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「“考える範囲”をできるだけ狭くする」国民的CMの仕掛け人と気鋭のZ世代経営者が明かす〈最高の閃きを生む〉発想法

「“考える範囲”をできるだけ狭くする」国民的CMの仕掛け人と気鋭のZ世代経営者が明かす〈最高の閃きを生む〉発想法

龍崎 翔子,古川 裕也

龍崎翔子×古川裕也

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 気鋭のZ世代経営者で、初著書『クリエイティブジャンプ』が話題を呼ぶホテルプロデューサー龍崎翔子さんと、九州新幹線全線開業、ポカリスエット「ガチダンス」シリーズなど数々の国民的CMで知られる広告クリエイティブ界のレジェンド、古川裕也さんの初対談が実現。明日からの仕事が変わる発想法の極意とは?

◆◆◆◆◆

龍崎翔子氏(左)と古川裕也氏(右) 撮影・細田忠(文藝春秋)

「必勝法はない。でも多勝法はある」

龍崎 今日は、私が物心ついたときから慣れ親しんでいたCMを数多く手がけてこられた広告クリエイティブ界の大御所、元電通の古川裕也さんをお招きしています。

古川 よろしくお願いします。

龍崎 2人のそもそもの接点から説明させていただくと、私が大学生の時、電通の「アイデアの学校」というインターン生向けの講座に参加していました。そのクリエイティブ講座の座長が古川さんの元部下の方で、いわば間接的に古川さんのエッセンスを早くから学んでいたわけです。

 そして1年ほど前から、私がある先生が主宰する哲学ゼミに参加するようになって、そこで偶然会ったのが古川さんでした。

古川 思わぬところで出会えて良かったです。その会である時、「クリエイティブジャンプってなんですか?」と尋ねられましたよね(笑)。

龍崎 そう、本書の執筆に一番悩んでいた時期に、恥ずかしげもなく直球で尋ねたことがありました。非常に印象的だったのが、「クリエイティブジャンプに必勝法はない。でも多勝法はある」。そして「常識を裏切ることがすごく大事」という答えでした。

 そうした言葉に深くインスピレーションを受けつつ、自分自身がやってきた事業を振り返って生み出したのが『クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術』でした。

古川 お役に立ててよかったです。著書から僕も教えられることが多かったです。1行に集約すると、ホテルに宿泊した方の感想で「世界観がゆっくり身体に染み込んでくるような感覚だった」と書かれていた箇所。これは、クリエイティブ・ワークとブランディングの本質を表現していて、お客さんからこういう言葉が出てくる仕事こそ優れたクリエイティブだと思ったんですね。

龍崎翔子氏

龍崎 すごく嬉しい感想です。別のあるお客さんは「龍崎さんがそこにいないのに、まるでそこにいるかのような手触りを感じられた」と宿泊の感想をいってくださって、感激したことがあります。

リスペクトされるブランドをつくるには?

古川 ブランディングとは、みんなにその世界観に賛同してもらって、それがアタマではなく身体に浸透していくかどうか。僕たちの仕事でいうと、一括りに広告といってますが、アドバタイジングとプロモーションは完全に別の仕事です。

 プロモーションは、今日、明日の売上を立てるためのもので日本の広告の多くがそうですが、アドバタイジングとは本来、ブランドを時間をかけてつくっていくこと。すべてに先立ついちばん重要なことは、商品やサービスの奥にある企業の哲学。自分たちは何者で、世界に対してこういうふうに考え向き合っているという“態度”のようなもの。流行りの「パーパス」が拠って来たるおおもとの哲学、パーパスよりひとつ上位の概念です。ここが世界の中に打ち立てられないと、リスペクトされるブランドはできない。

 そんなふうにみんなの身体や心に「自分たちは誰か」を残していくのがブランディングで、僕たちの仕事の本質です。ただ、同じブランディングといっても、経営と広告とでは同じところと違うところがありますね。

龍崎 どんな点でそう思われたんですか?

