村山由佳さんの長篇小説『PRIZE―プライズ―』が「2026年本屋大賞」にノミネートされました。選出を記念して、発売時に公開した著者インタビューを改めてお届けします。
作家の抱える炎のような“承認欲求”をこれでもかと描き出した衝撃作は、いったいどこから生まれてきたのか。(初出:2025年1月8日)
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長年、取っ組み合ってきた自分の中の欲求
――「直木賞が欲しい」と切望する女性作家を描いた『PRIZE―プライズ―』(以下『プライズ』)。1年にわたって「オール讀物」に連載していただいた長編小説が、いよいよ店頭に並びましたね。
村山 作家生活32年目に入りますが、紫色の表紙って初めてなんです。ぎらつく欲望のようでもあり、いっぽうで何か切ない、手に入らないものの象徴みたいな雰囲気もあって、すごくいい装幀になりました。
――連載中、自分の中にある承認欲求をようやく言語化できたかもしれない、と村山さんから聞いた言葉が忘れがたく印象に残っています。多くの読者は、まさか村山さんがそこまで「認められたい、褒められたい」気持ちをもってるなんて……と、驚くのではないでしょうか。
村山 それはそうだと思う。隠しに隠してきましたもの(笑)。なぜいま「承認欲求」を描こうと思ったかは少しあとでお話しすることにして、今回、文学賞を欲しがる作家を主人公にしたのは、まぎれもなくかつての自分自身に覚えのある感情だったからです。「オール讀物」の連載だったこともあって、思い切って「直木賞が欲しい」と第1回で書くことにしたのですけど、賞にかぎらず作家として認められたい、評価されたい思いって、本当に長年、取っ組み合ってきた自分の中の欲求だったんです。今回それを全部注ぎ込めたかなと思っています。
――村山さんのデビューは1993年の小説すばる新人賞。受賞作『天使の卵 エンジェルス・エッグ』は累計200万部のベストセラーになっていますし、続けて刊行された『おいしいコーヒーのいれ方』も、長く続く人気シリーズになりました。
村山 おかげさまで「おいコー」は、27年間続けることができました。
――『プライズ』の主人公・天羽カインも、ライトノベルの新人賞でデビューし、あっという間に読者を獲得していきます。けれども文学賞という面では評価されず、鬱屈を感じている。これは村山さん自身にも覚えのある感情だったということですか。
「ああいう軽いものを書いていると文学賞には無縁だよ」
村山 渇望感みたいなものはずっとありましたよ。とくに「おいコー」シリーズは、レーベル面でも内容面でもライトノベル的なところがあり、新しい読者を開拓できた反面、業界の人の中には「ああいう軽いものを書いていると文学賞には無縁だよ」と、耳に入れてくる方もいたんです。
1993年に新人賞をいただいたときから、本離れ、活字離れということが言われてまして、文学の世界に入りやすい扉があった方がいい、本を読み慣れてない方でも手にとってくれるような小説を書けたらいいと自分では思っていたので、デビュー当時は文学賞というものをさほど構えて意識していませんでした。けれど、何年か経つうちに、どんどん後輩たちがデビューしてくるじゃないですか。自分の席を後輩にとられるんじゃないかという恐怖もあるし、青春小説をいつまで書いていられるかという不安もある。後輩の中には賞の候補になったりする人も出てきますよね。自分としても、もう少し脱皮しないと生き残っていけないんじゃないかとか、別の評価を受けたいという気持ちがだんだんだんだんお腹の中で黒くうごめいてくるんです。要するに、もっと褒めて、もっと認めてってことなんですけれども(笑)。
――多くの読者がいても不安だということですか。
村山 ありがたいことにサイン会をするとみなさん並んでくださって、すごく熱く感想を語ってくださるのね。「小説を読んだことなかったけど村山さんを入口に本が好きになりました」なんて言ってもらえるのはすごいご褒美だったし、勲章だったとも思うんです。けれど、個人のもの書きとして、自分の表現に対して、贅沢かもしれませんがもっと違う評価が欲しいと思うようになっていました。実際にそういうものを書こうとも努力したんです。けれど何を書いても賞には届かなくて……。
