2019年に『首侍』でオール讀物新人賞を受賞しデビューした作家・由原かのんさん。待望の単行本2作目となる時代小説『おりせ人形帖』が、5月13日に文藝春秋より発売されます。
舞台は江戸時代の人形町。人形の声を聞くことができる不思議な力を持つ少女・おりせの迷いや成長を描いた作品です。人形職人の家に生まれたおりせは、自身も職人になることを夢見ていますが、跡取りである弟・清太郎の存在や、父の弟子である斎助への淡い想いとで心は揺れます。
著者の由原かのんさんに、作品に込めた想いや制作の裏側について伺いました。
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「恋と蝉丸」という“読み間違い”から始まった物語
――江戸情緒あふれる人形町を舞台に、人形と心を通わせる少女の成長を描いた本作。日本人形を思い浮かべていただくと、おりせと彼女の家族が作る人形のイメージがしやすいと思います。おりせが人形と話せる少女というユニークな着想は、どこから生まれたのでしょうか。
由原:前作(『首ざむらい 江戸妖かし綺譚』文春文庫)が男性ばかりの主人公だったので、今度は女の子で書いてみようと思っていました。それで、江戸時代の話を漠然と考えていたんですけれども、あるときネットを見ていたら、ドラマの広告が上がってきたんですね。それは『恋と弾丸』という題だったのですが、それを『恋とセミマル』と読み間違えたんです。
よく見たら『恋とダンガン』で、そうだよな、『恋とセミマル』のはずはないなと思いました。当時の私には、恋とセミマルが結びつかなかったんです。セミマルというと、百人一首の札の少し不気味な絵しか浮かばなくて、恋の歌も詠んでいませんし。でも、その話をある知人にしたら、「それおもしろいから、ちょっと書いてみたら」と言われて。それで、『恋と蝉丸』をテーマに書き始めました。
調べてみると、江戸の元禄頃に浄瑠璃や芝居で「蝉丸もの」という一連の作品が作られた時代があったんです。そこに出てくる蝉丸が、美しい男で、天皇の息子という設定。琵琶の名手で、複数の女性から慕われて嫉妬に翻弄される。まさに「恋と蝉丸」だったんですね。これはいけるな、と。そこで、時代は江戸時代にしようと設定が決まりました。
――作中では、おりせが人形浄瑠璃で見た蝉丸に一目惚れし、人形職人の父・貝助に頼んで作ってもらった特別な人形として登場します。おりせはこの蝉丸や、悲しい過去を持つ3歳の少女、おちよという人形と心の内を語り合い、日々の悩みやつれづれを分かち合います。
由原:生身の蝉丸がいきなり出てくるわけにはいかないので、おりせは人形浄瑠璃に憧れる女の子という設定にしました。お芝居小屋の近くがいいだろう、すると、堺町の隣に人形町があるな、と。芝居を見るのだから、人形作りの家族にしたらどうだろうか、という感じでだんだん設定を進めていきました。
江戸の風情と職人の世界
――本作の読みどころの一つに、人形を作る職人の世界の描写や、神田のお祭りなど、生き生きと描かれる江戸の風情があります。こうした世界を描く上での楽しさや難しさはありましたか。
由原:取材は、埼玉県岩槻の人形博物館へ行った程度ですね。ただ、物語の舞台である元禄時代の古い人形の形というのは、分かりづらい部分がありました。もう少し後の時代になると市松人形のような今に残るリアルな人形が出てくるのですが、元禄期で残っている人形はあまりなくて。ある程度、想像力を働かせた部分もあります。
人形の頭を作る「型抜き」の技法は、桐粉の粘土を型に入れて頭の形を作る技法ですが、岩槻では元禄年間に京都の仏師が伝えたとされています。おりせの時代より少し後になってしまうかもしれません。
ただ、そうした人形の作り方を通じて、この時代の大量消費型の江戸を描きたかったんです。一つ一つ手で作っていては間に合わない。工程を分担しながらたくさん作る、そういう時代への転換期でもあったのではないか、と。そんな雰囲気をおりせの店の中で描いてみたいと思いました。
――江戸の活気を象徴するお祭りのシーンにも、こだわりが詰まっています。
由原:お祭りについては、江戸っぽい感じがするので出したかったんです。人形町付近の祭りである山王祭を登場させました。ただ、神輿の祭りのほうがより江戸っぽいのではないかという思いもあり、欲張って両方描いています。昔、川越に住んでいたことがあって、川越の山車の祭りに何度か行ったことがあるので、その雰囲気は少し分かるんです。神輿の祭りも見たことがありますが、やはり雰囲気が違いますね。
――作中で描かれる山王祭の場面は、大泥棒・熊坂長範が登場する章「たそかれ」で非常に生き生きと描かれており、読者を江戸の喧騒へと連れていきます。そしてこの祭りをきっかけに、おりせと父の弟子・斎助の心の距離が少しずつ近づいていく様子も読みどころの一つです。
