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大量の移民と催涙ガスを浴び、氷点下の川を泳ぎ、メキシコを“出禁”になって…「命知らずの危険な旅」に僕たちがどうしようもなく惹かれる理由

大量の移民と催涙ガスを浴び、氷点下の川を泳ぎ、メキシコを“出禁”になって…「命知らずの危険な旅」に僕たちがどうしようもなく惹かれる理由

國友 公司,大前 プジョルジョ健太

國友公司×大前プジョルジョ健太#1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

 スマートフォンひとつで世界の裏側まで見られる時代に、あえて「危険な場所」に出かけていくのはなぜですか?

 筑波大学卒業後、単身西成に潜入した体験を記した『ルポ西成』でデビューし、新刊『ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街』を刊行したルポライターの國友公司さんと、TBSを退職し、現在はフリーの映像ディレクターとしてバラエティ番組『国境デスロード』(ABEMA)などを手がける大前プジョルジョ健太さんに、「危険な旅」に出る理由、そして取材先で経験した驚愕のエピソードを教えていただきました。(全2回目の1回目/2回目に続く)

◆◆◆

大前プジョルジョ健太さん、國友公司さん。

「社会を良くしたい」という気持ちが一切ない

大前 國友さんの新刊『ワイルドサイド漂流記』を読ませていただいたのですが、全部が面白かったです。共感するポイントもたくさんあったんですけど、“溶けたリモコン”の話(12年間ドヤの部屋にこもってテレビゲームをしている男性のエピソード)は読んでいて寒気がしましたね。

國友 ありがとうございます。 

大前 読んでいて「國友さんってすごく正直な方なんだな」と思いました。取材相手に対する印象も正直に書いていますし、行きたくない場所には「行きたくない」と。「こんなこと書いちゃっていいんだ」という、僕だったら書けないようなことが赤裸々に書かれていて、やっぱり誠実な方なんだなと感じました。

『ワイルドサイド漂流記 歌舞伎町・西成・インド・その他の街』

國友 「正直ですね」とは確かによく言われますが、特に意識はしていないですね(笑)。「社会を良くしたい」といった気持ちが一切ないのがにじみ出ているのかもしれません。

大前 そこは非常に共感できますね。僕も、番組で社会を良くしたいという気持ちは一切ないので。

 ところで、國友さんが危険な場所に惹かれるのはどうしてですか?

國友 もともとは猿岩石の『ユーラシア大陸横断ヒッチハイク』(日本テレビ『進め!電波少年』)に憧れていたのがきっかけですが、自分にはそんな危険なことはできないと思っていたんです。でも、学生の時に自転車で茨城から鹿児島まで3週間かけて行ってみたら、何の苦労もなくできてしまって。その時に、「猿岩石がやっていたことも、そんな大したことないんじゃないか?」と。そこから危険な場所に行き始めました。

 危険な取材で体が極限状態になればなるほど、終わって家に帰って布団に入った時、めちゃめちゃ気持ちよくないですか? 大前さんもご自身の番組『国境デスロード』の中で、危険な土地でカップ麺を食べながら「世界で一番うまい!」と言っていましたよね。あれです、あの感覚の中毒になっているのだと思います。

大前 じゃないと、歌舞伎町に住んだりしないですよね(笑)。

興味が湧くのは“合理的ではない人間”

國友 大前さんはなぜ危険地帯に行くんですか? 

大前 僕の場合、本当は行きたくないのですが、「どんな人なのだろう?」と興味が湧いた人が、そういう危険な場所に住んでいるから行っている、という感じです。僕には悪い意味での“好事家”というか、人より野次馬根性が強い側面があるとは思いますが、危険なところに行きたいという気持ちよりも、「こういう人がいるなら行ってみたい」という気持ちの方が強いです。

『国境デスロード』(ABEMA)。

國友 どういう人に興味が湧くんですか?

大前 例えば、国境を渡ろうとしている人。『国境デスロード』でメキシコに行ったのも、「彼らはなぜメキシコからアメリカに渡るのだろう?」という興味があったから、たまたま行っただけなんです。彼らの動機が気になるんですかね。

國友 僕も、いわゆる“合理的”ではない人に非常に惹かれます。法律や経済合理性を一切考えずに、ただ何かをやっている人とかいるじゃないですか。

大前 すごく分かります。突き詰めていけば、何かその人なりの合理性があるのかもしれませんが、合理的な部分と合理的でない部分のグレーゾーンというか、なるべく合理的ではないところに行っている人にものすごく興味があるんです。

國友 たまにぶっ飛んでる人がいますよね。その人にとっては何か理由があるのですが、聞いても全くわからない(笑)。

大前 そうですよね。でもそんなふうに思うのは、國友さんが合理的に生きてるからですか?

