〈結婚にまつわる「今世紀最大の理不尽」をぶっ壊せ! 姓を失って初めてわかったこと、私たちが守りたいアイデンティティ〉から続く
2度の結婚と離婚を経て、3度目の結婚を前に漫画家・鳥飼茜さんが直面したのは、法律改正ともなって改姓が阻まれるという制度の理不尽だった。その出来事をきかっけに過去の結婚生活、結婚における男女の不均衡を鋭く描いたエッセイ『今世紀最大の理不尽、それでも結婚がしたかった』を刊行した鳥飼さんを囲み、改姓によるアイデンティティの喪失感を語る作家の鈴木涼美さん、選択的夫婦別姓の実現に向けて最前線で活動する一般社団法人「あすには」代表の井田奈穂さんが、それぞれの結婚・離婚体験を通じて日本の結婚が抱える歪みを語り合う。
生活能力のない「天才」が愛でられる陰で、誰がその生活の破片を拾い集め、ケアをしているのか。理不尽なシステムに自分を明け渡さず、愛する人と対等な平和を築くための生存戦略とは?
3/16(月)に下北沢B&Bで行われたトークイベントを再構成してお届けする。(#後篇/前篇はこちら)
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改姓問題と家庭内の男女の不均衡はつながっている!?
鈴木 改姓の話から転じて結婚についてのより踏み込んだ話、過去の結婚で辛かった鳥飼さんの苦労話や夫婦観・家族観が語られている2章以降も、すごく共感するところがありました。男女が今の時代一緒に生きていくことは家父長制ゴリゴリだった時代よりはかなりフェアになっているように見えて、なかなかそうでなかったりもする足下のところが書かれている。
個人的に特に面白かったのは、鳥飼さんの元配偶者の一人のように「何かに没頭するあまりふつうの生活がままならない」というキャラクターが、世の中では一種の天才として愛でられがちだけれども、その傍らには必ず生活を世話している誰かがいる、でもその苦労が透明化されることへの違和感が書かれているところ。「生活なんて、できたほうがいいに決まってる」って軽やかなツッコミがなされていて痛快で可笑しく、ものすごく正論だと感じました。
私も相手を怒らせたくない、今日の平和を守りたい一心で理不尽な論理を飲み込んでしまった経験が山ほどある。 別に養われているわけでも何でもないのに、なぜか自分が折れることで話を長引かせない道を選んでしまう。そうやって自分の居場所をどんどん狭くしていった過去があるんですよね。
井田 改姓経験もなければ、妻とは仲がいいと思っている男性はこの結婚の章をどう読むのか気になりました。というのも、表面的にはうまくいっているように見えて実際は夫には自分が抱えている理不尽さを伝えられていない女性がたくさんいると思うから。改姓して実は辛い、という思いをパートナーにも誰にも言えないから私が相談を受けるケースは結構あって、それが積み重なって私は選択的夫婦別姓実現のためのロビー活動をしているんです。
姓が変わると生まれる、相手の家に「取り込まれる」感覚
鳥飼 名前を変えるということは、私は感覚的には相手の家系に入ることに近い気がするんですよね。一度そうやって相手の家の歴史に合流してしまうと、知らず知らずのうちに嫁役割を内面化してしまうんですよね。理不尽なことを言われても「私もこの家の人だから、波風を立てないように」と飲み込んでしまう。自発的に取り込まれてしまう。そうやって、二人きりの親密な関係の中に、社会の縮図のような権力勾配が生まれてしまう。
井田 鳥飼さんが言われた「取り込まれる」感覚は、まさに私が選択的夫婦別姓のロビー活動の現場で日々直面している問題ですし、数字にも現れています。日本の法律婚の94%は女性が改姓していますが、そこには凄まじい社会的圧力が存在している。一度は女性の側の姓に変えようかと考える男性も少なくないんですが、結果として諦めざるをえない男性たちも死屍累々で、その結果としてのこの数字です。
鈴木 私もまさに姓を変えてから、どこかその一員として認められなくてはいけないという考えに染まっていた気がします。夫の母親はとてもいい人で、AV女優をやっていた私の過去の経歴も知った上であたたかく迎えてくれた。すると、こちらに負い目や恩が生まれるんですよね。「こんな私を受け入れてくれたのだから、いい嫁でいなきゃ」と。夫さえ忘れている義母の誕生日、母の日にはプレゼントを贈り、イメージアップを図ってしまう。これ、独身時代の彼氏の親には絶対やらなかったことなのに。
鳥飼 それって女性がずっと摩擦を減らす役割を社会から求められてきた結果ですよね。男性は、自分がその役割を求められてこなかったから、女性が裏でどれだけ気を使ってヘトヘトになっているか、気づきもしない。
井田 私も最初の結婚では、名字が変わった途端、義母から「エプロン持ってきた?」と言われました。昨日までお客様扱いだったのに、名前が変わった瞬間に労働力として取り込まれてしまった。当時は若くて、認められたくて、一生懸命にわきまえを発揮してしまった。でも、後から気づくんです。それは自分自身を全捨てする行為だったんだと。
鈴木 相手の家族がいやな人たちだったら戦いやすいんです。でも、みんないい人なんですよ。悪気なく娘ができたみたいで嬉しいと言われる。その善意を拒絶するのは、自分が薄情な人間になるようで怖いんですよね。でも娘という言葉には、その家のヒエラルキーに組み込まれるという呪いが含まれている。
井田 私は今の再婚では、意識的に嫁になることをやめました。義父母を「お父さん、お母さん」とは呼ばず、下の名前で呼ぶんです。正月の親戚の集まりで女性だけが台所に立つ光景を見たときには、私は夫を台所に引っ張り込みました。「皿の場所がわからないから教えて」と。夫が台所に入れば、他の親族の男性たちも動かざるを得なくなる。実際にいつしかほかの男性たちも手伝ってくれるようになった。これは意図的な抵抗なんです。誰にも気づかれないように、でも確実に構造を変える。
平和な結婚を守るための生存戦略 ペーパー離婚、事実婚、リーガルマリッジ?
