〈「誰だって、秘密を抱えている」孤独、死、性愛と情熱――作家・小池真理子さんが紡ぐ繊細な心の機微〉から続く
日々を大切に過ごしながら、執筆活動にいそしむ作家・小池真理子さん。静かな木立の中に建つ、軽井沢の瀟洒な小池真理子邸で、とっておきの秘話を伺いました。
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一番のお気に入りは「夜の庭」
――『日暮れのあと』で小池さんが読者にまず読んでほしいと先ほどおっしゃったのが「夜の庭」ですね(本連載1回目参照)。
この物語は、夫・藤田宜永さんが闘病している真っ最中に書かれたもので、「頭の中が藤田の病気のことでいっぱいいっぱいで、やけのやんぱちで。そんな時だったから、ふだんと少し違うものを書いてやろう、と思ったの(笑)」と「オール讀物」(2023年7月号)の桐野夏生さんとの対談でおっしゃっています。どんなに心の中を隠そうとしても、どうしてもその時の自分の心の内が小説の中に滲み出てしまう、と。
ある種の“犯罪”を描いた小説ですが、58歳の骨董商の男の遺体を発見したのが若いお手伝いさんで、彼女が事の顛末すべてを知っている。読み進めるうちに、彼女の人生をたどることになり、思いもおよばない衝撃の展開が待ち受けているわけですが、この話の中でよく書けたと思うくだりはどこでしょうか?
小池 それは断然、彼女が庭を走り抜けて行くラストシーンですね。私の持っている世界を十二分に引き出せたと満足しています。
短編と長編は作り方が全然違う
――最初、書き始めるときにラストシーンってもう決まっていますか?
小池 ううん、だいたいは決めないで、考えないで書き始める。短編の場合は、おおよその構想の中で書いちゃうことが多いから。『神よ憐れみたまえ』や『ウロボロスの環』といった大長編の場合は30枚もあるレジュメを書いてみたり、登場人物をしつこくしつこく創造し直したり、一章一章、細かく内容を決めて、ものすごくちゃんとした梗概(こうがい)を作らないと書けないんですけど、短編は毎回、一発勝負みたいな感じ。今「小説新潮」で毎月連載している散文小説「ソリチュード」は一発どころか、数秒勝負(笑)ですけど。
――すごい!
小池 『ソリチュード』に関して言えば、何も決めません。怖いくらいに何も。あるのはぼんやりしたイメージだけです。それを、今月はどこから入ろうかな、と入(はい)り口だけ決める。そうすると、すぐに、自分が温めてきたものの断片が湧きあがってくるので、それをそのまま文章に替えて書いているだけなんです。だから構成も一切立てないし、その必要もないし、もちろん物語もあらかじめ作ってないし。
――アイデアが噴き出してくるときは、どういった瞬間ですか? 机に向かって書こうと思った時?
小池 お風呂に入っていたり、キッチンで料理を作っていたり、車を運転しているときとか、なんてことないとき。日常のことをしているときです。
……運転中などは、色んなこと考えますね。危険だから運転に集中しなければ、と思うけど、五感ではしっかり現実の中にいながらも、脳は別の世界に行ってる、なんてこともしょっちゅうある(笑)。
手だけ動かして無心に洗いものしているときなんかも。まな板できゅうり切っているときとか。きゅうり切って塩昆布とあえるつもりでいながら、意識は全然別のところを浮遊していたりします。
――小池さんは日常生活も大事にされているんですね。
小池 家にいるのが好きなだけです。活動的な人間ではないので、あんまり頻繁に外に出て行く日が続くと、くたびれてしまう。本当に親しい人たちとのひとときはもちろん大好きですけど、あそこに行きたい、あれしたい、これしよう、という気持ちがそれほどない。旅行も面倒くさい。若い頃はそれなりに活発で、いろんなところにも行きましたが、なんかもう、年とってからは家にいてもまったく退屈しないし、いつでも違う世界に行ってしまえるので……(笑)。
世界有数のグランドピアノ
インタビューをしていた広いリビングの真ん中に、木でできた大きな美しいグランドピアノがある。
――ピアノ、弾かれますか?
小池 はい、弾きます。子どものころ、将来はピアニストになりたいと思っていて。小学1年のときから父にねだってピアノを習わせてもらってました。
どうぞ、見てください。これはローズウッドという木でできている、120年くらい前のグランドピアノ。フランスのエラール社のもので、いまはもう、会社自体がなくなってしまってますが、骨董品のようなものですね。美しいでしょう?
――なかなかお目にかかれないピアノですね。
小池 以前、新聞連載小説のための取材で鎌倉を歩いていたときに、挿絵をお願いしていた版画家の方も一緒だったんですが、彼の知り合いだった女性で、そのあたりに住んでおられた方に、偶然、後ろから呼び止められて。鬱蒼とした木々の中にある美しい古いお宅に住む方でした。せっかくだから寄って行きませんか、と誘われて、私たちはみんなで、そのお宅にお邪魔しました。その方は古いピアノを集めておられて、もちろんご自身もピアノを演奏されていて、私たちが行った時は、広いリビングに世界に名だたるピアノの名品が3台、置かれてたんです。その中の一台がこのピアノでした。
私がうっとりしてエラールに魅入られていたら、「ピアノお弾きになるんですか?」と。もともとピアニストになりたいと思っていたが、才能もないし、途中で気が変わって作家になったと答えたところ、そのピアノはオランダに移住している日本人の女性ピアニストが所有するもので、一時的に預かっている、古いピアノに興味がある方で信頼できる方がいたら、お譲りしたい、心あたりがあればぜひ、と頼まれている、と話してくれました。
それから少し時が過ぎて、そのピアノについては忘れかけていたんだけれども、ちょうどこの軽井沢の家を新しく建てる時、設計を頼んだ建築家に、この鎌倉での一件をふと思い出して話したんですね。どうしてそんなことを思い出したのか、よくわからないんだけど。そうしたら、その建築家の方が、ご自身、ピアノを弾く方で、すごく興奮して、「じゃあ、そのピアノをぜひ手に入れて、新居のリビング中央に置きましょうよ!」って話になって。だからこの家は、ピアノを置くために設計されたようなものなんです(笑)。(この顛末についての詳しいエッセイは『感傷的な午後の珈琲』をご覧ください)
――この空間にピアノがぴったり、はまっています!
小池 私の担当編集者に、プロのチェリストみたいな人がいるんです。チェロをもって彼に来てもらって、すばらしいチェロと、超下手くそなピアノの「自己満足セッション」(笑)を開いたこともありました。まだ元気だったころの夫が、にやにや笑いながら、それをビデオカメラに撮影してくれました。
小池 楽譜台の右横、美しい木の文様部分(写真の右手前)は、燭台に使われていた板です。電灯がなかった時代、ランプや蠟燭をここに置いて演奏していたそうです。
――これだけで小説が一本できますね!
小池 本当に!(笑)。
(3回目に続く)








