〈既読権益層を批判して時代を味方に。アメリカ政治を揺るがす27歳の極右インフルエンサー、ニック・フエンテスとは何者か?〉から続く
トランプ再登板後のアメリカ政治で、いま共和党を揺さぶっているのが27歳の動画配信者、ニック・フエンテスだ。主流派から「危険人物」として追放され、主要SNSからも締め出された彼はなぜZ世代の若者たちを惹きつけ、共和党を内側から分裂させ、さらには極右と極左を奇妙に接続してしまうのか。
「年長世代のエスタブリッシュメント」への怒りを武器に世代・党派・思想の境界線を越えて広がり、アメリカ政治が抱える亀裂を映し出すフエンテス現象。キリスト教思想が専門で宗教などの文化的背景とマインドセットの関係について研究する著者が読み解く。#2
※本連載は『終末とイノベーション』として書籍化される予定です
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道徳に疲れ「本音」を求めるようになった――潮目を嗅ぎ分けるフエンテスの嗅覚
「グロイパー戦争」の波及力は、上記の世代間、エリートと庶民の上下を強調する戦略以外にも、ネット言論におけるフエンテスのセンス、嗅覚に多くを負っている。
哲学者のジョゼフ・ヒースによれば[1]、タブーを侵犯するカウンター・カルチャーは2010年代に台頭したオルタナ右翼以降、もはや左派のものではなく右派のものになった。この時期インターネット上のポッドキャストやストリーミングでは右派的な言説が人気を増して行ったが、この現象が左派のWOKE〔=ポリティカル・コレクトネスを追求する文化〕の興隆に対する相反作用として生じた点は重要である。哲学者のジャスティン・トシとブランドン・ウォームケが指摘するように、SNSが人気を競い合うメディアとなった結果、各人が自分の「正しさ」をアピールする「道徳的スタンドプレー」が流行するようになった。これは社会心理学の概念では「美徳シグナリング」と呼ばれる。
「道徳的スタンドプレー」が蔓延すると、見せかけばかりになった「善」や「正義」を信用できなくなった人たちが、冷笑主義(シニシズム)に傾いていく。私見ではこの反作用のなかで、偽物のスタンドプレーではない本物や真実を欲する人々が、より生々しいリアリティ、「本音」を求めるようになった。
「言論の自由」のもとにあらゆる事柄について歯に衣着せぬ発言をするジョー・ローガンの「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」は、こうした人々の願望に応えて大成功したコンテンツの代表格で、2009年に始まったこのポッド・キャスト2020年には1日あたりの視聴者数において大手マスメディアのCNNを抜いた。
ネット言論を制する「本音」と透明性という武器
生々しいリアリティを求める心理が右傾化と相性が良いのは、保守のマインドセットのほうが自然本性的な心理的傾向に即しているからだ。ナショナリズムの基盤となる自集団を贔屓する心理や、反グローバリズムの土台となる外集団を嫌悪する心理は、集団で生きる群生の生き物が持つ自然な心理的傾向であるため「リアル」だと感じられやすいだろう[2]。この点を強調したいのは、この時期に人気を得て、現在「右派」と呼ばれることの多いインフルエンサーは、必ずしもイデオロギー的に一貫した右派とは言い切れないからだ。
ローガン、そして最近フエンテスを呼んで事務所の契約を切られたダーシャ・ネクラソワのようなポッドキャスターには、サンダース支持者からトランプ支持に転向した者が多い。サンダース支持者の右傾化については、極右と極左は一致するという蹄鉄理論やポピュリズムに基づく解説もあるが、むしろイデオロギーではなく、どんなことでも言う大胆さや建前のない徹底した「本音」こそ彼らの共通点であり、その特徴こそ彼らとトランプを結びつけているように見える。
興味深いのは、一方で左派のWOKEもまたインターネットによる過激化の現象だったが、他方で右派の「本音」を至上とする露悪的な態度もまた、間違いなくインターネットによって必然的に引き起こされているという点である。この10年間で自身も右派のインフルエンサーと化した投資家ピーター・ティールも述べるように、インターネットは全てを透明化し得る(そしてAIはその方向を更に推し進めるだろう)。
インターネット以前、各党や各政治家は様々な政策の矛盾を隠すことができた。2008年にオバマが勝利した時に左派のアイデンティティ・ポリティクスが機能したのは、各属性の集団に都合の良いことを言い、実はその利害が矛盾していても、その事実は隠されていたからだとティールは言う。しかしネットによって即座に矛盾が露わになる2024年には、こうした隠蔽は機能しなくなり、だからこそトランプが勝利した。
2024年から支持を急激に拡大しているフエンテスは、「本音」で人気を博す右派寄りインフルエンサーの最新版であると同時に、「透明性」の追及においても他の追随を許さない。彼は共和党内のアメリカ第一主義と親イスラエル政策の矛盾、アメリカ第一主義と寡頭政治との矛盾をつくと同時に、影の政府「ディープ・ステイト」を批判しながらエプスタイン文書を隠すトランプの矛盾を厳しく追及している。
