ピーター・ティールはなぜ「反キリスト」を語り、『ワンピース』に世界の未来を託すのか――シリコンバレー最強投資家がたどり着いた終末論〉から続く

 シリコンバレー最強投資家、ピーター・ティールの終末論は、聖書やAI、核兵器だけでなく、日本の漫画『ワンピース』にまで及ぶ。彼が否定するのは、理性による管理社会と暴力による破滅。そのどちらでもない「第三の道」がとるべき道だと言う。

 ベーコン、スウィフト、『ウォッチメン』を経由し、ティールが最終的に希望を見出したのは、世界政府と対峙する少年ルフィだった。なぜ彼は人類の活路を『ワンピース』に託したのか。現実政治の只中へと踏み込んでいくその思想を読み解く。

 ※本連載は『終末とイノベーション』として書籍化される予定です

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『ガリヴァー旅行記』も『ウォッチメン』もなぜ「反キリスト」的なのか?

 具体的な作品解釈に入ろう。最初の作品『ニュー・アトランティス』は近代科学的世界観の礎を築いた17世紀の哲学者、ベーコンによって書かれたが、この著作は、ティールによれば「反キリスト」的である。この作品で理想郷とされる架空の国ベンサレムは、科学技術による完全な管理社会であり、ベンサレムの統治者ジョアビンをティールはこの作品内の「反キリスト」とみなす。神学者だったベーコンだが、ティールは「隠れ無神論者」ではないかと(いぶか)しんでいる。

ベーコンによる『ニュー・アトランティス』1628年版の表紙

 このベーコンの欺瞞(ぎまん)を、アイルランド国教会の司祭だったスウィフトは見抜き、「ベーコン流の反キリスト崇拝」、つまり無神論に基づく「科学技術による管理社会」への信頼を英国から追い払おうとしていたとティールは見ている。例えばガリヴァーの第三の航海に登場する空に浮かぶ島ラピュータでは、科学は人々の幸福に寄与しない「科学のための科学」になり、地上の専制国家バルニバービでも科学は人々を救わず、キリスト教徒たちは迫害されている。

漂流中のガリヴァーと遭遇する巨大な「空飛ぶ島」ラピュータ ポーランド国立図書館, Public domain, via Wikimedia Commons

 第四の航海に登場する、科学が存在しない国フウイヌムは、ティールの解釈では、無神論の哲学が支配している古代世界である。この全体主義国家は馬の姿をしたフウイヌム人によって支配され、元人間(キリスト教徒の欧州人たち)は家畜(「ヤフー」)に()し、絶滅の危機に瀕している。ティールによれば『ガリヴァー旅行記』が提示したのは、無神論によって生まれた二つの社会モデル、①科学技術による管理社会と②暴力的な全体主義国家だ。第三の道を示せなかったスフィフトはニヒリズムと紙一重だと評される。

フウイヌムとガリヴァー 第4篇の「フウイヌム国航海記」は、平和で合理的な社会を持つ、馬の姿をした高貴な種族について述べられた物語。戦争や疫病や大きな悲しみの感情を持たず、カースト制を保持するさまはイギリスの貴族性の風刺として描かれた。ポーランド国立図書館, Public domain, via Wikimedia Commons

 現実の歴史においては、19世紀には、ワクチン、電話、自動車といった技術革新がベーコン的な「安全で平和な」技術管理社会をもたらすかに見えた。しかし、20世紀になると、スウィフトが予言したような無神論の全体主義国家、ソ連が生まれる。加えてダイナマイトや核の発明などにより、人類は全滅の危機に瀕することになったとティールは論じる。全滅の危機を回避するため、第一次世界大戦後には「ワン・ワールド構想」、第二次世界大戦後は国連という形で、ティールの考えでは「反キリスト」的な「管理」を、改めて人類は求めるようになった。

 1980年代の冷戦下に、世界の「管理者」としてのスーパーヒーローを主題にしたムーアの『ウオッチメン』は、核の脅威に晒される危機的な状況で「管理」はどうあるべきかを問うている。この作品中の「反キリスト」、エイドリアン・ヴェイトは、米ソの核戦争を回避するために、「人類共通の敵」として偽のエイリアンの攻撃を偽装し、人類の一部を殺害することで平和をもたらす。_

『ウォッチメン』のメインキャラクターたち via wikicommons

 核爆弾以降の世界ではベーコン的な科学技術によって「平和と安全」をもたらすことは不可能であるから、ヴェイト=「反キリスト」は恐怖によって人々を支配するのだとティールは言う。スーパーヒーローの一人、善悪の存在を信じるロールシャッハは、この作戦を悪とみなし、「たとえハルマゲドンになろうとこの真実を公表するべきだ」と主張するが、無残に殺されてしまう。ティールは、本作に「ベーコンの科学擁護的反キリスト観を後期近代向けに更新した」功績を認めつつも、キリストを受け入れず「反キリスト」に対しては曖昧な態度を取るムーアの態度に少々批判的だ。

 人類の活路を示すのは『ワンピース』のルフィ?