由原さんが描く「不思議な世界」
――由原さんのデビュー作『首ざむらい』は、5月8日に文春文庫から『首ざむらい 江戸妖かし綺譚』として発売されました。この作品は、若侍が浮かぶ首だけを供に旅をするという、やはり不思議な設定の物語です。こうしたファンタジーの要素がある小説を好んで描くのはなぜでしょうか。
由原:実は、読むのは硬い歴史小説のほうが好きなんです。司馬遼太郎さんや吉川英治さん、井上靖さんなどを読んでいました。こんな小説が書けたらいいなと思っていたのですが、いざ自分で歴史小説を書こうとすると、どうも筆が乗らない。何か“これじゃない感”があるんです。
私の場合は、小説を読んだときに楽しんでもらいたいな、という気持ちが強いんです。それに、江戸時代のことは誰も実際に見ていないわけですから、書けばどうしてもファンタジーになる。だったら、いっそ思いっきりファンタジーにしたほうが潔いかな、と。
それに資料の中にも「庭石が動いた」とか「狐が憑いた」とあって、昔の人はそういうことを本当に信じていたんですよね。
50代で掴んだ作家への道
――由原さんは50代前半から作家を志し、現在も福井県で蕎麦屋さんを営みながら執筆を続ける兼業作家です。改めて、作家を目指した経緯を教えていただけますか。
由原:作家になりたいという気持ちは、20歳ぐらいの頃からありました。歴史が好きだったので歴史小説を書きたいと思いましたが、当時は司馬遼太郎さんなどがご健在で、「こんなすごいものは書けない」と。
小説を書くには細かい部分の知識が必要ですが、当時はそれを調べるのが本当に大変でした。身近な図書館に行っても関連書籍がなかったりして、資料が集まらないんです。
インターネットがだいぶ進んで、資料集めが非常に楽になりました。国会図書館のデジタルコレクションなども見られるようになって、これなら私でも書けるかもしれない、と思ったのが50代の頃でした。スマホやタブレットが身近になったのがそのくらいだったんです。インターネットがなければ、資料集めは無理でしたね。
――しかし、蕎麦屋を営みながらの執筆活動は、時間の確保にご苦労されるのではありませんか。
由原:お店には朝の10時から夜の11時過ぎまでいます。休みは基本的に週に1日だけ。仕事の合間の休憩時間や、お客さんが少ない夜に席の一つを使って書いているのですが、なかなか集中できないという申し訳なさがあります。もっと集中すれば、もっといいものが書けるんじゃないか、という心苦しさは常にありますね。
おりせの未来
――物語のラストで、おりせはある大きな決断を下します。その結末は、執筆当初から決まっていたのでしょうか。
由原:ラストは最後まで迷っていました。物語を考えるとき、主人公の人生を物語が終わった後まで、だーっと考えてしまうんです。どの時点で切ると一番収まりがいいのかな、と。物事を成し遂げて完成させてしまうよりも、その途中であがいているときが一番充実している。そのへんで終わるのが読み応えがあるかなと思いました。
自分自身の中にあった気付かずにいた部分に気付き、一つ大人になる。漠然としていた希望が具体的な形に変わり、それを持って再び歩み出そうとする。そんな娘の後ろ姿を見送る形で、筆を置きました。
――では、物語のその先、おりせはどのような人生を歩むのでしょうか。少しだけ、由原さんの頭の中を教えてください。
由原:やっぱり結婚していてほしいですね。そして娘が1人いて。その娘の名前も考えてあって、「おとせ」といいます。そのおとせが、この家の女の血筋にある「人形の声を聞く」という能力を引き継ぐかどうか……。
清太郎のほうにも子どもができて…、なんてことも考えたり。こういう想像はどんどん広がって、切れなくなってしまうんですが。
読者へのメッセージと、隠された「クイズ」
――最後に、これから『おりせ人形帖』を手に取る読者へ、由原さんからメッセージをいただけますでしょうか。
由原:江戸時代と呼ばれる時代は260年ぐらいありますが、この物語はそのうちの元禄初期を舞台としています。私の描いた元禄の江戸に、どうぞ遊びに来てください。
そして、ここでクイズです。少しでも読者の皆さんに楽しんでいただこうと、ちょっとした仕込みをしてあります。
『おりせ人形帖』の中の蝉丸は、ある特徴的な話し方をします。その特徴とは何でしょう。
ヒントは二つ。一つ目は「蝉丸は清々しく、濁りのない人物です」。
二つ目は「百人一首の中で、蝉丸の“これやこの”の歌だけが、唯一、あるものがありません」。

クイズの答えも探しながら、楽しんで読んでいただければ嬉しいです。