古川 「そのブランドが世界に何を約束するか」を考えるということでは同じですが、広告はすでに出来上がったものについて考えていきます。その意味で自分たちが主役ではないんです。あくまで社長の代理ですね。独立してから、プロダクトやサービスそのものの企画に参画することも増えました。その違いはとても楽しい。

古川裕也氏

龍崎 確かにそこは違うポイントで、私たちは出来上がったものをどう発信するかよりも、お客さんが自ら発信したくなるホテルをどうつくるか? つまり発信より手前にあるプロダクトメイキングにより注力しています。つくる段階で、どれだけイースターエッグを仕込めるかを大切にして、新しいものをつくり出そうとしてきました。

“考える範囲”をできるだけ狭くする

古川 経営も広告も、種目は違うけれど、“いかに新しさを生むか”がクリエイティブジャンプなわけですが、これまでにないものをつくろうとするときの鍵は、歴史なんですね。「新しさ」とは、今までと比較・参照して今までの歴史になかったかどうかという相対的概念です。

 龍崎さんなら、ホテルの歴史を裏切るとか、別の異質な角度を入れて新しさをつくるわけですし、僕たちもそのブランドが属するカテゴリーの歴史でまだやられてないことは何かを集中的に考えます。その中でクリエイティブの点数を高くできるのは、すごく狭いゾーンなんです。15センチ四方くらい。なので、考える範囲をできるだけ狭くするのがクリエイティブ・ディレクターの仕事です。何を突破すればフレッシュなクリエイティブになるかを規定する仕事ですね。

 新しさとは、今までの歴史的コンテキストを裏切るということです。ただそれは、タイトルにあるように“3ミリ”でよく、300ミリだと、逆に誰にも伝わらない。オリジナリティを信じすぎるのは未熟かつ危険なことだと思います。

龍崎 本当にそう思います。新しさは3ミリでいい、でもその3ミリこそが大きな違いを生む。歴史へのレファレンス性の話でいうと、「九州新幹線全線開業」のCM、元ネタが1970年代の“I♥NY”のキャンペーンと知ったときはびっくりしたのですが、あれはNYの治安をよくするプロジェクトだったわけですよね?

古川 当時のNYは財政赤字で犯罪がはびこる街。“I♥NY”は、これをなんとかしなければと立ち上がった市長が仕掛けた、市民みんなを巻き込んで素敵な街を取り戻そうとした広告史に残る大キャンペーンです。ただそれが自分のアーカイブから引っ張り出されたのは、「今回は広告ではなく祭りをつくろう」というコア・アイデアをまず考えたからです。要は「祝祭性」ですね。鉄道のキャンペーンによくある叙情的なものではなく叙事的な表現、開業というできごとをそのまま表現したいと考えました。

龍崎翔子氏

龍崎 「祝祭性」を抽出したレファレンスの仕方が面白いですし、「考える範囲を決める」という方法論もすごくユニークです。

 以前古川さんは、将棋の羽生善治さんを例に挙げて、最終局面になぜあれだけ強いのかといえば、全部の手を検討して「これだとあと何手先で詰む」と徹底的な消去法をして、一番リスクが低そうな一手を指している。一般人が見ると不可解な一手に見えるけれど、ものすごくロジカルな消去法をしていて、結果としての一手が「非連続」に見えるのだ、と指摘していました。

 それは、クリエイティブジャンプの本質にも通じる話だと思いました。外から見ると、アウトプットが天才的閃きに見えるけれど、「これは違う、あれも違う」という消去法を徹底してロジカルにやっているからこそ、残った一手が最高に光る。

閃きの秘密は「ニューロンのアーカイブ」

古川 クリエイティブの発想において、「これは絶対にいける」と最初から瞬時に閃くことはないし、そう思ったものは大体錯覚。神様は人間の脳をそう設計したらしい(笑)。

 でも「こっちはダメだ」というのは、100%わかるんですよね。思考の初手からすぐに「やってはいけない」方向性はわかる。だから、その案件の「正解ゾーン」を狭く決めて、その中で次々と仮説を並べて、どんどん消していくのが一番確実な発想法だと思いますね。そのうちに、「どうやらこのへんらしい」というふうにコツンと音がする。

古川裕也氏

龍崎 なるほど!

