本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
コスパ、タイパ時代の読書論

コスパ、タイパ時代の読書論

千葉 雅也,三宅 香帆

千葉雅也×三宅香帆『文藝春秋オピニオン 2025年の日本の論点100』より #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

「紀伊國屋じんぶん大賞2025」で2位に輝いた『センスの哲学』の著者であり、哲学者・作家の千葉雅也さん。同賞3位、そして見事「新書大賞2025」を受賞した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の著者である文芸評論家の三宅香帆さん。話題のお二人が2025年の展望を語り合った初の対談を『文藝春秋オピニオン 2025年の日本の論点100』より転載してお届けします。

◆◆◆

いまの読者はサスペンス構造がわからない?

千葉 2024年は三宅さんの『なぜ働いていると本が読めないのか』が売れましたね。『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』という同人誌がありますが、まさに急な「売れ」を経験された。タイトルが刺さりましたよね。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)©集英社

三宅 ありがとうございます、「急売れ」の同人誌の作者である朱野帰子さんは私の友人です(笑)。千葉さんに『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を知っていただいていたなんて、嬉しいです。

千葉 実際に僕も読んでみて、これはかなり本格的な歴史の本だなと思いました。「読書と労働の歴史」を明治から令和の現在までずっと追いかけている。字も小さくて、よくこれだけ売れましたよね(笑)。

三宅 もともとは働きながら本を読むのが難しいという私の実感から始まった本でしたが、ちょうど書き始める直前によしながふみさんの『大奥』が完結して、歴史ものが好きな私は自分も時代史を書いてみたいと思ったんですね。でも驚いたのは、「読み進めても問いの答えがなかなか出てこない」という声が想像以上に多かったことでした。

千葉 サスペンス構造がわからないということですか。

三宅 そうなんです。私としては展開についてきてもらえるか不安なので、ミステリーのように問いを引っ張って引っ張って、答えは最後の最後に明かす形で書いたんですが、どうもいまは犯人を最初に明かすスタイルの方が多いらしい、読者からもそれを期待されていようだと気づかされました。

千葉 それからすると、僕が同時期に出した『センスの哲学』は芸術入門の本ですが、その間をとっていますね。「センスとは何か」という答えをある程度宙づりにするけど、でもある程度は答えを最初に言っておく。それが今っぽいなと意識的にそうしたんです。

『センスの哲学』(文藝春秋) 

人文書の枠組みが変わった

三宅 千葉さんの本をずっと読んできた私としては、そのあたりの意図を聞けて今、感動しました。私が千葉さんの本をはじめて読んだのが大学生の頃でしたが、当時、大学の生協にドドンと平積みされていたのを覚えています。新卒で就職したリクルートの新人研修では、隣の席の男の子と千葉さんの著作の話で盛り上がりました。私の世代にとっては大スターです。

三宅香帆さん

千葉 大学生の三宅さんに届いていたとは嬉しいですね。

三宅 それ以前は東浩紀さん、宇野常寛さん、古市憲寿さんのような社会批評とサブカル批評が一体になった一般向け人文書の流行があって、私自身そこから影響を受けました。でもしばらくして哲学を専門とされる千葉さん、國分さんの著作が出てきたときに衝撃を受けたんです。何か文体に美学的なものが入り込んでいて、一般の人も読める人文書の枠組みそのものが変わったなと。

千葉 僕とか國分さんあたりの世代から、専門家が専門家向けに書くものと一般書との境界を今までと違うものにしていこうと考えるようになったんだと思います。東浩紀さんの薫陶を受けて、というのもある。ただの一般書ではない、専門家にもある種の専門書としても読んでもらえるもの。國分さんだったら『暇と退屈の倫理学』、僕なら『勉強の哲学』のような新しい啓蒙書を書き始めるようになった。

「創る人」と「鑑賞する人」の垣根

三宅 私は『メイキング・オブ・勉強の哲学』に大きな影響を受けています。執筆のための方法論が書かれているのが嬉しくて。実際にそこからworkflowyを使い始め、目次の作り方も学びました。最近の私の本の書き方のベースになっています。今回の『センスの哲学』でも、文章を書くことや何かを作ることは実は環境やツールから始まっている、と書かれていますよね。

