『反知性主義者の肖像』(文春文庫)

 排外主義、隣人への攻撃が蔓延し、ポピュリズムが台頭する日本社会。

 内田樹さんの『反知性主義者の肖像』文庫化特別企画として、東京女子大学学長の森本あんりさんとの対談が実現しました。

 2015年刊行の『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)が10年後の今、20刷とロングセラーになっている森本さん。文庫の巻末に掲載している対談の一部を抜粋してお届けします。

★★★

森本 この本の中の「反知性主義者たちの肖像」という一篇は今読んでも深く刺さるものがありますね。つまり、知性とは何か、ということなんです。ここに書いてあることと、今我々が現実に目にしているものの間には、密接な関係があります。

 先日、保守系の運動家だったチャーリー・カークが暗殺されましたが、チャーリー・カークの話し方というのは、ディベートなんですよ。相手に言葉を定義させて、ストックフレーズで打ち負かし、やり込めることに目的がある。「Prove me wrong(俺の間違いを証明してみろ)」という方式で。そして、それをYouTuberが都合の良いところだけを上手に切り取って見せる。こういうのは、最も知性の働きから遠いところにあると思うんです。内田さんはご本の中で、知性というのは協働で発揮されるものだとおっしゃっていますね。

内田 僕は、知性を個人の属性ではなくて、集団的に考量すべきものだと思っているんです。集団全体の知的パフォーマンスを上げたという事実によって、事後的にその人は「知性的だった」と評価される。

森本 誰かが得意げに喋っていて、みんながシーンと黙りこんでしまう状況は決して知性的ではありませんね。

内田 その人が喋ってるうちに、みんながそれに刺激されて、次々と「ちょっと話したいことを思いついた」と言い始める。そういうのが良質な知性の働きなんじゃないかと思います。

内田樹さん (撮影:釜谷洋史)

わかりやすい「正解」を求める学生たち

森本 ここ数年は授業で教える機会があまりないのですが、最近、授業が終わった後に、「先生、今の話はこういう理解で合ってますか」って確認しに来る学生が増えたなと感じています。こちらは、合ってますとも間違ってますとも言っていないし、Aかもしれないし、Bかもしれない、と話しているのに、「先生の話は究極的にはAということなんですよね」と確認しにくるのです。

内田 それ、ありますね。複雑なことを複雑なまま扱い、正解がない問いを正解がないまま考え続けるということに耐えられず、単純化して、結論を下して、安心したい。

 神戸女学院大学に在職中に、同じ学科に旧約聖書学が専門の先生とアメリカのユダヤ人文学を研究している先生と僕とユダヤの専門家が3人いたので、リレー式でユダヤについて半期の授業をやったことがあるんです。その時に、僕は近代反ユダヤ主義の話をしたのですが、レポートを出させたら、「先生のお話を聞いてユダヤ人が世界を支配していることを初めて知りました」と書いてきた学生がいた(笑)。授業では、どうしてそういう陰謀論が生成したのか、その歴史的文脈をたどってきたのですが、いったい僕の話の何を聞いていたのか……。「どうして単純な陰謀論的思考に人は陥るのか」についての授業から学んだのが陰謀論だった……ガックリきました。

ストンと腑に落ちずに混乱してほしい

森本 ディベートでも授業でも何でもそうなのですが、終わった後に、「ああ、本当に今日は素晴らしいお話で、よくわかりました」「もうストンと腑に落ちました」などと言われると、「え、ちょっと待ってくれよ」と思ってしまうんですね。

内田 そうですよね。こちらは混乱してほしくて授業やってるのにね。

森本 「これはどういうことだろう」と訳がわからなくなったら、その後、自分で勉強するじゃないですか。そういう状態に陥ってほしいのです。

内田 教師は正解を教えるためにそこにいるわけじゃない。学生たちの頭の中がひっかきまわされて、消化できなくてモヤモヤするものを抱え込むからこそ知的成長はあるわけです。シンプルな正解を与えるのならAIで用が足りる。人間の教師ができるのは、正解を与えないで、学生たちを宙吊りにすることなんですけどね。

森本 カークの話でちょっとだけ付け加えておくと、彼はオックスフォードなどのエリート大学にも行ってディベートをけしかけています。それを見ていると、大学生の方ははじめから高卒のカークを軽蔑しているんですね。

 まさにそれが彼の思うツボで、「鼻持ちならない知的エリート」という印象が出てしまう。殊にイギリスのような階級社会で大衆が抱く反感もよくわかります。あの部分だけは、わたしも自分の中で反知性主義のツノがにょきにょきと生えてくるのを感じました。

森本あんりさん (撮影:釜谷洋史)

AIに「内田樹のようなエッセイを書け」と指示したら?

内田 僕は2011年まで大学で教えていたんですが、最後の年のゼミ生が先日、久しぶりに訪ねてきたんです。訊いたら、みんな仕事で日常的にAIを使っているんですが、AIが書いた文章と人間が書いた文章は見分けられると言うんですよ。どこが違うのか。前に仲間と話しているときに、「今のAIはもう俺たちにそっくりの文章を書けるらしい」という話になったんです。中の一人が「内田樹みたいなエッセイを書け」とAIに指示したらこんなのが出てきましたと見せてくれたんです。

森本 読んでみてどうでした?