國友 僕は非常に合理的ですね。行く場所も意外と慎重に決めていますし、効率を求めて動いてきたほうです。

大前 でも、國友さんの経歴を見るとそうは思えないですよね(笑)。西成に住んで働いてみたり、就職せずに風俗で働いていたり。

大前プジョルジョ健太さん、國友公司さん。

國友 風俗で働いたのも、短期間で一気に稼ごうと思ったからなんです。他の仕事と時給を比較して、合理的だと思ったからやっていました。西成の飯場で働いたのも、いちいちメールで取材交渉するのが面倒くさいから、実際に自分で働いてしまった方が早いな、と。

大前 僕からすると、國友さんは合理的なようでいて、そうではない部分もある。例えば西成では取材期間を1週間と決めていたのに、なぜかずっと銭湯に行っていたじゃないですか(笑)。

國友 そうでした(笑)。逆に、大前さんは合理的な人ですか?

大前 私は「ファッション・非合理的」です(笑)。合理的ではない生き方に憧れすぎていて、ファッションでそういう生き方をしていますが、本当は合理的な人間だと思います。

絶対に死なないと思ってます!

國友 『国境デスロード』は、もちろん後で編集が加えられている部分もあるとは思いますが、実際は結構行き当たりばったりで作られていますか?

大前 行き当たりばったりですね。エクアドルで違法鉱山エリアを走るブレーキのついていないトロッコに乗ったんですけど、そこに行くまでトロッコがあるなんて知らなかったんです。本来行く予定だった場所に行けなくなって、「この辺に何かあるらしいよ」という情報を得て急遽向かいました。

國友 僕だったら絶対にトロッコには乗らないです(笑)。映像で観ていると、「こんなものによく乗るな。こいつヤバいな」と思うんですけど、実際にそういう現場にいると、「案外大丈夫かも」という感覚になってくるものですよね。危険なものの周辺には何でもない風景が広がっているから、どんどん奥に進んでいってしまう。そんな感じはありますか?

大前 あります。絶対に死なないと思ってます!

國友 (笑)。それでも危険を感じたタイミングはありましたか?

大前 映像で残っているものだと、メキシコで経験した「国際移民day」ですね。「この日だけアメリカに合法的に入国できるらしい」という噂を信じた大量の移民と一緒に国境に詰めかけて、催涙ガスを撃たれたり、氷点下の川を泳いだり、取材を強行しようとしてマフィアに目をつけられたり……「お前らは少なくとも1年は戻って来るな」と言われてメキシコを“出禁”になったんです。あの時は、命と取材の両方を取ることはできないのだと身に染みて感じましたね。僕自身は、それでも命の危険は感じていなかったんですけど。

大前プジョルジョ健太さん。

國友 なんで感じないんですか(笑)。では、「ここからは危険すぎるからNG」という線引きは特にないんですね。でも確かに、危険な現場でもライフルを持っているマフィアが鼻をほじっていたりするわけですよね。そういうのを見ると、確かに「大丈夫だろう」と思ってしまうのは分かります。

大前 そうなんです。あと、僕は生粋の“性善説”で生きているのかも。

國友 いろいろ失敗もしているけど、成功体験も重ねているから、「最終的にはどうにかなるだろう」という感覚があるのかもしれません。

「これから拉致るから一緒に行かないか」と誘われて

大前 國友さんが絶対にやらないと決めている「線引き」といえば、この本にも書いてありますが、覚醒剤ですよね。

國友 僕が見てきた限りでは、覚醒剤をやっている人があまりにも悲惨な人生を歩みすぎているんですよね。ただ、好奇心は強いので、正直「やったらどうなるのだろう」とは非常に考えるんですよ。でも、やったらアウトなのは分かっていますので、自制のために「やらない」とあえて公に言っている部分もあります。

國友公司さん、大前プジョルジョ健太さん。

大前 覚醒剤以外で「これはやらない」と決めていることはありますか?