古川 アイデアはニューロン同士がネットワークを形成して生まれると言われます。ということは、思いつくというより、ふだん無意識ゾーンでひっそり存在しているものが引っ張り出されて、それに気づく、という方が近いと思います。外部入力と内部のニューロンが突如、結合するケースもあります。

 ニュートンの「万有引力の法則」の発見は象徴的な事例で、「なんかモノって必ず落ちるよな」ってぼんやり思っている内部と、“リンゴが落ちる”という外部入力とが結合して、あの偉大な発見が生まれた。

 つまり、自分の中の「無数のニューロンというアーカイブ」をリッチにしておく他ないんですよね。人はアイデアのクリエーションにおいて“準備”しかできない。これは来週のプレゼンの準備とかではなくて、長期的準備、というか生きていくことそのものが準備になるということだと思います。言い換えると自分が手ぶらだとなんにも生まれない。地下3階くらいにある自分の無意識ゾーン次第なんです。意識されてるものだけだとそれほどのことにはあまりならない。

「蒸溜だ!」とクリエイティブジャンプが起きた瞬間

龍崎 今のお話を聞いて、僭越ながら、小さなスケールですが私自身の体験を思い出しました。金沢のホテル「香林居」を開発することになった時、わりと早い段階で、古川さんの言葉でいうところのコア・アイデアは見えていました。このホテルのある香林坊は、還俗したお坊さんが薬種問屋を営んでいた由来のある地で、そこから「処方」をコンセプトにしようと決めていました。でも、何を処方するの? というのがずっと自分の中でわからなかった。本当の薬局みたいに漢方を処方するのがいいのか、あるいはハーブやお茶か……アイデアは一杯あるけれど、どれも決め手に欠けて、ミーティングでも半年以上結論を引き伸ばしていました。

 でもある時、仕事とは関係のない用で、ある知人のオフィスに遊びに行ったら、おもてなしでノンアルコールのクラフトジンを出してくれたんですね。本当に透明な水のような感じで、嗅ぐとめちゃくちゃいい香りがする。

 どういうことだろう?って思って、話を聞いたら「この成分は水と同じですよ。でも、その中に、様々な香り成分が溶け込んでいます」と。草木、ハーブ、果実、お花などの香り成分が溶け込んでいて、すごく良い香りだし、花や草木の調合によっても香りが異なり、シーズンによっても違う一期一会の香りだという。

芳香蒸留水を用いた「香林居」屋上のサウナ

「あっこれだ、蒸溜だ!」と閃きました。そこにある土地の香りを一期一会で調合して、お客さんに処方することが、自分たちのやるべきことだったんだと一気に繋がりました。だって、香る林に坊で「香林坊」ですし、林の香りを提供しよう、と(笑)。それでホテルのエントランスに巨大な蒸溜器を置いたのですが、私の中のニューロンが手を結んでクリエイティブジャンプを起こしてくれた好例です。

無意識の中のニューロンを活性化するには?

古川 半年間うんうん唸って準備していたからこそ、その瞬間に出会えたんでしょうね。アーカイブと言っても、本や音楽や映画などの表現物だけではもちろんなく、きのう友達と話したこととか、おととい行った定食屋さんのたたずまいとか、さきおととい見かけた子犬の走ってる様子とか、去年の旅先で発見した優秀なギャルソンとか。出会ったことすべてがごった煮になっていて何が引っ張り出せるか自分ではわからない。

 変な言い方ですが、無意識を意識しておくというようなことですかね。一番強いのは、無意識から生まれてくる意外なものの結合なので。

龍崎 私が本書で書いた「思考を発酵させる」こととも深く共鳴する知見だと思いました。無意識の中でごった煮になっているニューロンを活性化させるために、古川さんが心がけているインプット方法などありますか?

