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来たるべき資本主義の驚愕の未来

来たるべき資本主義の驚愕の未来

成田 悠輔

『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』(文春新書)より #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 株価も仮想通貨も過去最高値を更新、生成AIの猛威が眼前に立ち現れ、かつてなく資本主義が加速する時代。お金や市場経済はどこへ向かうのか? 人の体も心も商品化される資本主義の行きつく果てに到来する「お金の消えた経済」。その驚きの未来像を描き出す経済学者・成田悠輔さんの『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』から、一部抜粋してお届けします。

『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』

◆◆◆◆

泥だんごの思い出

 こんな記憶がある。小学校一年か二年くらいの頃、泥だんご作りに心血を注いでいた時期がある。できるだけ丸く、硬く、滑らかに表面を磨き上げ、最後に細やかな砂粒をまぶす。妥協せずに突き詰めれば、金属と見(まご)う球体が仕上がってくる。この芸にはまことに限度がなく、泥だんご一つ作るのに何時間でも溶かすようになっていく。学校の裏庭や通学路をちょっと外れた裏道で作業して、日が暮れて品質を精査できなくなると家路に着く。

 そうこうするうち、泥だんご手芸がまわりでも流行りはじめた。すると泥だんごが何かの価値らしきものを帯びていく。私は泥だんごの先駆者だったから、色とりどりの泥だんごを両手で数え切れないほど持っていた。真っ黒のだんご、きなこ色のだんご、小さな花壇で見つけた細かな白色石を埋め込んでどこまでも白に近づけただんご、マダラ模様のだんご。一つとして同じものはない。机の中には泥だんごの標本箱があった。

泥だんご
Taylor's_Dorodango.jpg: Kelly Taylorderivative work: Hohum, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

 泥だんご商人の一日は長い。傷モノのだんごの盛り合わせと見事なきなこだんごを交換する。デコボコや欠点のある泥だんごこそ好きだという物好きな同級生もいた。掃除当番を不出来な泥だんごと引き換えに請け負う。近所の売店で公式発売日の前日の夕方五時に週刊少年ジャンプを買うため、人相がひどく悪い女店主に白色のだんごをつけとどける。週刊少年ジャンプは透けない焦茶色のわらばん紙袋に入れて渡され、家に帰るまでは絶対に出すなと念を押された。泥だんごを量産するための部隊も編成した。その名もギューニュー特戦隊。空の牛乳パックにだんごを入れて運搬したことにちなんだ命名だ。小学生くらいのギャグセンスの寒さは独特である。

 こうなってくると、泥だんごは生活アイデンティティの核になる。泥だんごコレクションの箱を家と学校の間で持ち歩くときは、周囲をキョロキョロ見ながら細心の注意を払った。つまずいて高価な泥だんごをコンクリートの道に叩きつけでもしたら一大事だ。黒い車が横を通ると、なぜかかつてなく警戒した。

泥団子熱の崩壊

 だが、終わりは唐突に訪れる。泥だんご熱病が蔓延しはじめてから一ヶ月もした頃だったろうか、休み時間に教室の誰かがひょんな遊びをはじめた。二階か三階にある教室の窓から校庭に向かって泥だんごを放り投げたのだ。スーッとほんの一秒か二秒、磨き込まれた表面が空中でキラリと光を放った泥だんごは、そのまま地面で粉砕して小さな円を描く。どんな彩りの泥だんごも砕ければ同じような土色の模様だ。

 この遊びが何かに終わりを告げた。あれほど大切にしていた泥だんごが窓際に雑然と並べられ、放り投げられるのを待つだけになった。熱病を吹きこぼしていた泥だんごはただの冷えた泥に帰した。僕の宝石箱も泥で汚れたゴミ箱に姿を変えた。

もっと大規模で省エネで無人の泥団子経済を夢見る

 冷たく(つい)えた思い出は、しかし、未来への着火剤である。「お金には色がない」とよくいう。お金は義理と人情に無頓着で、過去のいきさつに囚われない。慈善事業で手に入れた一万円札も詐欺恐喝で手に入れた一万円札も同価値である。それに逆らって、お金を泥だんごのように個性豊かに彩ることはできないだろうか。無味乾燥に数字を突きつけているお金ではなく、ひとつひとつ別の色や熱がこもった泥だんごみたいなお金で動く経済だ。

 ただ、思い出の泥団子プチ経済をそのまま動かすのは大変すぎる。泥団子の製造も大変だし、大雨でも降って泥団子がベチャベチャになっちゃったら台無しだ。どの泥団子をどの泥団子と交換すべきかも難しい。いちいち悩みぬいて決めなくちゃならない。泥団子名人や泥団子製造網をたまたま作れたビジネスマンが現れると無双してしまいそうなのもまずい。一人勝ちを許してはいけない。勝負が際どく勝者と敗者が入れ替わったり、負けだと思ったら実は価値への布石だったりする起伏がないと経済は人の心を掴み続けられない。そして何より、泥団子で経済が成立するのは教室か家族かご近所さんくらいである。

©SAKIKO NOMURA

 泥団子クラス経済の精神はそのままに、もっと大規模で省エネで無人で小回りが利く泥団子経済はできないだろうか。そんな夢を見てみたい。ただ夢を見る前に、まずは今ここの現実に立ち返る必要がある。

ハイブランド、暗号通貨……資本主義の価値の根拠はグラグラでスカスカだ!〉へ続く

文春新書
22世紀の資本主義
やがてお金は絶滅する
成田悠輔

定価:1,100円(税込)発売日:2025年02月20日

電子書籍
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やがてお金は絶滅する
成田悠輔

発売日:2025年02月20日

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