「伊右衛門」「PlayStation」など1000を超えるCM・広告作品をつくってきた広告界のトップランナー・小西利行さんが、最新刊『すごい思考ツール』を上梓した。数々の大ヒットを生んできた辣腕だが、実は新人のころ極端に「できない人」だったという。大躍進をとげられた“考え方のスキル”を初公開!
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「君は12人中13番目の補欠だ」
――小西さんは、数々の広告作品のみならず、「伊右衛門」「こくまろカレー」などの商品開発にも関わって大ヒットさせてきましたが、新人のころ“鳴かず飛ばず”だったと謙遜されていますね。
小西 謙遜でもなんでもなく、最初博報堂に入社したとき、本当に“できない君”だったんですよ(笑)。希望の部署に行けずに、突然クリエイティブ部門に配属されたので、悩みに悩んでコケまくっていました。
コピーライターの仕事で「これ、明日までにアイデアを考えてきて」と言われても、何を考えたらいいのかわからない。料理やったこともないのにいきなり厨房に入れられてお客さんに「美味しい料理をつくれ」と言われている感じがして、戸惑うばかり。周りの美大出身者やずっと広告を研究してきた“センスのいい人たち”はすごい発想をどんどん出していました。
そんな中、部署の飲み会で「君は12人中13番目の補欠だったんだ。本当は来るはずじゃなかったんだけどね」と酔った上司にバラされて、ショックを受けました。本当に会社を辞めようかと悩んだし、あるときは1日に2人の先輩に呼び出されて、それぞれの人から「君は本当に向いていないから、転職するか、違う職種に行ったほうがいい」と真顔で言われるほどダメダメの新人でした。
「考え方」がわかると自分でアイデアを生み出せるようになる
――かなり不遇の新人時代だったんですね。転機となったのは何だったんでしょうか。
小西 自分のできなさ加減に腐っていた僕は、ある有名クライアントを前に支離滅裂なプレゼンテーションをして、全員から失笑をかうというものすごく恥ずかしい思いをしたんですね。それまでプライドを捨てられなくて殻に閉じこもっていたんですけど、その瞬間に吹っ切れた。だったらもうとことん恥をかいてやろうと、大物クリエイターや癖の強い先輩たちに自分から近づいていって、貪欲に学ぶようになったんです。
「考え方」がわかると、自分でアイデアを生み出せるようになる、というシンプルな真理に気づきました。それまでの自分はバットを持たずに打席に立つような、金槌も持たずに釘を打とうとするようなことをしていたわけで、そりゃ打てるはずがない。面白い人に出会って、そこで学んだ考え方を「思考ツール」としてストックするようになってから、仕事で急成長できたんです。
突破口となった「人生思考」というツール
――突破口となった思考ツールを具体的に教えて頂けますか?
小西 例えば僕がよく使っていて大切にしている「人生思考」というツールがあります。アイデアを考えなきゃいけない商品(やサービス)の横に「人生」と書き、そのあいだにある本質的な課題がなんなのかを突き詰めて考えていく思考法です。メソッドとしての詳しい手順は本書に譲りますが、入社3年目のときに書いた日産セレナの「モノより思い出。」というコピーはそこから生まれました。
――広告史に残る名コピーとして有名ですよね。
小西 ありがとうございます。でも、これは発案当初、社内でけちょんけちょんに言われたんですよ(笑)。「こんなマーケティング用語みたいな言葉はコピーではない」って。確かに売りたい車について何もふれてないですし、当時あのような人生教訓的なコピーはほぼ皆無でした。しかも子どものビジュアルと組み合わせるのは、「ウケ狙い」として広告的にタブー。
でも僕は、「モノ」自体の良さや新機能の差異を訴求するのではなく、「人生」と「モノ」のあいだにあるものを射抜いたほうが、世の中の人たちは幸せになれるんじゃないかと感じていました。その頃バブルが終わって、世の中のムードとして元気はないわ、お金はないわ、忙しいわで、家族よりも仕事優先の風潮でした。そんな時代に、車というカテゴリーと家族のある人生とのあいだにドキっとする言葉を投げかけられないかを考えて行き着いたのが「モノより思い出。」だったわけです。
