
〈「うちはカネがないから、巨人さんなんかとは勝負になりまへんわ」負け犬根性が染みついた阪神に抗うサラリーマンがいた〉から続く
『サラリーマン球団社長』はナベツネ支配や球団危機に抗った熱い実話だが、一方では、ジリ貧の名門球団を再生させた子会社経営者と野球人の友情の物語でもある。(文中敬称略)
ワンマンオーナーが君臨し、欠陥を抱えるフロントや頑迷なスカウトたちが構える阪神タイガースにあって、「外様の大物」である星野仙一の監督就任は球団再建の切り札であった。(前中後編の後編/前編から読む)

優勝の必須条件
オーナー、すべてあなたの責任ですよ
星野仙一はドラゴンズ監督を辞めた後、タイガースオーナーの久万から面談を申し込まれる。久万は「阪神が低迷している原因は何か、あなたの意見を聞きたい。話を聞かせてくれんか」というのだ。阪神監督に招請しようと布石を打ったのである。星野は、その席ではっきり言った。
「オーナーになられてずっと低迷し続けていますね。それは、オーナー、失礼ですが、すべてあなたの責任ですよ」
すると、久万は黙りこくって動かなくなった
俺は本気になって獲りに行くぞ
星野監督は優勝の必須条件は、広島カープの金本知憲をFAで獲得することにある、と考えた。星野は野崎の後押しを受けて、カープ監督の山本浩二にひそかに会った。2人は東京六大学時代からライバルとして戦い、プロ入り後は互いの家で食事をしたり、監督となった後も胸倉をつかんで乱闘したりした間柄である。
「お前のところは金本のFAを認めるんか。本気で引き留めるんか。よそへ出さへんのやったら、ちょっかいは出さん。ただし、そうでないんやったら、俺は本気になって獲りに行くぞ」
3人追いかけて、1人獲れたら上等ですよ
タイガースは金本に加え、中村紀洋とペタジーニも獲得交渉に乗り出していた。
野崎に久万は漏らした。「あれな、全部獲れたらカネはどうするんや」
「困ったことになりましたなあ」と野崎が星野に告げると、「いやあ」という声が返って来た。
「3人追いかけて、1人獲れたら上等ですよ」

あなたはグラウンドで死ぬのが本望かもしれないが
野崎の全面支援で、タイガースに18年ぶりの優勝をもたらした星野は体調がひどく悪かった。主治医を東京ドームや神宮球場にも帯同させていた。
「その先生がね、『あなたはグラウンドで脳出血でも起こして死ぬのが本望かもしれないが、周りが迷惑する』と言うんですよ。私が試合に出て、あるいは死なないでいられるかもしれない。でも先生が言うには、『発作の連続で一年を送るだろう。精神的にも肉体的にもどん底へ行ってしまうよ。それでもいいのなら(来年も)やってもよい。個人的には野球を続けてほしいが、医者としてはいつ倒れるかもしれないので勧められない』とね」
星野はそんな話をして、「ご飯を食べましょうや」と言った。
文字通り命を懸けてグラウンドに立っていたのだ。野崎は驚きと後悔からようやく解放された。

私の代わりに球団社長になってくれませんか
タイガースは星野を失ったらあかん。引き留めようと思ったとたんに、思い付きが野崎の口をついた。「例えば、岡田君(彰布一軍コーチ)を監督にして、星野さんを総監督にするいうことはできないですか」
「それはやっちゃいかんな。チームが二重構造になりますからね」
野崎は、以前からぼんやりと思っていたことを話した。
「では星野さん、私の代わりに球団社長になってくれませんか。私が副社長でもなんでもして支えますから、フロントで働いて下さい」
引き留めたいという願いがあり、5つ年下の星野が今、社長としてふさわしい器なのかもしれない、という思いがあった。
監督から球団の経営者に就いた人は何人かいる。
西鉄ライオンズの荒くれを擁し、「三原マジック」を演じた三原修、「球界の寝業師」と呼ばれた根本陸夫……。他にも球団経営にかかわった野球人はいる。だが、現役の球団社長から、私が副社長をやって支えるから、私の代わりに社長になってください、と懇願されるほど敬愛された人がいただろうか。巨人球団代表だった私は二人の交友と信頼関係を羨ましく思った。
野崎は、星野のような人にコミッショナーを務めてほしかった、とも言う。
星野はこの後、球団オーナー付シニアディレクター(SD)に就いて、プロ野球の2リーグ制維持に奔走する野崎を援護射撃する。「野球界の縮小につながる1リーグ制には賛成できない」と、久万オーナーに進言し、メディアにも論陣を張った。そうして、野崎を応援し、渡邉恒雄が牽引する1リーグ論に立ち向かうのだが、もし阪神にもう少し勇気があって、星野・野崎の経営コンビが誕生していたら、球界は大いに盛り上がっていただろう。野球とはビジネスでありながら、晴れ晴れと夢を与えるものであるはずだ。
もう一人の主人公であるカープの鈴木清明は、球団史上初のリーグ3連覇を達成した監督・緒方孝市と深く結ばれていた。そうした意味で本書は、サラリーマン経営者と野球人、まったく異質な人々のひとときの友情の物語でもある。
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