
- 2025.03.19
- 読書オンライン
「うちはカネがないから、巨人さんなんかとは勝負になりまへんわ」負け犬根性が染みついた阪神に抗うサラリーマンがいた
清武 英利
『サラリーマン球団社長』(清武 英利)
〈「巨人がスマートな紳士なら、タイガースは熱狂するおっさんや」異次元の出向でダメ虎経営に挑んだサラリーマンがいた〉から続く
『サラリーマン球団社長』はナベツネ支配や球団危機に抗った熱い実話だが、一方では、ジリ貧の名門球団を再生させた子会社経営者と野球人の友情の物語でもある。(文中敬称略)
阪神電鉄の旅行マンだった野崎勝義が申し渡された出向人事の先には、ワンマンオーナーが君臨し、欠陥を抱えるフロントや頑迷なスカウトたちが待ち構えていた。(前中後編の中編/前編から読む)

あきらめたらあかん
それも負け犬根性や
タイガースは他球団とたびたび新人選手や外国人選手の獲得を争っては、負けてきた。スカウトが「うちはカネがないから、巨人さんなんかとは勝負になりまへんわ」と言い訳することも多かった。ここでも負け犬根性が顔をのぞかせている、と野崎は思った。星野仙一を2002年シーズンに監督に迎えるまで大きな補強ができなかったのも、こうした事情のためである。
言い続けなあかん。あきらめたらあかん
タイガースのチケット販売に、新システムを導入しようとして、野崎は障壁に阻まれる。
許せんのは、阪神巨人戦のようなプラチナチケットを自分が差配することで、ごっつい恩を売っている者がいることや。 だから、野崎は「ええと思うたらトコトン言わんとモノにはできへんよ」と部下を励ました。電鉄本社にも「内務官僚」と揶揄される役人型の幹部がいる。前例を踏襲し、上層部のご機嫌を伺うヒラメ型の人々だ。野崎はこうも言った。
「しぶとく言い続けな実現はせんよ。言い続けなあかん。あきらめたらあかん」。会社ではいつも強い人間ではいられない。あきらめたらあかん、という言葉は自分に言い聞かせる言葉でもあったのだろう。
どん尻からの「常勝球団への改造」
「野球は気合でっせ」
負け続けた阪神は吉田義男を新監督に担ぎ出す。「牛若丸」と呼ばれた阪神生え抜きの名ショートで、3度目の監督就任である。最初は42歳で、2度目は52歳、そして今度は64歳で指揮を執ったが、野球のフランス代表監督を務めて「ムッシュ」と呼ばれ、すっかり丸くなっていた。
「野球は気合でっせ」と口と威勢は良かったのだが、選手が非力であっさりとこけた。1997年が5位、98年はまたもや最下位である。

スカウトこそが肝心かなめだ
続いて指揮を執った野村克也は「選手は素材が大事だ。四番打者とエースは育てられないですよ」と久万に告げた。スカウトこそが肝心かなめだ、と繰り返し、さらに「補強にカネをつぎ込んでくれ。カネを出さなければ勝てない」と強調している。つまり、タイガースには巨人に対抗できるような良い人材がいないし、スカウトたちも集めてこなかったというわけだ。ちなみに、久万はカネのかからぬ自前育成論者であった。
ただで済むと思わんこっちゃで
どん底のタイガースを前に、専務に就いた野崎は、野村監督とも対立した編成幹部を更迭、スカウト3人を解雇して計22人を動かす球団組織改革を断行する。アマチュア選手の視察で見落としが多く、タイガースのスカウト陣は、全球団が指名した87人のドラフト対象選手のうち、半数以下しか球団に視察レポートを上げていないことも判明した。
すると、野崎の自宅には脅しまがいの電話が入った。「俺の連れの首を切ったのはあんたらしいな。ただで済むと思わんこっちゃで」。しかし、野崎はいまから改革は始まるんや、と思っていた。
チームが負け続けているということはフロントが笑われている
2001年、図らずもタイガース新社長に指名された野崎は、就任翌日、球団職員に、〈長い低迷は口惜しいではないですか?〉と呼びかける球団改造宣言をメールで送った。
〈強いフロントが強いチームを作るのです。チームが負け続けているということはフロントが笑われているということです。どうすれば良いフロントになれるか、それぞれが一生懸命働き考えてください〉
それからも野崎は職員に球団改革メールを送り続け、返信を求めた。直接的な言葉は、強く人を刺激し、組織を動かす力となる。どん尻なのに「常勝球団への改造」まで訴えた。
守旧派は言った。「こんなものが必要なのか」
日本の球団で、どこよりも早くBOS(ベースボール・オペレーション・システム)という先進のシステムを導入しようとしたのは、泥臭いイメージのタイガースであり、野崎だった。メジャー球団では常識だったこのシステムを、彼は吉村浩というデトロイト・タイガースGM補佐(現・日本ハムファイターズ常務取締役チーム統轄本部長)を採用することで導入しようとした。これは球団のすべての情報や資料を一元管理し、さらにアマチュアを含めたすべての選手情報をオンラインで入力、閲覧できる独自のスカウティングシステムも備えていた。
活用できれば日本球界にスカウト革命を起こす可能性もあったが、球団守旧派の抵抗にあった。結局、システムを構築して職員にはパソコンを支給しながら、現場では活用できなかった。「面倒だ」「こんなものが必要なのか」と評されたのだ。そして、BOSの頭脳であった吉村がファイターズにヘッドハントされると、日本初のシステムは北海道で花開くことになってしまった。
(後編へ続く)
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