日経平均株価が史上最高値を更新するなか、日本はこれからどう変化していくのだろうか? 新著『エブリシング・ヒストリーと地政学 マネーが生み出す文明の「破壊と創造」』を上梓したエコノミスト、エミン・ユルマズ氏が、「マネーの歴史知」から激動の現代社会を読み解く!
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ゴールドがここ1年で2倍の価格に
――日経平均株価が5万円台を目前にして、市場は活況を呈しています。日本の株高への流れをどうご覧になっていますか?
エミン さまざまな要因で短期的な変動はありますが、日本株のマーケットは非常によくなっています。国内企業が株主重視の流れにシフトしたこともあり、海外勢からの評価も高い。
この株高への流れは長期的なスキームで動いています。まず背景としてここ1年、世界的にゴールドをはじめ現物資産が高騰しています。ゴールドは今月になって1トロイオンスあたり4000ドルを突破しましたが、これは2000ドルちょっとだった昨年と比べて約2倍です。
これは何が起きているかというと、全体的に法定通貨への信頼が揺らいでいるんですね。ローマ帝国末期に起きた「悪貨が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則が現代でも形を変えて蘇っている。
――どういうことでしょうか?
ローマ帝国末期との類似点
エミン ローマ帝国の後期、デナリウス貨の銀含有量がどんどん減っていった結果、「良貨」は市場から姿を消し、通貨の価値が著しく毀損されました。銀含有量の低い悪貨が大量発行された結果、いわば“異次元の金融緩和”が起き、わずか100年のあいだで物価が150倍にもなるようなハイパーインフレが起こったのです。これがローマ帝国の衰退を加速させた一因です。
いまドルの流通量は増えている一方で、ドルの価値自体が目減りしており、日本円も同様です。そのため、法定通貨から価値が安定しているゴールドなどに資産を移す流れが強まり、同時にインフレに強い株式に海外マネーが大きく流れています。
大局的に見れば、ニクソン・ショック(1971年)以降、法定通貨がつくり出した繁栄の頂点を味わい尽くした我々は、いまやマネーサプライが実体経済の需要を大幅に上回る「過剰流動性」の時代を生きています。資産インフレによって、とくにコロナウイルスのパンデミック以降、持つ者と持たざる者の格差はますます拡大している。これはもう、ローマ帝国末期に近い状況を目の当たりにしているわけです。
“老朽化した社会”を生きるアメリカ
――米ドルを基軸通貨とした戦後の秩序が崩れつつあるということでしょうか。
エミン その通りです。本書では、戦後の経済秩序をつくり出したブレトンウッズ体制からニクソン・ショックを経て、現在に至る流れを書きましたが、アメリカという帝国の威信はいま大きく揺らいでいます。
歴史的にみて、力のある覇権国は鎖国的な政策をとりません。オープンにすることで富と投資を呼び込み、交易を活性化させ、イノベーションを起こしてきました。いまトランプ政権のアメリカが急激に「閉じて」いるのは、弱体化する自国への不安が高まっている裏返しです。
例えばラスベガスを覗いてみてください。あの一大観光地ですら、いまや道路があちこちで割れているし至るところで建物や基本的なインフラが老朽化していて、治安が悪い。中国の深圳や上海など、アジアの勢いのある都市と比べても、ものすごく老朽化した社会を生きているわけです。もちろん富裕層が集まる一部の整備されたエリアもありますが、アメリカ国民の大多数は沈む帝国を前に、自信を喪失している。
基軸通貨としてのドルの力も弱まるなか、AIが日進月歩で進化し、戦後経済がつくり出してきた様々な生活習慣や、社会システムを大きく変えるディスラプション(創造的破壊)が進行しているわけです。
でもこれは逆に日本にとってチャンスです。21世紀の半導体戦争で各国がしのぎを削るなか、とくにテック分野でのリシャッフリングが起こって日本が台頭する余地は十分にありますから。
――興味深い指摘ですね。
インフレマインドへ――本格的な投資ブームが起きるとき
エミン 不確実な時代を生き残るためには、歴史を踏まえた大局観が必要です。冒頭の日経平均株価の話でいうと、世界的な流れのなかで日本もまた今後インフレが加速します。それを織り込み済みで、いわば「フロントランニング」で外国人の機関投資家たちは動いている。
僕が10年前から言っているのは、今のうちに日本人が買って仕込んでおかないとあとあと高値掴みで、外国人に美味しいところを全部持っていかれますよ、ということ。
興味深いデータがあって、日本人の個人の金融資産は2239兆円――このうち約半分が現預金です。いまこれだけ「NISAだ」「金融教育だ」と世の中が騒いで、ゴールドが上がり、株価が高値を更新しているなか、日本人が投資をしていると思うでしょう? ところが実態は、この1年で現預金の比率はわずか0.1%しか減っていないのです。
