〈サイバー藤田晋社長(52)が明かす“赤字を垂れ流す事業”との向き合い方「接待交際費が槍玉に上げられがちだが…」《BCクラシックの次は天皇杯制覇》〉から続く
赤字が続いているのに事業をやめられない――実は多くの会社が陥りがちな“危険な状態”だ。取引先や社員を巻き込んでいるため、「撤退」を決断するのは想像以上に難しい。失敗を認めれば評価が下がるという恐れもある。しかし先送りすれば損失は膨らむだけだ。経営の最前線に立ってきたサイバーエージェント社長・藤田晋氏は、この難題にどう向き合ってきたのか。
愛馬フォーエバーヤングのBCクラシック勝利に続き、FC町田ゼルビアが天皇杯を制覇。勝負強さが炸裂する藤田氏の新刊『勝負眼 「押し引き」を見極める思考と技術』(文藝春秋)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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「事業の撤退」が難しいワケ
しかし、その「撤退」が非常に難しい。
新たに事業を始めた際には、取引先や金融機関、そのために採用した人など多くの人を巻き込んでしまっているからやめると言い出すのは至難の業だ。中には失敗を認めることは社内の評価を下げることに繋がり、キャリアの終わりを意味するほどの人もいるだろう。時には関係した人の人生まで左右することだってある。
だから、井川さんがカジノでハマったギャンブルのように、倍プッシュ倍プッシュとつぎ込んで、一発当たれば今までの負けが全部チャラにできるという妄想に駆られ、気づいた頃には破産まで行き着いてしまう結末もありえる。
間違えていた、失敗したことが分かった時、負けを認めて損失を確定することはとても価値のあることだ。その判断を先送りしている人は駄目だが、厄介なことに外から見て分かりにくい。でもそれが分かりやすく派手な飲み食いよりも重罪なのは、冷静に考えてみれば明らかだろう。
撤退事業を判断する「KKK会議」
サイバーエージェントは新規事業をバンバン立ち上げてきた会社である。でも私としては、「事業を新しく始めることよりも撤退を決めるほうが大事だ」「撤退基準があるから新規事業が始められる」ということを、口癖のように言ってきたし、社内の制度にも盛り込んできた。
ある一定の基準、「2四半期連続で減収減益」などに引っ掛かると、審議にかけられ、撤退するか改善するかどちらかを判断する。最近ではKKK会議(企業価値改善会議)というのが新たに生まれた。ネーミングの怖さも手伝ってこの制度はとてもうまく行っている。KKK会議送りとなった問題のある事業を、社内の他部署の人たちで数チームに分かれて客観的に分析し、継続するか撤退するかを決めるというものだ。
なぜ社内でこのような制度を作っているかというと、自然体では私であっても撤退の判断が難しいからだ。その事業を始める判断に自分が関与していることもあるし、巻き込んだ張本人だったとしたら、迷惑をかける人の顔が目に浮かんでしまい、続けると損失が拡大するのは分かっていても、まともな判断ができなくなる。そして判断することを先送りしてずるずると傷口を広げてしまう。
だから制度のせいにして「社内規定により……」と言えば強制力を発揮できるし、あらかじめ撤退基準が決まっていれば、それが関係者に周知されて心の準備もでき、諦めがつく。
前回、麻雀は4分の1しか上がれないのだから、欲に負けずにオリることが大事という話を書いたけど、数多いる麻雀プロの中でも現役で最強水準にいる多井隆晴プロは、「撤退戦」の名手だ。
撤退が決まった「事業の責任者」は不思議と…
長年のキャリアの中でたくさんの辛酸を舐めてきた彼は「配牌オリ」さえも駆使する。配牌オリとは、一打目から全く手牌を組み立てず、その一局をオリ切ることだけに集中してゲームを進めることだ。
ここまで来たら名人芸だけど、実際に自分がやれと言われたら簡単ではない。可能性のある手を後ろ向きに進めるなんて、とんでもないストレスだ。対局を見ている視聴者も配牌オリは面白くないと苦情を言ってくる人がいるけど、誰よりやっている本人が苦行だろう。しかし、撤退戦にはそれだけの価値があるのだ。
私も会社を起業したばかりの20代の頃はイケイケどんどんで、前に出ることしか考えていなかった。だけど「撤退戦」の大切さに気づけたからこそ、長く生き残れたのだと思う。「サンクコスト」という回収不可能なコストを表す言葉があるけど、人生においても、それまでに費やした労力やお金がもったいないという理由で判断を間違える人は本当に多い。だから、誰かに背中を押してもらうことも必要なのだろう。
前述のKKK会議で撤退が決まった事業の責任者は、誰かに引導を渡してもらえるのを待っていたかのように、不思議と安堵の表情を浮かべることが多いのである。









