- 2024.09.06
- 読書オンライン
アニメ化で話題!「八咫烏シリーズ」を順番に読むべき理由
吉田 大助
阿部智里
『追憶の烏』(阿部智里)
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
〈アニメ絶賛放送中の「八咫烏シリーズ」をリアルタイムで追いかけた方がいい理由〉から続く
累計200万部を突破した大人気和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」。NHK総合で毎週土曜日に放送中のアニメ『烏は主を選ばない』の原作小説として、現在注目を浴びている。アニメの放送と原作小説のヒットを記念して、「八咫烏シリーズ」の第2部第2巻『追憶の烏』(文春文庫)の解説を全文公開する。
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全ては后選びから始まった!
日本の文芸シーンにおいて、今もっとも面白くもっとも続きが気になるシリーズものと言えば、阿部智里の「八咫烏シリーズ」をおいて他にないだろう。松本清張賞を史上最年少の20歳で受賞したデビュー作『烏に単は似合わない』(2012年6月単行本刊)から始まる第1部は、全6巻で完結。その後、『楽園の烏』(2020年9月単行本刊)により第2部が開幕した。このたび文庫化された本書『追憶の烏』(2021年8月単行本刊)は、第2部第2巻に当たる。
もしかしたら、今回初めて「八咫烏シリーズ」を手に取り、本編を読む前に解説をチェックしてみたという方がいるかもしれない。そんな方にはここからでも、単巻でも楽しめるが……今巻に関しては、既刊を順番通りに読んでおけばより楽しめることをお伝えしておきたい。以下の文章では、2024年2月上旬現在、本編9巻+外伝2冊まで刊行済みの本シリーズにおける、今巻の位置付けを記す。そして、既刊を読んでおくことがお勧めである理由を示したい。
既に追いかけているという読者にとっては言わずもがなであるが、本シリーズは人間の代わりに八咫烏の一族が住まう、峻険な山に囲まれた異世界「山内」をおもな舞台に据えた和風ファンタジーだ。大自然への畏怖とその奥にある見えないものを感知しようとする想像力、古今東西あらゆるジャンルのフィクションを摂取することで鍛え上げられたであろう物語作家としての体幹、日本の神話や平安文化などに関する豊かな知識と教養……。作家はそれらを駆使して、現実世界から独立した強固な(ただし、さまざまな点で現実と地続きの)異世界を創造している。
かの地を司る宗家一族のナンバーワンが、金烏だ。第1部第1巻は、次期金烏である奈月彦(若宮、日嗣の御子)の后選びの物語だった。第2巻『烏は主を選ばない』(2013年7月単行本刊)は前巻と同時期の出来事が別視点から語られる政治サスペンスであり、第3巻『黄金(きん)の烏』(2014年7月単行本刊)では八咫烏の天敵である猿が登場し、本格ミステリー的展開が勃発。第4巻『空棺の烏』(2015年7月単行本刊)では少年だらけの寄宿舎モノへと変貌し、第5巻『玉依姫』(2016年7月単行本刊)は山内という異世界そのものの謎を巡る物語へとスケールアップ、最終第6巻『弥栄の烏』(2017年7月単行本刊)は本格的な戦記ものだった。
1巻ごとに、ここまでガラッと雰囲気が変わるシリーズも珍しい。なおかつ各巻には必ず、登場人物の化けの皮か、世界の壁紙が剥がれる瞬間が描かれている。そのたびに、それまで読んできた巻で見ていた風景もガラッと変わる。単巻でも楽しめるが、順番に読み継いでいくことで、シリーズものならではの面白さが加わるのだ。つまり、第1部の時点で既に十分面白く、続きが気になるシリーズものであった。
「読み進めていくうちに、見えていた風景が変わる」
しかし、第2部が開幕して以降の本シリーズは、新しいフェーズに突入したように感じられる。
第2部第1巻『楽園の烏』は、第1部最終巻『弥栄の烏』から時間軸が大きくジャンプした、20年後の物語となった。山内という異世界に、秘密の洞穴を通って何も知らない人間が迷い込む。その世界の有り様を、あちこち訪ね歩いて観察する――。「行って帰ってくる物語」という、異世界ファンタジーものの王道と言える構造は、この1冊からシリーズを手に取った人にも読みやすい作りとなっている。と同時に、いわば「シロウト目線」を採用することで、第1部を楽しんできた人にとっては当たり前のこととしてスルーしていたであろう山内ならではの価値観が、いかに異常なものであったかが突き付けられる。「読み進めていくうちに、見えていた風景が変わる」という本シリーズの醍醐味が、これでもかこれでもかと連鎖していくのだ。