鳥飼 私は今のパートナーの両親も大好きですが、だからこそ、私は彼らの娘にはなりたくなかった。相手の名字に変えて、その家系に組み込まれた瞬間、もうこれまでの仲良しでピュアな関係ではいられなくなる。だから 私が3度目の結婚で選んだのは、お互いのルーツに縛られない第三の名字を新しく作るという、一種の制度のハックでした。
結局、私がこの本で書きたかったのは、結婚生活の中に平和をどう築くかということですね。どちらかが犠牲になったり、言いたいことを飲み込んだりする関係は、すぐに戦場に変わってしまう。何があっても、ちゃんと思ったことを言葉にし続けられる相手と泥臭く対話を続けることが大事だなと思います。
井田 そのためにも名字の問題は大事ですよね。男性の側も、実は悩んでいる。今日は会場の男性から「相手から名字を変えてほしいと言われているが、自分の尊厳も守りたい」という質問がありましたが、これは納得いくまで話し合うしかありません。親の言い分や慣習なんかを理由にせず、納得いくまで二人で話し合ってほしい。どちらかが尊厳を削られたままでは、結婚はただの忍耐の場になってしまいますから。
鈴木 私は正直に言えば、事実婚にすればよかったなと思っているんです。夫はモラハラ気質や威張ったところがないぶん、のんびりした人で、社会生活に必要な知識や経済力はかなり少なめです。子育ても、一緒に遊ぶのは大好きだけど教育や生活を整えることは興味がなさそうで偏っています。だから、彼の方には法律婚をする理由やメリットが多少あったかもしれない。でも私は自分の名前や尊厳を削ってまで籍を入れる必然性があったのかはよくわかりません。単純に子育ての手という意味では必ずしも法律婚でなくてもよかったかもしれない。とはいえ子供の親同士が法律婚をしているという前提、なおかつ苗字が全員同じという前提でまわっている社会では法律婚の利便性が高いのも事実で、今からそれを解消するガッツがあるかというと微妙。
今の私は、どこかで夫を養ってやってるのにという傲慢な気持ちと、「いい嫁」を演じてしまう自分への嫌悪感に引き裂かれている。昭和のオヤジ的思考と女々しい思考を行ったり来たりしていて、少し疲れました。
鳥飼 自分らしく生きるには、必ず面倒くささがともないますよね。井田さんのように尊厳を守るためにペーパー離婚をするのもそうですし、事実婚を選ぶこともそう。法律婚のほうが守られることが多いので、どちらの選択にも私は尊敬の気持ちしかありません。自分たちの選択を親世代にわかってもらうには説明を続けなければいけないかもしれないし、わかってもらえないかもしれない。
井田 私たちは今、選択的夫婦別姓の法改正を待つだけでなく、海外の法律を使って別姓のまま結婚する「リーガルマリッジ」という選択肢も提示しています。例えばハワイやニューヨークなど海外で挙式をあげると現地の役場に婚姻記録が残るんですね。すると他国の法律に基づいて自分の名前を変えずに結婚証明書をもらうことができるので、法的に夫婦と認められるわけです。これをもって帰国後、日本の戸籍に反映されるわけではないんだけれども、この結婚証明書があれば相続もできるし、親権も持てる。これは、日本の硬直したシステムに対する一つのお守りであり、抵抗の形でもあります。
鳥飼 そんなやり方があるんですね! 私は幸運にも抜け穴的な方法で、3人目のパートナーとは納得できる法律婚の形を選ぶことができましたが、平和な結婚の実現のためには選択的夫婦別姓をはじめとする結婚制度のアップデートがなされてほしい。そして自分の尊厳も相手の尊厳もすり減らさないために、相手がこれまでどんな理不尽と戦ってきたのかを想像して、平和な関係を築くための対話を、どうか諦めないでほしいなと思います。







