「豊臣ブラザーズ」の人生は学びが多い。二人はそれぞれ関白と大納言となり、天下人とその弟になりました。しかも、底辺にちかい所から、勝ち取っています。
当時は戦国下克上の時代ではありましたが、「永く続く」のが正義の日本です。ここは大切なポイントです。国歌は「千代に八千代に」であり、私もファンの長嶋茂雄さんですが、野球選手の引退時の名演説も「永久に不滅です」という国なのです。日本においては「永続」が絶対の正義という自己分析が必要です。続けるのが正義であれば、世襲と家柄が強烈に重んじられるのは、至極当然です。
だれもが知るように、豊臣ブラザーズは永続して高貴になったファミリーの生まれではありませんでした。であるにもかかわらず、彼らは巧みに天下を獲りました。この国にあって、どのような生き方をすれば、いかなる性格をもってすれば、このような出世の階段を駆け上がることが可能なのか。歴史家としては、この謎を解き明かして、世間の目にさらしたい衝動に駆られます。これが本書を書こうと思った動機です。天下獲りには、偶然や運もありますが、それだけではありません。この兄弟に天下を獲らせたもう一つの要素、「処世術」の部分をも示してみたいのです。
二〇二六年のNHK大河ドラマは「豊臣兄弟!」です。主人公は弟・豊臣秀長のほうです。大河になると、歴史学者によって主人公の伝記がたくさん出版され、主人公となった人物の歴史研究が進む現象がみられます。豊臣秀長は本人が出した書状など一次史料は百三十点余にすぎません。しかし、大河ドラマ化をきっかけに、多数、関連本が出版されています。なかでも柴裕之先生・黒田基樹先生・河内将芳先生・小竹文生先生・播磨良紀先生のこの分野の論文や著作はきわめて専門的で精緻な研究です。多少、難しくてもチャレンジするべき良書と好論文で、読者諸氏にもぜひ一読をおすすめしたいものです。本書を書くうえでも、参考にさせていただきました。
本書は、織田信長から豊臣秀吉の時代の歴史を人物中心で描き、この時代の歴史の要点がわかるように設計されています。新書一冊のボリュームですから、専門的にすぎる歴史用語や細かすぎる史実の説明は省く一方で、例えば、織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれた理由の説明などには、かなりの分量をさきました。変の直前、信長と光秀は四国の対長宗我部政策をめぐってギクシャクしましたが、光秀が反旗をひるがえした動機を、ここに求める「四国説」は専門の歴史学者にとっても難解です。しかし、本書では工夫を重ねて、歴史書史上あまりないほど、平易明快な解説につとめました。本書を読めば、本能寺の変の最新研究の要点はわかるはずです。また、学者が豊臣政権を語るときにつかう「城割」「国分」「清華成」といった専門用語が、その重要性とともに、読者にはっきりわかるようにしました。
この国の歴史の本には特徴があります。とにかく、史実の書き込みが細かいのです。たくさん事実はならんでいますが、とくに歴史学者の本は古文書の引用が多いわりに、評論が少ない本が多いのです。説明せずに、事実や古文書そのものを並べます。そんなふうですから、もっぱら人物評は、司馬遼太郎先生・堺屋太一先生など、小説家の仕事になっている感があります。しかし、小説家の描く人物像は、作品中の人物造形です。必ずしも、史実ではありません。フィクションを含む文学ですから、小説を読んで歴史がわかる、というものではないのです。大河ドラマが放映されるから、豊臣関係の小説を読もうとする方は多いのですが、最新の歴史学の成果を踏まえた歴史学者が書いたわかりやすい一般書が同時に必要です。小説家は歴史家ではありません。歴史家のように史料を膨大に批判的に読んで、論評しているとは限らないのです。
ところが政治史は厄介なのです。政治は人間がやっています。人間は感情で動きます。ですから、歴史とくに政治は、感情でも動きます。というより、感情でこそ動く面が強いのです。当たり前ですが、政治や歴史は、感情をもった個人の健康や生死で左右されるものです。この感情は気まぐれで、人の生き死には運でも決まってしまいます。だから、人物史・政治史はサイエンスとしての歴史学には向かないのです。なぜ、そうなったのかの合理的な説明が難しいからです。しかし、歴史人物の論評を小説家に任せきりにしてしまうのも考えものです。日本の歴史叙述が、歴史学者の細かすぎる史実集と、小説家のフィクションの混じった人物評の二つだけでは、なんとも惜しい、とは思われませんか。真ん中の本が欲しい気がします。
しっかり、古文書なり良質の史料を読み込んできた歴史学者が、人物評価の要点を提示して正面から論じる「史伝」が必要だと思います。本書は、そういう志のもとに書かれた一般向けの書物です。日本の学問としての歴史学は、史実のピックアップにおいては水準が低いものでは、ありません。しかし、大抵の歴史学者は政治や外交、戦場指揮の現場を踏んだわけではなく、政治記者のように政治家と会う機会も少ないものです。ですから、政治の裏読み、感情で動く政局分析などが得意分野ではありません。得意なのは史実の羅列です。しかし、豊臣兄弟などを分析しようとすれば、古文書に書かれている文字だけを鵜呑みにせず、史料の行間まで、しっかり読む必要があります。秀吉や秀長は庶民から出世した手練れの為政者です。どんなしたたかな「政治的行動」をとっていたのかも、裏を読んで、指し示す必要があるのです。秀吉は「涙」さえも政治の武器にしました。抜けた自分の歯さえも家臣に与えて、政治に利用した人物です。家臣・加藤嘉明に与えた歯が豊国神社宝物館に残されています。
こういう豊臣兄弟の人間臭い姿を、リアルな史料の根拠をもとに、逸話を大切にしながら、読み解いていきたいのです。今は激変の世界です。たしかに、この国は「永続が正義」で永く続けようとする心性が底にあって、なかなか変われない面があります。とはいうものの、豊臣兄弟のように、大出世をする人物が出たり、急激な変化をみせたりする時期もあります。変われず衰退する日本の話ばかりでは面白くありません。変わって勃興した激動期日本の人物像を学んでみると、なにかヒントがあるかもしれません。以下、現代を生きる我々が豊臣兄弟の歴史から得られるヒントがあるよう、しっかりポイントを絞って説明していきます。
「はじめに──歴史から得られるヒント」より