――当時の広告コピーの常識を逸脱した手法だったわけですね。
コピーの本質は「変化をともなう心の動きを生むこと」
小西 はい。実はここでは、「矢印クリエイティブ」と僕が呼ぶ「X→Z」という思考ツールも使っています。これは何かというと、まず現状を明確にする(X)――「たしかにそうだよね」という共感を生む。ここでは「モノより」という部分です。それと対比して「こんな風になるといいよね」という未来を提示する(Z)。「思い出」をつくろうという呼びかけがそれです。共感がないのに未来だけ語られても人の心は動かないんですね。
コピーの本質は「変化をともなう心の動きを生むこと」にあります。その言葉を言われて、「ああそうなんだ」「大変だね」だけで終わるものはコピーではなく、そこで人の心に気付きを起こして動きを生むのが、コピーです。
この矢印メソッドは、広告コピーに限らず、企業の活動方針や営業目標を立てるときでも、お客さんにプレゼンテーションで何かを提案するときでも、ビジネスのいろいろな場面で活きる手法です。まず共感を呼ぶ「現状の共有」があってこそ、未来への提案は受け手の心に刺さり、行動へと繋がっていきます。
――なるほど! こうした「考え方」の核心は様々な人との仕事を通して体得したのでしょうか。
小西 まさにその通りで、僕は厄介で大変な人とばかり組まされてきました。中でも強烈だったのは小霜和也さんという僕の師匠で、すごく素敵なんだけど癖が強くて下につく人がみんな辞めていっていました。2年目に僕が、「あっ、ちょっとできるようになってきたかも」と少し仕事の手応えが出始めた頃に小霜さんの「PlayStation」のチームに配属され、徹底的に打ちのめされるんですね。
「どんなにきらびやかな広告でも、人の心が動かないもの、モノが売れないものでは意味がない」とずっと言い続けた人で、僕は格好いいなと思った。だから、F1カーが先行する車の後ろにピタっとつくスリップストリームの手法で、ある瞬間に抜き去るのがいいと思って、もう四六時中、小霜さんと行動をともにして徹底的に真似をしたんですね。それこそものの見方から字の癖まですべて。
小霜さんに言われた、忘れられない言葉があります。「小西はね、三角形の上を切って台形にしてからのろうとするんだよ。でもね、三角形の上にのるほうが、ぐらぐらするけど高い景色が見えるんだ」と。危なくても、足元がぐらついても、誰もやったことのない高みにいかなければ新しい風景は見えないことを教えてくれた貴重な言葉です。
もう小霜さんはお亡くなりになりましたが、いまも自分が守りに入りそうになると、「あっ、僕はいま台形にのってるな」と師匠の言葉を思い出します。今まがりなりにも僕が仕事ができているのはすべて小霜さんのおかげです。
大人気店「挽肉と米」はどう生まれたのか?
――そんな三角形のうえに立つような挑戦といえば、小西さんがコンセプト開発・ブランディングを手掛けた「挽肉と米」はこれまでになかったタイプのハンバーグ店で、いま大人気ですよね。
小西 「挽肉と米」は「山本のハンバーグ」の山本昇平さん、LAMP Inc.代表・清宮俊之さんと僕の3人で立ち上げたプロジェクトですが、これもハンバーグと人生のあいだで、「どうすれば本当においしいハンバーグ店ができるのか?」というシンプルな課題を突き詰めて考えました。
ハンバーグのまわりにある不満、「食べていくと冷める」「量が多すぎて女性や少食の人は残しがち」「ライスが美味しくない」「つけ合わせのミックスベジタブルっていらなくない?」「サイズが大きくて食べにくいよね」「実はお味噌汁が欲しい」「最後までソースの味が同じで単調」といった隠れ不満、隠れニーズを丁寧に洗い出していった。
それらを全部解決するアイデアとして行き着いたのが、「挽きたて、焼きたて、炊きたて」という「3たて」のコンセプト。それを実現するため、例えば270gのハンバーグを90g3つに分け、目の前で炭火焼にして順次出していくとか、ご飯も20分おきに炊きたてを用意するとか…、コンセプチャルかつ具体的な体験アイデアで解決してブランディングしていきました。
――少量ずつ焼きたてを食べるのは、シンプルだけど驚くほど美味しかったです!