内田 たしかに使ってる語彙や論理の運び方みたいなものは似てなくもないんです。僕の書いたものをデータとして取り込んでるから、「いかにも内田が言いそうなこと」が書いてある。でも、読んでいて気持ちが悪いんですよね。この気持ちの悪さの正体は何だろうと考えたんですが、たぶん理由は、AIが書くのは、1行目から最後の結論まで全部わかって俯瞰している文章だったからなんです。

森本 なるほど。

内田 僕の文章は、僕の今している話と同じように、あっちへ行ったりこっちへ行ったりふらふらするんです。思わぬ方向に転がっていったり、絶句したり、言い淀んだり、「さっきのは間違いでした」と前言撤回したりするんですが、AIの文章にはそれがない。スッキリしているんです。

森本 ゆらぎがないんですね。

内田 そうなんです。ゆらぎや隙間がないし、論理が飛躍することもない。最初から最後までフラットなんです。

内田樹さん (撮影:釜谷洋史)

AIに書かせた学長祝辞を読み上げて……

森本 そういえば、僕もICUから東京女子大に移った時に、卒業式でAIに書かせた祝辞を読み上げたことがあるんです。

内田 それ、どうなりました?

森本 「私が学生だった時、本学の国際交流センターで、みんなで中国の餃子を食べたり、アメリカのパイを食べたりして、海外の方と良い国際交流ができました。卒業する皆さんおめでとうございます」って話したんです。そしたら学生たちはびっくりして、今度の新しい学長はちょっとおかしいんじゃないかという顔をしていました(笑)。前の大学で使った祝辞を流用しているのかな、とか(笑)。つまり、AIは森本あんりっていう名前を女性と認識しているから、女子学生だったと思っているわけです。それで、こんな文章を出してきたんですが、そこで、種明かしをして、実は今の挨拶はAIが作ったものです、皆さんはこのようなことをしないでくださいね、と話しました。

内田 傑作ですね(笑)。AIには、なんて入力したんですか?

森本 女子大の卒業式の学長挨拶にふさわしい話を、ただし、ユーモアを入れて作ってくださいと指示したんです。そしたら、中国の餃子だとかアメリカのパイだとか、全然面白くないんですよ(笑)。AIって、冗談は作れないんです。冗談って、ソツのない一般論じゃ面白くない。個性をもったその人の〈人間〉が入ってないとダメなんです。失敗体験を含めて。

森本あんりさん (撮影:釜谷洋史)

内田 先日、遊びにきたゼミ生の一人が言うには、AIがもう親友なんですって。「チャッピー」と呼んで、毎日家に帰るとAIに恋愛相談をしたり、仕事でこんな嫌なことがあったって相談したりしているんだそうです。どうしたらいいか尋ねると、面倒くさがったりもせずにすぐに答えが返ってくるし、長く相談しているとデータが蓄積されて、アドバイスがきわめて的確になってきた。だから今ではもうAIとの夜の会話なしには一日を過ごせなくなってしまったそうです。

森本 それで最終的に自殺を勧めたりしないといいですが。

内田 そんなケースがあるんですか。

森本 今年(2025年)の8月に、アメリカのカリフォルニア州で自殺した16歳の少年の両親がオープンAIなどを提訴したという報道がありました。医学部進学のための情報収集にChatGPTを使っていた少年が「人生には意味がない」と悩みを相談すると、ChatGPTは理解や共感を示し、自殺の方法についての情報を提示したというのです。

内田 そんなことが起きているんですか。AIは嘘つくんですよ。レポートを書かせると、ありもしない引用文献をでっち上げるので、文献リストがAIチェッカーになるそうですけれども、いずれAIも進化して、人間のチェックを出し抜くようになるでしょうね。

森本 学生だけじゃなくて、先生の方もたいへんです。大学の教授が学生のレポートを採点するのが面倒でChatGPTにさせたら、学生がその文中に教授の出した指示コマンドを発見して、学費返還の訴訟を起こしたというケースがありました。このケースは些細なミスで露見しましたが、実は知られていないだけで案外拡がっているのでは、と思います。

コンサルという仕事は消滅する?

内田 今の大学生の就職先として、コンサルが人気だそうですけれど、コンサルという仕事はそのうちなくなるんじゃないですか。だって、AIにデータを入力すれば、いかにもコンサルが持ってきそうな答えがすぐ出てくるわけですから、何も高いお金を払って頼む必要はない。

森本 そこに生身の人間が介在する必要がなくなるわけですね。


 続きはぜひ文庫でお楽しみください。全27ページにわたり、亡くなった名コラムニストの小田嶋隆さんの思い出など、縦横無尽に語り合っていただいています!

内田樹(うちだ・たつる) 1950年東京都生れ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。神戸女学院大学文学部名誉教授。著書に『寝ながら学べる構造主義』『レヴィナスと愛の現象学』『老いのレッスン』ほか多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞2010受賞。伊丹十三賞受賞。

 

森本あんり(もりもと・あんり)

国際基督教大学卒業、東京神学大学大学院修士課程、プリンストン神学大学大学院を修了(Ph.D.)。国際基督教大学教授、学務副学長を経て2022年に名誉教授。同年より東京女子大学学長。プリンストン神学大学やバークレー連合神学大学院で客員教授を務めた。『反知性主義』『不寛容論』(ともに新潮選書)、『異端の時代 正統のかたちを求めて』(岩波新書)、『魂の教育 よい本は時を超えて人を動かす』(岩波書店)など著書多数。