〈「死ぬまで小説の中で発信していきたい」作家・小池真理子さんが語るSNSの話〉から続く
山の静けさに包まれながら、軽井沢の木立の中にたたずむご自宅で、作家・小池真理子さんにとっておきの秘話を伺いました。(全5回の5回目)
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これからやりたいこと
――こういうことをこれから冒険してみたい、書きたい、など何かありましたら教えていただけますか?
小池 特に新しいことをやろうという気はないですね。それは私が年をとってきたことと無関係ではないんだけれども、むしろこれまでのテーマを深めていきたいと思っています。新しい方向に行こうとするんじゃなくて、今あるものをどんどんどんどん掘り進んで深掘りしていきたい。浅かった井戸を上に戻れなくなるぐらい深く掘っちゃって、それでもいいじゃない、っていうぐらいのスタンスで書いていきたいです。
時代とともに新しいものを積極的に取り入れて書くことが作家の使命だという考え方もあるし、それはその通りだと思うんだけれども、私はたぶん性格的にそっちの方には行かないで、深掘りしていくほうです。
――書きたいテーマはおありですか?
小池 うーん、いくつかはありますよ。やっぱり、作家である自分がこの世に生きていて感じて、考えて、言葉にしていくっていうことをやっていきたいと思うので。その都度その都度、微妙に自分が変化していくのを受け入れながら。
なにか大上段に構えて思想的にこういうものを書かなきゃいけない、と特に考えているわけではなく、書いている途中でそうなる可能性はありますけども、私が生きた証として、死ぬまで私自身のちっちゃなコピーみたいなのをたくさん、文章化してばらまいていければいいかな、と思ってます。私自身が文章の一部、行間の一部に投影されていればいい。そうできれば幸せ。
――人生が凝縮した作品っていうことですね。
小池 その意味では、今回の小説集『日暮れのあと』はまさにそうでした。
愛する猫との暮らし
――本書(『日暮れのあと』)のカバー絵には、存在感のある猫が描かれていますね。その猫の表情は、まるで本書に登場する女性たちの表情に重なります。このご自宅にも、猫ちゃんがいますね!(インタビュー中、階段から静かに降りてきてこちらの様子を窺う愛猫、桃ちゃんの姿があった)
小池 実は子どものころは犬好きで、ずっと犬を飼っていました。犬小屋にしていた物置きで一緒に犬と添い寝したりもしていたんです。猫は媚びた感じがするのがいやで、ぜんぜん好きじゃなかった。だけど東京に住んでいた時、猫好きだった藤田が子猫を拾ってきましてね。一晩、置いてやろうよ、と言われて、しぶしぶ従ったのがきっかけで、一晩で魔法にかけられたみたいに夢中になりました。猫は本当に、人に魔法をかけますから。
――小池さんにとって、猫は恋愛の対象になるんですか?
小池 まさか。それはさすがにないです(笑)。
――今ご自宅にいるのが1匹で、外猫も不妊手術を受けさせて、たくさんお世話しているそうですね。たとえば猫がいることで小説を生み出すことへの影響はありますか?
小池 そこまで大げさじゃないけれども、私にとって猫の存在価値は日に日に上がっていて、なんかすごいことになっているなぁ……と思っています(笑)。
うちにいる桃は19歳になります。子猫の時に別荘地の山の中で保護しました。病気らしい病気もしないで、まだ元気でいてくれるのも、夫の闘病や死を一緒に見てきて、いつも寄り添うように暮らしてくれているのも、ありがたくて、胸がいっぱいになります。猫というのはほんとに不思議な生きものですよ。
――どういうところが不思議だと思われますか?
小池 人間の忘れてきたものを全部持っている。人間同士のいがみ合い、哀しみ、汚れた部分……人の歴史はそうやって続いてきているわけですけど、猫の世界はそこから完全に独立している。解放されている。その独立した反応の仕方ひとつひとつに、魅了されます。甘えるし媚(こ)びるし、自分勝手だし、ごはんくれくれってうるさいんだけど。
猫の本質は、飼ってみないとちょっとわからないでしょう。神であり、天使だ、といつも感じています。外の猫も同じです。子猫も年老いた猫も、大切に飼われている猫も野良猫も、健康な猫も病気の猫も、みんな同じ。生き物として、私は魅了されるばかり。あ、でも、この件に関しては、話すと止まらなくなって時間が足りなくなるので、また別の機会にゆっくり。