――非常に意外です! もっと株にお金が流れているのかと思っていました。
エミン 投資界隈がSNSで盛り上がっているから国民的に広がっているように錯覚しますが、本当の投資ブームが起こるのは今後日本人が「デフレマインドからインフレマインドへ」頭が切り替わったときです。そのとき本格的な株高がやってきます。
インフレ時代には現預金の何割かを株にしておく必要がある――日本国民はいずれそれに気づいてどっと株を買いに走る。
相場のプロたちはそれをわかっているので、先回りして仕込んでいるわけです。株に対して慎重な人は、「4万7000円で買うのは割高じゃないか、躊躇します」といいます。日経平均が3万円前後のときも、同じことを言っていましたね。でも、僕は日本の株は将来的に30万円いくと分析していますから、3万で仕込もうが5万で仕込もうがまだ誤差の範囲なんです。
良いバブルと悪いバブルがある
――日本人がなかなか投資マインドに切り替わらないのは、1990年代のバブル崩壊や2008年のリーマン・ショックで手痛い目にあった人も多いからではないでしょうか。
エミン 気持ちは理解できます。ここで重要なのが、歴史を見ると明らかですが、同じバブルでも「良性のもの」と「悪性のもの」があるということです。マネーの流動性が高く投資が加熱化すると、技術革新を大きく推進する良い面もあり、これはいわゆるテックバブルです。
例えば19世紀イギリスでの鉄道バブルも、1920年代アメリカでの家電バブルも、1970年代の半導体バブルもマネーが一挙に集中し、バブルが弾けたあと多くの企業が倒産しました。でも、そのおかげで技術は大きく進展し、生き残った企業はその後、世界のライフスタイルを一変させました。
ところが不動産バブルは悪性で、有益なものをなに一つ残しません。サブプライム・ローンの焦げ付きに端を発したリーマン・ショックは、世界的な金融危機を招いたのはご存知の通りです。日本の不動産バブルのピーク時には銀座の一等地に1坪3億8000万円の評価額がつくほどの狂乱を見せましたが、バブル崩壊後、莫大な不良債権を抱えた日本の銀行は、貸し出しを厳しく渋りました。
世の中にIT革命によってディスラプションが起こっている時代に、日本は新しい技術開発や設備投資にマネーを回さずに“縮小モード”に入ったので、完全に乗り遅れ、その後長きにわたる低迷を招くことになったわけです。
――必要なタイミングでマネーが回らなかった、と。
エミン これは明治時代に、銀行が企業に貸し出したお金を国家が保証して、積極的に融資を行うようバックアップした状況とは真逆です。金融システムの本来的な役割は、「お金が正しいところに流れ、そこに社会的リソースを集められる」ことにあります。必要なところに血液が流れなければその部分が腐敗するように、国家もまた正しいところにお金が流れなければ内部から腐敗がはじまる。文字通り、お金は文明の“破壊と創造”を担っているのです。
「すべてのバブルは弾ける」のが歴史の法則ですが、その中にも良いものと悪いものとがある。そこを見極める歴史知があれば、過度に恐れる必要はなく、適切な投資判断もしやすくなるでしょう。
文明社会を形作ったマネーの本質
――マネーの本質が浮き彫りになるスリリングな知見ですね。
エミン お金の本質を考えるうえで、僕の大好きな『マージン・コール』(2011年)という映画がひとつの示唆を与えてくれます。リーマン・ショック時の金融危機を描いた、ケヴィン・スペイシー主演の映画ですが、そのなかに「マネーなんて、ただの作り物だ。我々が食うために殺し合いしなくて済むよう、絵を印刷した紙切れに過ぎない」といった台詞が出てきます。
つまり「共同幻想」としてのお金を通じて取り引きすることで、互いが自分のニーズのために戦わなくてもよい文明社会が形作られた。「価値の尺度、交換手段、価値の保存」の3つをマネーが可能にしたことで、弱肉強食を超えて、ウェルフェアな社会を実現することが可能になったのです。
富の恩恵を、共同体全体に広く行き渡らせる年金や健康保険の仕組み、医療・教育・交通などの社会的なインフラの整備は、ある意味、金融システムが生んだ人類へのプレゼントとも言えます。
マネーは人間の欲望の「加速装置」として破壊的に振る舞うこともあれば、社会的な再配分を促進し、イノベーションを大きく推進するプラス面もあります。本書では、資源戦争、貿易戦争、基軸通貨戦争、技術戦争の4つの視点で世界史を横断し、マネーの本質を浮き彫りにしました。
歴史的なスケールで大局観をもつと、相場の大きな動向や私たちの社会がどこへ向かおうとしているのかもクリアに見えてきます。激動の時代を生き残っていくための武器を手に入れてほしいと思います。
INFORMATION
刊行記念トークイベント
エミン・ユルマズ氏✕けんすう氏
 「マネーの歴史から未来を読み解く!」
11/5(水) 誠品生活日本橋
https://seihin1105moneynorekishi2.peatix.com/