正直に告白すると、何かの候補にしてくれたっていいんじゃないのって力を入れて書いた作品があったんですよ。けれど、思うようにならない。私に何が足りないんだろう、何が駄目なんだろう、誰か教えてよって気持ちは、天羽カインと同じです。自分自身に対して焦る気持ちと、周囲に対してじれる気持ちと、両方ありましたね。
――周囲に対して「なぜ?」と、問いを投げかけたことはあったんですか。
村山 それは私は言えなかったんです。賞を意識しているということさえ知られたくなかった。強い欲求があるけれども、周囲に気取られてはいけないものだと。だって物欲しげだし、いじましいと見られるでしょうし。あの人、身の程知らずだよね、全然届くはずがないのに……なんて思われたら絶対に嫌だし。自分に自信のあるのとないのとのせめぎ合いみたいな感情はとてもしんどかった。だから『プライズ』には、自分が口には出せなかった思いをカインに託して書いてるところが……そんなつもりがなくてもやっぱり出てきちゃってますね。性格的に私は口に出せなかったし、周りに悟られないよう最大限の努力をしたけれども、天羽カインなら言えちゃう。言える方が楽なのかどうかはいまでもわからないですけどね。
「自分の書いた小説をいちばん大事に思ってほしい」という感情は、もの書きなら誰でももっているはず。それを率直に口にできるのがカインさんなので、ある意味、爽快感を覚えながら読んでくださる読者もいらっしゃるんじゃないかな。私も最初のうちはなんてやつだと思いながら書いてたんですよ。でも、だんだん愛おしくなっていくというか、彼女に憧れていく。「もっとやれ! もっと言え!」って(笑)。
自分自身の評価って揺れに揺れるんですよ。正当に評価してほしいと願ういっぽうで、私は自分に自信がなくて、本当は大した才能なんてなくって模倣がうまいだけの優等生だとも思っている。「褒めて、褒めて」って求めてしまうのは、自信のなさの裏返しでもあるのかなと。デビュー10年目に『星々の舟』で直木賞をいただいたときも、正直なことを言うと、文春で書いたから下駄を履かせてもらって候補になったのかなとか、思ったりしてましたもん(笑)。
今回『プライズ』執筆のためにいろんなところに取材をして、想像していた以上に賞の予備選考って厳正におこなわれてると知って、21年前の私の不安が少し晴れたというか、ちょっとホッとしたというか。もちろん、選んでくださった選考委員の方たちの目は信頼しているし、ありがたかったですけれども、自分の才能に対する疑心暗鬼みたいなものは、結局、賞をいただいても消えることはなかったですね。
「これは私にしかできない仕事だ」と生まれて初めて思えた
――直木賞を受賞してからむしろしんどい時期があったと、村山さんはインタビューや対談でおっしゃっていますね。
村山 直木賞をいただくと、もの書きとしてわかりやすい名刺ができて、仕事はしやすくなるんです。けれど、ここから私はどこへ行けばいいのかという方向性が見えなくなった。『星々の舟』がそれまでの青春小説とはだいぶ毛色の違う作品で、家族の構成員ひとりひとりを視点人物にして、それぞれが抱える事情や家族の歴史を綴っていく連作短編集だったんですね。だから、次に何を書こう、読者は何を求めてるんだろう、村山由佳ってどういう作家なんですかってことが私自身わからなくなってしまって。
何年か経って『ダブル・ファンタジー』を書いて、これは自分でも新しい境地に行けた手応えがあったわけです。でも、大胆な性愛描写が評判になると、清純派女優がじつは脱いだらすごいんですみたいな話題性で売れただけでは? と不安になり、今度は性愛を描かないと評価されないんですか私は、みたいな迷路に入ってしまったんですね。何かが認められてもまだ足りない、また違った承認をしてほしいという気持ちが生まれてくる。官能だけ突き詰めていけばいいのか? いや、それは違うだろって。
結局のところつまり、どれだけたくさん褒められても、次なる道を自分はどう行けばいいのかという迷いは常に生じるということなんでしょうね。その迷いを突き詰めていった先の新たな道でも自分を認めてほしい……。こうやって話していると、なんて褒められたがりの面倒くさい人間なのだろうと呆れるんですけど(笑)。褒められたい気持ちがその次のものを書かせてくれる原動力になってるのは間違いないので、承認欲求も悪いものじゃない。振り返れば結果オーライじゃない? って、いま、ようやく自分の中で折り合いがついてきたかなという感じなんです。