 ティールにとって望ましい第三の道は、「神を求める知」と科学技術の発展が共存する、信仰と科学が矛盾しない状態である。この第三の道を示す作品として、意外なことにティールは、一見キリスト教と関係のなさそうな日本の漫画作品『ワンピース』を高く評価する。

 本作には、800年にわたり高度な科学技術によって海洋を支配してきた「世界政府」が描かれるが、この寡頭(かとう)制政府の支配者イムこそが「反キリスト」だ。これに対し、仲間との友情を武器にイムと対峙する主人公の少年ルフィに、ティールはキリストになる可能性を見出している。アインシュタインがモデルとされる科学者ベガパンクの信じた科学技術による救済が、ルフィによってもたらされることをティールは期待しているようだ。

ティールがキリストになる可能性を見出す『ワンピース』のルフィ ©Unsplash

 この論考の最後に引用された(マタイ18:3)は、「誰が、天の国で一番偉いのでしょうか」と弟子に聞かれ、イエスが答えた「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない[1]」という一文だ。最も小さき存在、「子供のようになる」ことに人類の活路を見るこの結論は、『ワンピース』が掲載されている『少年ジャンプ』の理念に符合すると同時に、極めてキリスト教的なのは間違いがない。

理性で管理する道でも、暴力に訴える道でもない。第三の道を採れ

 以上で見たような、人文的教養とナード的趣味が満載の終末論に、ジャーナリストやライターたちは当惑しつつも、現実の政治におけるティールの行動を理解するためのヒントを探ってきた。

 終末の接近と人類の採るべき方策に関するティールの基本的な考えは、約20年前の「ストローシアン・モーメント(シュトラウス的瞬間)」(2007年)という論考にすでに表れている。この論考は9.11同時多発テロをふまえ、2004年にティールが開催したシンポジウムで彼が発表した内容だ。前年2003年に、テロリストの監視を目的に、ビッグデータ分析会社パランティアを設立していることからもわかるように、同時多発テロで感じた西欧近代社会の危機は、ティールの活動を強く動機づけている。

 先述のように、ティールの議論は、二つの対立する道を示した上で、そのどちらでもない狭き「第三の道を採れ」と促す形式が多い。それはティールの実際のポジショニングと重なる。リベラルなシリコンバレーにあってリバタリアン、共和党支持のティールは、左派ではなく、同時に東海岸のWASP(ワスプ)や盲目的なMAGA(マガ)のような右派でもない。あくまでも第三の道としての「新たな右派」という自己認識をしているように見える。

 同様の第三の道という考えは、暴力がテーマの「ストローシアン・モーメント」でも顕著だ。暴力を理性で完全に管理できると主張する啓蒙主義(=第一の道)を欺瞞として退け、破壊的な暴力(=第二の道)も望ましくないものとして退ける。その上で、第三の道として「暴力は不可避だという真理を慎重に扱いながら統治の可能性を模索するエリート」が示されている。この第三の道もまた、ティールたちテック右派の自己認識なのだろう。

ティールはトランプに「カテコーン(抑止するもの)」を見出しているのか?

 第三の可能性は、近年の終末論に関するインタビューのなかで「カテコーン(抑止するもの)」と言い換えられている。「カテコーン(抑止するもの)」とは、新約聖書の「テサロニケの信徒への第二の手紙」(2:6-7)に由来し、ティールが思想的に依拠するルネ・ジラールやカール・シュミットが深めた興味深い概念だ。

ピーター・ティールが思想的に依拠するルネ・ジラール Vicq, Public domain, via Wikimedia Commons

 シュミットの考える「カテコーン」とは、終末が近い時期に、最後までの時間を引き延ばすために、混沌のなかで秩序を維持する強権的存在だとされている。彼は同時代の「カテコーン」をヒトラーに見出したが、後にそれが過ちであったことを認めた。

 このことからティールがトランプに「カテコーン」を見出しているのではないかと危惧する者もいる。あるいはダウサットのように、パランティアのような企業を経営するティールこそ、現代の「反キリスト」に世界支配のための道具を提供しているのではないかと問う者もいれば、端的にティールこそ「反キリスト」だという批判もSNS上には山積している。

現実政治をも動かすピーター・ティール

 また独裁者宣言をしたトランプ大統領が、国内や他国に様々な暴力を行使するのを見るにつけ、ティールは、第二の道の全体主義=「ハルマゲドン(最終戦争)」に加担しているのではないかという批判も当然ありうるだろう。加えてトランプ政権下では、ナショナリズムと結合したキリスト教が、排外的な暴力を抑止するどころかドライブさせかねないという懸念もある。

 そもそもパランティアの由来となった、トールキンの『指輪物語』に登場する過去や未来を見通し、人々を監視できる魔法の石「パランティーア」もまた、悪意ある者に操られ、使用者を破滅に導きうるものだった。パランティアは現在、イスラエルやイギリスなど、国家単位の軍事活動のために製品を供給している。要するに現実においては、第三の道は限りなく第一、第二の道と表裏一体の危険な道に見える。もちろん科学技術とは本質的にそのようなものなのかもしれないが。

ピーター・ジャクソン監督『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』では、賢者サルマンがパランティーアを操る
By Peter Jackson - https://www.pinterest.com/pin/617204323918491771/, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=64174929

 おそらくティールはわかった上で、こうした両義性を好んでいる。アメリカ合衆国は「反キリスト」(第一の道)にも「カテコーン」(第三の道)にもなり得ると彼は言い、トランプ大統領は「カテコーン」なのかという質問に対しては明言を避ける。AIもまた「反キリスト」の候補であると同時に「カテコーン」の候補でもある。

 ハルマゲドンを抑止するために軍事関連企業を経営し、独裁者を志向する大統領の補佐に部下(JD.ヴァンス)を送り込むティールは、自分が行なっている「管理」はリスクヘッジであり、あくまでも第三の道を採っていると言うだろう。『ワンピース』でルフィが救世主となることを楽しみにしている彼には、改めて「あなた自身は幼な子のようにキリストに倣う覚悟はあるのか?」と問いたくもなる。


[1] 『新共同訳 新約聖書』日本聖書教会、1987年版。