フエンテスはこれらの批判において、トランプやヴァンスはもちろん、おそらく今日最も透明な情報にアクセス可能な立場にいるテック業界のティールやイーロン・マスクを批判することも辞さない。そのリスクを取る姿勢がまたフォロワーの信頼を集めている。「透明性」こそが武器になるインターネット以降の言論のあり方を、彼は知悉しているように見える。
暴言、差別発言をもユーモアで包んでしまう卓抜なセンス
加えてフエンテスは、しばしば身も凍るような差別発言や厳しい糾弾として表明される「本音」を、ユーモアで包むことにかけて卓越したセンスを持っている。この点に関し、彼はほとんどプロのコメディアン並みの能力を発揮しており、フエンテスの右派的な思想には共感しないリベラルなリスナーを惹きつけ、結果、彼の発言のクリップ〔=切り抜き動画〕がTikTokやショート動画に溢れている。端的に笑えるからこそ、多くの人が視聴しているのだ。
例えば非常にバイラルだったエピソードには以下のようなものがある(以下は大意の紹介である)。
先述のようにフエンテスは白人至上主義者であることを標榜しているが、自分の想定リスナーである白人至上主義の白人インセル男性リスナーに対し「黒人女性やアジア系女性がどんなに魅力的でも、白人女性と結婚することはわれわれの義務だ」と語る。
「われわれはあのテイラー・スウィフトファンに対処しなければならない」、「彼女たち(白人女性)は、英語は話せるが、料理をしない」、「黒人女性の官能性はわれわれには与えられないし、日本人女性に食べやすいサイズの食べ物が詰められたお弁当(Obento)を作ってもらえる未来などわれわれにはない。自分たちにはまずいハムチーズサンドしかないし、夕飯にはハンバーガー・ヘルパ〔=インスタントハンバーガー〕しか出てこないんだ、これは自己犠牲なんだ」とフエンテスは語る。
意識高い系白人女性への偏見と、黒人文化やアジア系文化の繊細さや豊かさへの暗黙の賛辞という彼の「本音」を語ったこの動画の切り抜きは、様々なプラットフォームで共有され、解説動画まで作られ、白人にも黒人にもアジア系にも、男女を問わず面白がられた。
「ポジショントークとしての白人至上主義」という構え
フエンテスはこうしたハイコンテクストで自嘲的な笑いを随所に挟むことで、彼が本当に特定の属性の集団を憎んでいるわけではなく、むしろその魅力〔その内容は非常にバイアスのかかったものであるが〕を認めていること、あくまでも白人、しかも白人の中でも、プロテスタント国のなかのカトリックというマイノリティである彼のポジショントークとして白人至上主義を標榜しているに過ぎないことを伝達している。「女性は黙っていろ、ほとんどの黒人は収監されるべきだ!」と暴言を吐いてもなお、アフリカ系アメリカ人や女性の支持が増加するのは、こうした理由による。
他にもフエンテスの初期からの常套句として、暴言の後に「ただの冗談だよ(Just a joke, Just joking)」と付け加えるというものがある。当該の暴言には、ホロコーストを茶化す、ヒトラーやスターリンを賛美する、女性に投票権を認めるべきではないといった過激な内容も含まれており、その部分だけを切り抜けば、とんでもない問題発言なのは間違いがない。しかし、その全体を流れのなかで聞くと、彼のコミカルな表情の作り方や滑舌の良い話し方も相まって、ジョークとして聴けてしまうというのがフエンテスのトークの特徴なのだ。当然のことながら、フエンテスのトークは、到底許容できない危険な差別発言とみなされてきたし、現に反ユダヤ主義者として様々なプラットフォームから追放され、共和党の幹部から批判されてきてもいる。
しかし、2022年には反ワクチンの思想を広め、2024年にはインタビューを通じてトランプの大統領選勝利を後押しするほどの政治的影響力を持ったローガンが元々コメディアンであるように、今やアメリカで、政治とお笑いは、しばしば融合したエンターテインメントとして消費されており、両者の切り分けはもはや不可能だとジャーナリストさえ認めている。政治をエンタメとして捉える傾向は特に右派の若者たちに顕著なようだが、SNSでのフエンテスの人気はこのやり方が党派を超えて一層標準化されつつある何よりの証左となっている。
【著者プロフィール】
1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。博士(学術)。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、何かを神聖視する心理に注目しながら研究している。
[1] ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポター「序文 二〇二〇フランス語新版に寄せて」『反逆の神話(新版)』栗原百代訳、早川書房、2021年。
[2] 社会心理学者のジョナサン・ハイトによれば人間の心理の初期設定は保守であり、リベラルはケアや公正さへの感受性がより鋭敏になった状態である。ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を超えるための道徳心理学』高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014年。
〈説教には心は動かされない、ジョークと「純潔」こそが武器になる――アメリカZ世代になぜ“キリスト教道徳”が響くのか〉へ続く