こういう心境になれたのは、『風よ あらしよ』で伊藤野枝を書けたことが大きいですね。史実の隙間を想像で埋めていく作業が心地よくて、「これは私にしかできない仕事だ」と生まれて初めて思えた。それだけで充分、という気持ちだったんですが、この小説で幸運なことに吉川英治文学賞をいただくことができて、少し満たされたというか。我ながら現金だなと思うけれども(笑)、自分の中の承認欲求をちょっぴり肯定できるようになったかなって。
――世間に衝撃を与えた『ダブル・ファンタジー』は、当時の村山さんから見て少し下の世代の女性脚本家・奈津を主人公にして、自らの性的欲望と向き合う小説でした。今回の『プライズ』も、やはりいまの村山さんより少し若い、今度は脚本家ではなく小説家を主人公に据えて、自らの承認欲求と向き合う小説になりました。新たなテーマに挑戦されるたび、村山さんご自身と主人公との距離感がしだいに近くなってきているように感じられるのですが。
村山 一切エクスキューズなしに書こうと思ったからでしょうね。これはフィクションだから、みたいな言い訳をしたくない。もちろん実体験そのままを書いているわけではないけれど、自分の中にある感情と誠実に向き合い、それに言葉を与えていく。そういうぎりぎりの挑戦をしたいと。『ダブル・ファンタジー』のときもそうだったんですけれども、奈津も、天羽カインも、村山由佳と思って読んでくださって構いませんと言えるくらいの覚悟はあります。
つねに何かに挑戦する、冒険をする作家でいたい
――作家と編集者との関係性も『プライズ』の重要なテーマです。個性豊かな編集者が何人も登場しますが、中盤以降、緒沢千紘という女性編集者から目が離せなくなります。
村山 小説って、書く側だけがいても本にはなりませんよね。読者に届けるための媒介者として編集者がいる。書く人だけをクローズアップするんじゃなくて、これまでおつきあいしてきた編集者さんたちの集合体のような形で、緒沢千紘を描きました。
――ふたりが軽井沢の天羽邸に泊まり込んで合宿のように1つの作品を作り上げていくシーンが印象的ですけれど、これも村山さんご自身の体験に根ざしているそうですね。
村山 はい。徹夜して、同じベッドで女性編集者と一緒に寝て、起きたらまた原稿を直して……と、まさに合宿をした経験があります。磨けば磨くほど原稿が確実に良くなっていくプロセスが見えることがもう嬉しくて。これだけのことをして本にしたならもう賞なんて関係ないという思いと、これだけ頑張ったんだから賞が欲しいという思いと、あのときは両方でしたね。結局その作品で直木賞をいただくことができたんですけれど。
――小説家の承認欲求とはまた別に、編集者としての自己承認欲求も小説から伝わってきます。仕事をする人間なら誰でも持ってる矜持、仕事を通して自分も認められたい、何者かでありたい、そういう気持ちが痛々しいほど精密に描かれていて、これは普遍的な感情だと思いました。
村山 編集者の資質とか、思い入れが深くなるほど危うさも生じるところなどは、多くのみなさんが感情移入してくださるんじゃないかな。作家と編集者の物語って一見、特殊な世界に思えるかもしれないですけど、あらゆる職業に通じていくお仕事小説でもあるというふうに思っています。
デビューして31年たちましたけれど、これからも「終わった作家」とは思われたくないし、つねに何かに挑戦する、冒険をする作家でいたいと思っています。いまの自分にできるチャレンジをした結果、承認欲求という厄介なものに正面から挑んで『プライズ』ができあがりました。多くの方に楽しんでいただけたら嬉しいですね。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。93年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞・柴田錬三郎賞、21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ、『ミルク・アンド・ハニー』『ある愛の寓話』『Row&Row』『二人キリ』など著書多数。