小西 よく飲食店関係の人からびっくりされるんですよ。「こういうお店、ありそうでなかった」「どうやって閃いたんですか?」と。でも僕らからすると、思考ツールで不満をつぶしていった必然から生まれたアイデアで、魔法でもなんでもない。
――しかもクリエイティブなだけでなく、小西さんは常にビジネスとして「儲かる」ことも強く意識されていますね?
小西 さほど儲からなくとも尊い仕事をされている方々は沢山いるので、そういうスタンスにはもちろん敬意を払っていますが、僕自身が仕事にコミットするさいは「きちんと儲かる仕組みをデザインすること」を重視しています。「儲からないと、未来はない」という考え方です。
なぜなら、きちんと利益が出ないと、そこに心血を注ぎ込んだ関係者全員が傷ついてしまうからです。およそこの世の中で、赤字を垂れ流したまま自分の身銭をきって続けられることなんてまずない。
僕の信念は、「良いものが売れたら、良い未来がくる」、その一点に尽きます。理想主義に思われるかもしれませんが、今どき消費者のほうだって、安ければ何でもいいわけではなく世の中をダメにしそうなものは買い控えます。「地球を汚しまくってるけど、素敵なブランドです」というのは感覚としてあり得ない。
単なる消費から、「共感と参加」が購買行動のベースになってきた今、良いものをつくって売る=世の中を良くするという理想に立って、持続可能なビジネスをデザインすることが結果的に人の幸せに資するものだと信じています。
“幸せの総量”が増える新しい仕組みを
――「挽肉と米」では、儲けた利益を現場の働く人たちに還元する仕組みをつくったそうですね。
小西 儲けが株主や一部の上層部ばかりに還元されるのは全くのナンセンスで、若い人たちにまわして“幸せの総量”が増えたほうがいいに決まってるんですよ。事業がうまくいったら分配されるのは当然のことで、それを最初からデザインしておくのはすごく重要なこと。それが創業者3人の共通の思いです。
具体的には、「挽肉と米」の事業モデルは海外でも展開していますが、海外パートナーからいただくロイヤリティのすべてを国内の出店拡大に使うのではなく、できるだけ働く人の給与を上げたり、ストックオプションにまわす形にしています。飲食の仕事は「すごく面白いし格好いいし儲かりそう!」と若い人たちが思える新しい仕組みをつくりたいんです。儲かること=幸せな未来をつくることでありたいから。
――アイデアの力ひとつでそんな未来が生まれるのは実にワクワクしますね。
小西 新著は、仕事の壁を突破して幸せな未来を生む、強力な思考ツールを100厳選しました。僕の失敗談や挫折も赤裸々に盛り込みましたが、壁にぶち当たったときにどう乗り越えるかの方法論は、業種・業界を問わずきっと大きな助けになると思います。
多種多様なクライアントと仕事をするなかで磨き抜かれた思考ツールなので、汎用性が高くて本質的なものばかり。みなさんのお役に立てると嬉しく思います。
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【EVENT】
『すごい思考ツール』刊行記念イベント
「仕事のアイデアのつくり方」小西利行✕けんすう
8月2日(金)19時~20時30分 六本木 蔦屋書店にて
https://store.tsite.jp/roppongi/event/shop/41489-2119060709.html
小西利行(こにし・としゆき)
POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター。博報堂を経て、2006年POOL inc.設立。言葉とデザインでビジョンを生み、斬新なストーリーで世の中にムーブメントをつくり出している。主な仕事に、「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「モノより思い出。」などの1000を超えるCM・広告作品、「伊右衛門」「こくまろカレー」などの商品開発、ハウス「母の日にカレーをつくろう」、スターバックス「47 JIMOTOフラペチーノ」など多数のプロモーション企画も担当。「Visional」のブランド開発、三菱鉛筆のリブランディングも成功させた。
また2017年に施行された「プレミアムフライデー」の発案・企画・運営にも参画。都市やホテル開発では、越谷「AEON LakeTown」、京都「GOOD NATURE HOTEL」、立川「GREEN SPRINGS」などをトータルプロデュース。話題のハンバーグ店「挽肉と米」オーナー兼クリエイティブ・ディレクターでもある。著書に『伝わっているか?』『すごいメモ。』『プレゼン思考』『売れ型』などがある。
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