続く本書『追憶の烏』は、『弥栄の烏』から『楽園の烏』までの間に流れた時間を補完する物語である。『阿部智里「八咫烏シリーズ」ファンBOOK』(2023年4月刊)に掲載された作家インタビューによれば、この巻の内容から第2部を始める構想もあったという。逆にしたメリットは、無数に挙げることができる。例えば――現在の金烏は誰なのか、第1部で次期金烏から「真の金烏」となっていた奈月彦はどうなったのか? 奈月彦の側仕えであった聡明かつやんちゃな少年・雪哉が、こうなってしまったのはなぜか? 『楽園の烏』では明かされなかった事象への関心や考察が、第2部をより能動的に追いかけたくなる動機付けとなっている。
それらの謎に、本書は答えを出す。過去にこういうことがあったという俯瞰的な叙述ではなく、雪哉を探偵役に据えた現在進行形の出来事として描き、そこに読者を立ち会わせる。
登場人物へのイメージが崩れる様はまさに「ホラー」
本シリーズはどの巻にもミステリーの要素が入り込んでいるが、それはミステリーというジャンルのお約束を踏襲しているからではなく、情報の提示の仕方が卓抜である結果だ。作家の脳内に広がる膨大なデータベースの中から情報を取捨選択したうえで、どの情報を先に出し、それに付随する別の情報をどのタイミングで出すか。情報の順番を変えることで、読み手の内側に思い込みや先入観、盲点を醸成させ、不意打ちの衝撃を最大限まで高めている。特に今巻では、登場人物それぞれに抱いていたイメージや評価が一瞬で崩れる、という場面が幾つもあった。そこで生じている感触は、紛れもなくホラーだ。序盤の温かで柔らかなムードと終盤のコントラストも、格別だった。
今巻でなにより痛感させられたのは、第2部が、第1部の時とは決定的に異なる立ち位置に読者を向かわせている事実だ。もともと山内は、山神の荘園として開かれ、八咫烏はその存在に仕える民である。八咫烏の目線で言えば、山神に仕えることはあくまで手段であり、手段を通じて達成すべき目的は、一族が生き延びることだ。過去にも幾度となく危機があった、その歴史を知るからこそ、第1部の登場人物たちは山内の崩壊を食い止めるために必死で奔走したのだ。その新しい歴史を、第1部の物語を読み継いできた読者は単に知識としてだけでなく、実感として知っている。
俗に、歴史は繰り返すという。過去に起こったことは、同じようにしてその後の時代にも繰り返し起こる。それゆえ、歴史に学べ、と。至極真っ当なロジックであるにもかかわらず、多くの人が学ぶことなどできていない理由は、自分が体験していない、もしくは忘却の彼方にある「一度目」の歴史にリアリティを感じられないからではないか。しかし、登場人物たちに感情移入しながら読み進めていけばこそ、本シリーズ第1部で描かれた山内の物語=歴史は、読者の脳内に「一度目」としてまざまざと刻印される。この「一度目」の記憶の存在が、今まさに新しく紡がれている第2部の物語=歴史に、第1部にはなかった複雑さと深みを与えている。「同じようなことが起こるとわかっていたはずなのに」「以前の経験からきっとそうなると推測しても良かったはずだったのに」という、追憶から来る悔恨と反省が、登場人物を突き抜けて読者の胸に渦を巻く。この読み味は、かつてなかった。そして、一連の出来事に立ち会ってしまった以上は、山内の未来を見届けざるを得なくなった。
シリーズ最新刊となる第2部第4巻『望月の烏』は、2024年2月22日刊行予定とアナウンスされている。また、本シリーズは2024年4月からNHKでのアニメ化も決定している。漫画家の松崎夏未が手掛けるコミカライズ作品も絶賛連載中だ。
解説の冒頭で、ここからでも、単巻でも楽しめると記した。ただし、読み終えれば必ず、他の巻も読みたくなることは間違いない。別の巻、次の巻へと手が止まらなくなるはずだ。どうせ全部読むことになるのであれば……第1部第1巻から行くのはどうでしょう?
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※こちらは2024年2月に刊行された『追憶の烏』(文春文庫)の解説の転載です。2024年8月現在、「八咫烏シリーズ」は12巻(うち2巻は外伝)まで発売中。最新刊は『望月の烏』(単行本)。
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