國友 僕の場合、危険地帯からの撤退ラインというよりは、犯罪者を取材する時の踏み込んではいけないラインは決めています。取材はいくらしてもいいと思っているんですよ。でも、そいつと一緒にビジネスを始めたり、誰かを貶めて金を儲けたりは絶対にしないということは守ろうと思っています。

 以前、拉致監禁を生業にしている人を取材している時に、「これから拉致るから一緒に行かないか」と誘われましたが、それは断りました。犯罪をしている人を見たいのであって、自分が犯罪をしたいという気持ちはないんです。現行犯逮捕されたら終わりですから。

大前 どこまで取材者として深く入り込んでいくか、密着していくかは難しいですよね。

大前プジョルジョ健太さん、國友公司さん。

國友 できるところまでは一緒についていきたいですね。大前さんのようにチームでやっているとある程度制御されるのかもしれませんが、僕は基本一人なので、その判断が難しいですが。

スタッフと殴り合いの末に大号泣

大前 國友さんの本を読んで、僕と似ているなと思ったのは、シンプルに「嫌なことは嫌だ」と言うし、「汚いものは汚い」「臭いものは臭い」とちゃんと書いているところ。映像の場合は伝わりきらない部分もあって、カットしているところも多いですが、僕も現場では「美味しいものは美味しい」「まずいものはまずい」と伝えています。これは非常に大事なんじゃないかと。

 あとは、自分の話をよくするようにしています。自分のことを話さないと、相手も話してくれない。普段の人間関係と同じですね。

國友公司さん、大前プジョルジョ健太さん。

國友 どういう話をするんですか?

大前 彼女の話が多いですね。あとは自分の家族の話など、パーソナルな話をすると、相手も信頼してくれて、仲良くなれると思うんです。

國友 僕は寿町や歌舞伎町の取材をすることも多いのですが、生活保護を受けている人やホームレスの人たちに対して、普通は気を遣ってしまう部分があるじゃないですか。でも、「可哀想な人」「助けなきゃいけない人」みたいに接してしまうと心は通わない気がしますね。寿町に住んでいる友達も何人かいますが、一緒に食事に行った時に「臭い」と思ったら「風呂入れ」とか普通に言いますし、精神疾患のある友達が面倒臭がって薬を飲んでいないのを見たら、「ちゃんと薬持ってこい」と言います。そういうことって非常に大事かもなと思います。

大前 相手はどう受け止めるんですか?

國友 「そうだよな、わかった」って。相手も気を遣ってこないです。

大前 僕も、取材対象者の家に入ったら、とりあえずくつろぎますね。すぐ座るし、すぐ寝転がります(笑)。

大前プジョルジョ健太さん、國友公司さん。

――大前さんは、取材に同行してくれているコーディネーターさんと大喧嘩したことがあったと聞きました。

大前 「一生懸命取材をしても、お前は取材が終わったら日本の安全な家に帰り、安定した収入を得る。短期間だけ現地の人間の真似事をしただけで取材対象者の気持ちを解説するようなことは絶対にするな」「お前は移民たちのことを金のための道具だと思っているのか?」などと言われて、僕も反論して、激しい言い合いになったんです。深夜3時くらいに殴り合いの喧嘩をして、最終的に2人で号泣しました(笑)。

國友 それで仲良くなったんですか?

大前 はい、めちゃくちゃ仲良くなりました。それからは、分からないことは分からないと、現場の取材相手にもちゃんと伝えるようになりましたね。

國友公司(くにとも・こうじ)

1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。水商売のアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年かけて大学を卒業。2018年、西成のドヤ街で生活した日々を綴った『ルポ西成 ―七十八日間ドヤ街生活―』でデビュー。その他の著書に『ルポ歌舞伎町』、『ルポ路上生活』がある。

 

大前プジョルジョ健太(おおまえ・ぷじょるじょけんた)

1995年大阪府生まれ。法政大学社会学部社会学科卒業後、TBSに入社し、『あさチャン!』『ラヴィット!』『サンデー・ジャポン』などを担当。2023年に自身が立案した『不夜城はなぜ回る』が「ギャラクシー賞」を受賞。その後24年にTBSを退社、現在はフリーのディレクターとして活動。『国境デスロード』は第51回放送文化基金賞の「エンターテインメント部門」の奨励賞を受賞。

『国境デスロード』
ABEMAで配信中

 

文=國友公司、大前プジョルジョ健太
撮影=佐藤亘

単行本
ワイルドサイド漂流記
歌舞伎町・西成・インド・その他の街
國友公司

定価:1,760円(税込)発売日:2025年06月25日

電子書籍
ワイルドサイド漂流記
歌舞伎町・西成・インド・その他の街
國友公司

発売日:2025年06月25日

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