- 2024.05.15
- 文春オンライン
「ここの坂はそれほどではない」「あのエリアには救護員しか入れない」箱根駅伝の小説を連載中、池井戸潤に届いた“指摘”
大谷 道子
著者は語る 『俺たちの箱根駅伝』(池井戸潤 著)
出典 : #bunshun-online
勲章はないかもしれない。だがひたすらに無欲だからこそ、ひときわ眩しく光り輝く戦いがある――伝統の箱根駅伝に挑む学生ランナーたちと、彼らを導き支える人々、そして、人生の晴れ舞台を捉え伝えようとするテレビクルーの熱いドラマが交錯する『俺たちの箱根駅伝』。2021年秋から1年半続いた週刊文春連載小説が上下巻で刊行された。
「興味を持ったきっかけは、箱根駅伝の中継を実現させるまでのテレビマンたちの奮闘を知ったこと。これまでにも『ルーズヴェルト・ゲーム』や『ノーサイド・ゲーム』で企業とスポーツの関わりを書いたことがあったので、その流れにある作品が書けるのではないかと考えました。箱根駅伝を熱心に見ていたか? と尋ねられると、実はそれほど……なんてことは言わないほうがいいのかな(笑)。でも、そのぶん、フォームやタイムといったマニアックな描写にとらわれず、人間ドラマとして書けた気がしています。人が小説を読んで感動するのは、データのような知識を得られるからではなく、やはり人間の喜怒哀楽に触れるから。“箱根オタク”ではない私だから書けた小説になったのではないでしょうか」
下巻は丸ごと、箱根駅伝本選の描写に。217.1キロメートルに及ぶ10区間で繰り広げられる学生ランナーたちの激走とレースの駆け引き、そこに、それぞれが心の内に秘めた葛藤の物語が重ねられる。過去の大会の録画を繰り返し見、現地にも足を運びながらの執筆は「自分も一緒に箱根を走っている気分。もう1回書けと言われたら、絶対に身がもたない」と苦笑するほどに過酷なもの。が、ランナーたちに監督やマネージャーがいたように、実は連載中の池井戸さんにも、頼もしい“伴走者”が存在した。箱根駅伝を主催する関東学生陸上競技連盟や放送を手掛ける日本テレビの関係者たちである。
「連載前、『箱根駅伝の歴史や選手たちにリスペクトを込めて書きます』とご挨拶に伺ったんです。そうしたら、連載中、掲載された作品を読んで、いろいろなご指摘をくださって」
たとえば、レースの最後は「ゴールする」ではなく「フィニッシュする」といった陸上競技用語の使い方。フィニッシュ後に倒れ込んだ選手にチームメイトが駆け寄る描写には、「あのエリアには救護員しか入れない」などといった実際のルールも指摘された。
「コースを走る際の実感についても、詳しく教えていただきました。私が『立ちはだかるような坂道』と描写した箇所について、『ここの坂はそれほどではない』とか(笑)。そうした箇所を単行本化の際に修正することができたのは、ありがたかったです。ほかにも多くの方々にお話を伺いました。私レベルが読むならともかく、箱根駅伝には、長年見ているファンの方々がいる。皆さんに納得していただける作品にしたかったし、協力を仰いだ方々の顔を潰すわけにもいかないので、とにかく全力で走り切ろうと」
連載時にはなかった、選手たちの絆を確かめる感動のシーンも加筆され、700ページを超える大作が完成。収められたのは、青春の一瞬にしか味わえない喜びと躍動、そして代えようもない輝きそのものだ。
「箱根駅伝を最後に競技生活を終えるランナーも多いですが、青春のラストランというような花道があるのは特別なこと。自分にそんな瞬間があったか? というと、やはりなかったわけで……本当にうらやましいです」
いけいどじゅん/1963年岐阜県生まれ。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な作品に「半沢直樹」シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『シャイロックの子供たち』『鉄の骨』『陸王』『民王』『アキラとあきら』『ハヤブサ消防団』など。
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