
- 2025.03.04
- 読書オンライン
メーカーの経理から広島カープの球団幹部へ…異次元の転職をしたサラリーマンの言葉『サラリーマン球団社長』(清武英利)
清武 英利
『サラリーマン球団社長』(清武 英利)
『サラかん』という高井研一郎の連載漫画が、週刊現代誌上で評判を呼んだ時代がある。「カメちゃん」と呼ばれる野球ド素人のサラリーマンが、社長である安部恒夫(通称アベツネ)の鶴の一声で、傘下にあった弱小プロ野球チームの新監督に就任し、リーグ優勝を目指す。人情ギャグコメディである。
「サラリーマン監督のカメちゃんが『サラ監』なら、俺は『サラ代』だな」
2004年夏、ナベツネの異名を取る渡邉恒雄から巨人軍球団代表を命じられた私は、そうつぶやいていた。同じころ、広島カープの鈴木清明(現・球団本部長)や阪神タイガース社長の野崎勝義もサラリーマンからプロ野球の世界に飛び込み、ワンマンオーナーや古参幹部相手にもがいていた。

私の書いた『サラリーマン球団社長』は、この2人が球団を変えていく実話だが、同時にサラリーマンをめぐる波乱の転職顛末記でもある。彼らは球界で不思議な光景を見、実力社会で生き抜く言葉に出会い、自身も言葉の力に目覚めていく。
彼らが出会った言葉や苦闘の途上で思わず漏らした言葉を紹介しながら、転職が自身と組織に何をもたらしたか、改めて考えてみたい。まずは、カープ編から。(文中敬称略)(前後編の前編/後編を読む)

人生を賭けた転職
「人生の半分だけ、預けますわ」
鈴木は慶応大学から広島の東洋工業(現・マツダ)に就職し、経理部に勤めていた。そこへオーナー一族の松田元が転じてくる。父親である松田耕平はロータリーエンジンを開発して業界を驚かせた人物だ。しかし、石油ショックもあり、経営不振に陥って広島カープに追いやられ、元も父の後を追った。
元はしゃべるのが苦手で大変な照れ屋だ。その口下手な男が、弟のように付き合っていた鈴木を執拗に勧誘した。「助けてくれ」「困っているんじゃ。新しいこともやりたいんじゃが」
根負けした鈴木は東洋工業の幹部候補生だったのに、会社に辞表を出し、元にこう言った。「人生の半分だけ、預けますわ」
相手に人生の全てを預けると、不満や疑問があっても、反論することができなくなる。だから、半分だけ人生を預けて、「辞めろ」と言われたらいつでも辞めてやるーーそんな気持ちだった。
〈わらわれて わらわれて
えらくなるのだよ
しかられて しかられて
かしこくなるのだよ
たたかれて たたかれて
つよくなるのだよ
よのなかのえらいといわれたひとが
みんないちどはとうたみちなんだよ〉
それは松田耕平がカープの礎の一つとして大事にしている言葉だという。鈴木がカープ球団に入ったころ、元がそれをメモに記して渡してくれた。作者は不明だが、いい言葉だ、と鈴木は思っていた。
わらわれて、しかられて、たたかれて、強くなるしかないのだ。耕平にとっては東洋工業を追われ、悔しさを秘めて転じた球団経営であっただろうし、鈴木にとっては、もはや帰るところのないサラリーマンの一本道だった。
超二流で生きろ
冒頭の漫画「サラかん」には、名選手をモチーフにしたユニークな選手たちが次々に登場する。主砲の肝原や、リリーフの江松、サード茂木、センターのジローたちだ。
一方のカープにもユニークな監督と選手がいた。中でもカープ監督の三村敏之は褒め上手だった。
ドラフト1位入団の野村謙二郎(後に監督)には「今のお前の力なら広島を通過する新幹線だって止められるぞ」と持ち上げた。
「超二流」の生き方を教える人でもあった。1994年オフに移籍してきた木村拓也のバッティング練習をじっと見ていた。ある日、こう言った。
「タクヤ、短く持っていてもお前の力で芯に当てれば、50%はスタンドにいくぞ」
そして笑顔で「大丈夫だ、届くから」と付け加えた。
その後、木村は鈴木の口添えで巨人にトレードでやってきた。そのとき、高校の先輩にあたる私に、「三村さんのあの言葉で、僕は心を決めたのです」と打ち明けた。小兵なりの超二流の生き方をするというのだった。
木村は朴訥とした口調に矜持を隠した男で、「上原浩治が雑草と言うんだったら、俺は岩にへばりついた苔ですかね」と私に話したことがある。巨人のエースだった上原は、無名の高校時代からメジャーへと飛躍し、「雑草魂」を口にしていた。それなら、自分は「苔魂」で頑張るしかないと、上原への羨望を込めて言うのだった
(後半へ続く)
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