千葉 方法論を語るのも僕らの世代で始めたことですよね。上の世代は書くことを方法化したらダメだとか、文章は流れの中で自然に変化していくものだ、なんてことを言う。でも、実はいろんな方法論を持っているわけです。それを語らないのはマッチョな、完全に自立した主体を設定したいからでしょうね。それに対してツールを語るのは依存を是とするということ。ツールに頼るのは他律的、言ってみれば他者への依存ですから。その意味で、ツール語りも主体性を柔らかく脱構築していくことと結びついていると思います。

千葉雅也さん

三宅 本を書く行為も一人で自律的にやっているように見えて、おのずと他者を取り入れていたりしますものね。それこそ『センスの哲学』で、センスというものは捉えどころがないように見えて実は「こういう構造で成り立っている」と説明してくれています。あるいはそれを生活に落とし込むと一人の部屋だったり、餃子の話になるといった話を展開してもらえると、読んだ人が新たに何かを生み出す行為にもつながる気がします。

研究者、芸術家の仕事は生成装置を作ること

千葉 僕は研究者、あるいは芸術家の仕事というのは、生成AIではないけれど、それを見た人が何かそこから生成するための生成装置を作ることだと思っているんです。だから僕の本を読んで何かを作りたくなってほしい。実は『勉強の哲学』も『センスの哲学』も従兄弟や妹など自分の身近な人たちに実践してきたプライベートな教育活動を本格的に膨らませたものなんですね。「作れる人」と「作れない人」とに分けたくないし、「一緒に作ろうよ」と誘いかけていきたいんです。

三宅 それは言ってみれば「才能の脱構築」ですよね。クリエイティビティは何か特別な人のものであるように言われることも多いけれど、そうではなくて生活の一部だという話を千葉さんはよくされています。

千葉 ただ難しいのは、創造する人と鑑賞者の間の垣根を壊したくないという思いが多くの人のなかにあることですよね。クリエイターの立場で「創造」を特別なものにしておきたい気持ちもあると同時に、純粋な鑑賞者の立場でクリエイターは超越的であってほしいという願望もあるわけです。それが「推し」の論理とも結びついている気がします。

日常にハレを作る装置としての「推し」

千葉 僕は何か圧倒的な人のファンになるという経験が全然ないんですが、三宅さんは推しの話をよくされますよね。「推し活」隆盛の時代に、「推し」をどう捉えていますか?

三宅 実はみんな、推しを超越的な存在として崇拝しているかというとまったくそうではなくて、ある種の非日常として見ているところがあるのかもしれません。例えば私は宝塚が好きなんですけれど、劇場という空間に行っている間は、日常から切り離された体験ができるのが喜びなんですね。何かいつもと違う空気を浴びに行くことができる。

千葉 なるほど、推しとはつまりハレなわけですね。 

三宅 まさに「推し」はハレとケを作る装置だと思っているんです。今の時代、祭りも遠ざかり、日常にハレがなくなり、平坦になっている。会社で仕事をする平坦な日常は続くけれど、とりあえずこの日に推しのライブがあるからそこまで頑張ろう、という感じで日常にハレをもたらしてくれる装置として推しがある。推しにまつわるイベントをハレとして特別視することによってケを生きるんだと思うんです。平安時代における「方違(かたたが)え」なんかと同じですよね。

千葉 それによって自分の予定が拘束されることが楽しいんですね。

コスパとタイパ重視の時代に異質なものと出会う方法。動画メディア隆盛の今こそ批評は面白い〉へ続く

雑誌・ムック・臨時増刊
文春ムック
文藝春秋オピニオン 2025年の論点100
文藝春秋・編

定価:1,870円(税込)発売日:2024年11月08日

単行本
センスの哲学
千葉雅也

定価:1,760円(税込)発売日:2024年04月05日

電子書籍
センスの哲学
千葉雅也

発売日:2024年04月05日

プレゼント
  • 『英雄の悲鳴』堂場瞬一・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2025/03/05~2025/03/12
    賞品 『英雄の悲鳴』堂場瞬一・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

提携メディア

ページの先頭へ戻る