恩田陸さんが全国の居酒屋からインスパイアされたホラー短編を13作収録した『酒亭DARKNESS』。好評発売中の本書が生まれた舞台裏を、恩田さんに語っていただきました!

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 直木賞と本屋大賞をダブル受賞した『蜜蜂と遠雷』、稀有な才能を持った一人の男性を中心にバレエの世界を描いた『spring』など話題作を刊行し続ける恩田陸さん。この夏の最新刊は全国の居酒屋からインスパイアされて生まれたホラー短編集だ。

『酒亭DARKNESS』

「執筆中は『孤独のグルメホラー版』と呼んでいました。シリーズ化のきっかけになったのは収録作のひとつ、『曇天の店』です。富山の高岡で訪れた素敵な居酒屋の雰囲気と、前々から気になっていた『フェーン現象』を組み合わせてできた作品なのですが、これを書いたときに『なるほど、こういう風に書けばいいんだ』というのが分かった気がして」

 名古屋、松本、野毛、日光、姫路などさまざまな土地の居酒屋を舞台にした「怖い話」が次々と登場する。

 老舗の居酒屋を継ぐにあたって奇妙な条件を提示される「跡継ぎの条件」、オカルトの素養がまったくない男がはじめて体験した超常現象の謎を解く「夜のお告げ」、ビリケン像とお初天神について思いを巡らせる「アトランダムな神々」など、どれもスッと背筋が寒くなるような話だが、読み味は13作すべて異なる。

「ミステリー寄りにしたり、ファンタジー寄りにしたり、意識的に振り分けた感じはあります。加えて、その地方の『地霊』を大事にして書いているので、舞台にした土地の影響はすごく大きい。その場所だからこそ出てくる話はあると思います」

 取材でもプライベートでも、飲んでいるときの気持ちはあまり変わらないという。

「その場では純粋にお酒と雰囲気を楽しんで、あとから思い出して書いています。特にメモを取ったりもしないのですが、写真を撮ることだけは心がけていて。写真を見ると、そのときに何を考えていたか思い出すんですよね」

おんだりく 1992年『六番目の小夜子』でデビュー。2006年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、17年『蜜蜂と遠雷』で直木賞、本屋大賞をダブル受賞。著書多数。

 ホラー小説集ではあるが居酒屋に入るのが怖くなるような話はないのでご安心を。むしろこの本を読んだあとには、積極的に見知らぬ店に入ってみたくなりそう。恩田さんに旅先の居酒屋を楽しむコツを聞いてみた。

「私はエトランゼ(異邦人)であることを楽しんでいます。ここではこれがスタンダードなのか、というのが面白いですね。日光では『湯葉』のことを『湯波』と書くんだな、とか、姫路の居酒屋でみんな当たり前のように『ひねポン』を注文しているけど、それが何なのかわからないとか。周りの会話がぼんやり聞こえてきたり、ふと昔のことを思い出したりするので、一人で飲むのも嫌いじゃないです。あまり品数が頼めないのが残念ですけどね」