龍崎翔子氏

古川 変わったインプット法は特になくて、興味があるものを見聞きするのは皆さんと同じ。一つだけ意識しているのは身体性で、人はやっぱり身体で考えているんですね。例えば、今の話がおもしろいとかおもしろくないとかの受容も身体が先行して感じて、事後的に頭が確認している。

 行為もまた然りで、例えば、運転中にブレーキを踏むとして、ブレーキを踏むという意識以前の行為が、ブレーキを踏むぞという意識よりほんの少し先行するんですね。意識は遅れて現れるんです。

龍崎 体に思考がついてくるわけですね。

古川 メルロ=ポンティは「身体こそ意識である」と言っています。人は身体で受け止めて、身体で考えている。だから広告であれ、どんな商品であれ、サービスであれ、受け止めてくださる方の身体に打ち込まないとダメなんですね。頭だけだとそれはただの情報にすぎなくて。身体に届くことで、深いところに記憶が残る。

 だから、なにかアイデアを考えるときも、「今、自分は身体でちゃんと考えられているか」、「今やろうとしていることは届けたい人の身体に届くものか」は意識しています。

生命に対する肯定感と感傷が爆風圧で押し寄せて…

龍崎 すごく勉強になります。私は世代的にも、古川さんが手掛けたポカリスエット「ガチダンス」シリーズ「でも君が見えた」がポカリCM史上最高傑作だと思っていて、もう自分自身の生命に対する肯定感と感傷が、ものすごい爆風圧で押し寄せてくるんですね。まさに身体に打ち込まれる表現でした。

古川 ポカリスエットはブランド広告なので、 ブランドの本質価値とフィロソフィーをCMにする仕事です。それも1ミリも説明的でなく身体的に。 効能を語るのではなく"Life文脈"で語ると10年前から決めています。

  “Life”は巨大な単語で、日本語で言うと人生・生活・生命の3つの意味がある。身体全体を考えてヒトが生きていく力をつくる。要は生命力ですね。世界の中でポカリスエットが受け持つのはそれで、そこからLifeすべてをポジティブな方向に向かわせる。やっていることはずっとそれです。考えるときにすごく身体性を意識するようになったのは、この仕事のおかげです。

龍崎 無意識から引っ張り出した発想で、いかに人の身体に届くものを生むか、発想とクリエイティブジャンプの真髄を今日は学ばせて頂きました。貴重な機会を本当にどうもありがとうございました。

古川 こちらこそありがとうございました。

『クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術』龍崎翔子 著(文藝春秋)

龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)

1996年生まれ。ホテルプロデューサー、株式会社水星代表取締役CEO。東京大学経済学部卒。2015年、在学中に株式会社L&Gグローバルビジネス(現・水星)を設立し、北海道・富良野でペンション運営を開始。その後、関西を中心に、ブティックホテル「HOTEL SHE,」シリーズを展開し、湯河原、層雲峡をはじめ全国各地で宿泊施設の開発・経営を手がける。クリエイティブディレクションから運営まで手掛ける金沢のスモールラグジュアリーホテル『香林居』がGOOD DESIGN賞を受賞。ホテル予約プラットフォーム『CHILLNN』や産後ケアリゾート『HOTEL CAFUNE』など、従来の観光業の枠組みを超え、〈ホテル×クリエイティブ×テック〉の領域を横断し、独自の事業を展開する。

 

古川裕也(ふるかわ・ゆうや)

1956年生まれ。クリエイティブ・ディレクター。株式会社古川裕也事務所代表取締役。1980年に電通に入社し、エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、シニア・プライム・エグゼクティブ・プロフェッショナルを歴任し、2022年に独立。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、カンヌライオンズ47回、D&AD、One Show、アドフェスト・グランプリ、広告電通賞(テレビ、ベストキャンペーン賞)、ACCグランプリ、ギャラクシー賞グランプリ、メディア芸術祭など内外の広告賞を400以上受賞。2020年D&AD -President's Awardをアジア人で初めて受賞。主な仕事に、九州新幹線全線開業「祝!九州」、ポカリスエット「ガチダンス」シリーズ「Neo合唱」「でも君が見えた」、GINZA SIXローンチキャンペーン、宝島社「死ぬときぐらい好きにさせてよ」など。著書に『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』。アドタイコラム「脳のなかの金魚」など。

単行本
クリエイティブジャンプ
世界を3ミリ面白くする仕事術
龍崎翔子

定価:1,760円(税込)発売日:2024年03月13日

電子書籍
クリエイティブジャンプ
世界を3ミリ面白くする仕事術
龍崎翔子

発売日:2024年03月13日

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