生はいるけど、彼らを排除しない。正直、甲斐監督が掲げた「目標」は現実離れしているんですが、甲斐監督のチームビルディングのやり方、過程がすごく細やかでリアルなので、まったく違和感がないんです。

――甲斐監督は選手たちに「ランナーはクリエイターじゃなきゃダメだ」と教えますね。ランナーとして、このセリフに実感はありますか?

 まさにそうだと思います。甲斐監督は、選手に「最初の10kmは何分以内、15kmに何分……」という目標設定をさせません。彼が教えたのは「ルートを熟知しろ」ということ。ちゃんと自分で考えて、勝負を組み立てろってことなんです。

 監督の立場から考えると、一番最悪なのはブレーキがかかること、止まること、タスキがつながらないことの3点です。それを防ぐために、具体的なタイム目標を設定して、それに沿って走るのが安全と思ってしまいがちですが、甲斐監督はそうしない。僕も現役時代は「コースを覚える」派だったので、うまい設定だなと思いました(笑)。

毎日脳内でレースを再現!?

――コースを覚えていらしたんですか?

 はい。毎晩脳内でレースをシミュレーションしていました。実際の速度で再生すると1時間かかってしまうので、端折りながらですが(笑)。寝る前の布団のなかで、メガネスーパーで1km、その先にミニストップがあってそこでまた1km……とか、箱根湯本駅前までちょっと上って平坦になって、そこから函嶺洞門に入る前にまた傾斜があって……とイメージしていました。ただそこに、タイム上の目標はない。

――それは東洋大学・酒井俊幸監督の教えですか?

 いえ、僕の個人的な考えです。他の選手を見ていても、やっぱりいい選手はそれぞれ自分に合うトレーニングをしていましたね。

 『俺たちの箱根駅伝』でいえば、甲斐監督が掲げた目標が「チームの目標」。でも、それが個人の目標かと言われるとそうではなく、各々が目指すことがある。チームとして同じ方向性を持つ必要があるときもありますが、特殊区間が得意な人、悪天候が得意な人、レースが得意な人……とたくさんいる中で、自分の良さ、ストロングポイントを活かすというのが大事なんです。

 そのためには、みんなで同じ練習をする必要はない。同じ目標――僕たちでいえば「箱根駅伝で優勝する」という共通の目標のために、それぞれに合う方法で練習をするべき。そうすると、指導者も多視点から選手とレースを分析する必要が出てくるので、大変なんです。でもそれを甲斐監督はやったし、酒井監督もやっていたんだと思います。

 もちろん選手たちも「あいつだけメニューが違っていいな」という気持ちはありますよね。「特別扱いされてる」とか、やっかみもあるし。

東洋大「黄金世代」はSMAPに近いかな(笑)

――それを乗り越えて、チームとして団結できた秘訣はあるんですか?

 僕たちで言うと、ライバル意識はあるけど、お互いをちゃんと尊重していたのがよかったのかな。毎日、宇野(博之)には負けたくないって思ってたけど、スピードでは勝てる気がしないから、どこで勝負をかけるか戦略を考えたりしてましたね。
 
 毎日一緒に走っているからこそ、彼に合う練習と、動きが悪くなる可能性のある練習も知っている。だから別のメニューをやっても、勝つためには必要なことだと思えるんです。別々のことをやるんだけど、チームとして集まるときはチームとして動く……かつてのSMAPさんに近いかな(笑)。

後編へ続く

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池井戸潤

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