2019年にオール讀物新人賞を受賞した「首侍」(書籍化の際に改題)を収めたデビュー作品集が、ついに文庫になりました。一度読んだら忘れられない、ふわふわ浮遊する生首との珍道中。怪異あり人情ありの傑作作品集について、著者・由原かのんさんに執筆当時を振り返りつつ、語っていただきました。
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――単行本『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』が刊行されたのは、2022年でした。それから4年の歳月を経て、久しぶりにデビュー作品集を見直す作業をされたわけですが、ご自身で感じたことがあれば教えてください。
由原 学生時代に戻って、古い友人に会えたようで、懐かしかったです。書きながら、当時想像していた旅の風景を、また思い出しながら作業していましたね。
新人賞に応募する人たちは、いろいろな賞に作品を出すようですが、私は「オール讀物新人賞」にだけ絞って、応募していたんです。1年かけて1作を書く――それだけ、作品に対する思い入れも強いです。
〈あらすじ〉
叔父を訪ねて江戸から大坂へ向かった池山小平太の前に、突如空飛ぶ生首が! この生首、名を斎之助といい、武士として功名を立てたがったかと思えば、縋る目で酒をねだる。いつしか二人は大坂夏の陣のただ中に――。風変りすぎる友情と若者の成長を描き、選考委員から「全編にわたって楽しい」と評されたオール讀物新人賞受賞作。
子供のころに読んだ物語がトラウマに
――主人公の池山小平太が生首とともに旅をする、というかなり風変わりな設定は、どのように生れましたか。
由原 まず、どの道で「首」と遭遇させるか、ということを考えました。東海道や中山道のようなメジャーな通りに首が飛んでいたら、ちょっと変ですよね(笑)。街道から外れた人里離れたところで、しかも小平太が一人のときでなければいけない。そこで、初めての人には分かりにくいという伊勢西街道を歩かせ、山の中の勝地峠という誰もいない場所で「首」、斎之助(ときのすけ)と出会うことにしました。
――「空飛ぶ生首」って聞くと、正直ギョッとします。読み進めると、とてもチャーミングで愛嬌のある「首」とわかるのですが……。
由原 はい、よく言われます。「ホラーは苦手で」とか「生首が出てくるところが怖い」とか。ただ自分としては、怖いものを書いたつもりはないんです。
子供のころ読んでいた児童文学のほうが、容赦なかったですね。今でも覚えているのが、親が買ってくれた外国の怖い話を集めた本で、荒野を歩いていると生首が飛んできて肩に噛み付く……。おそろしい挿絵まで入っていて、それがずっと自分のトラウマになっていました。大人になってからも、一人で夜道を歩くのが怖いし、ダンナのバイク用ヘルメットが暗がりに置いてあっただけで、挿絵を思い出して怯えてしまう(笑)。
だったら克服しなければ、ということで、この作品を考えたところはあります。飛んでくるのが、お茶目な首だったらどうだろう、と。
――読者の方にはぜひ、「首」登場場面でやめてしまわないで、楽しく読み進めてほしいですね。単行本刊行後、読者からはほかにどのような感想がありましたか。
由原 褒め言葉も批判もありましたが、「面白かった」という感想がいちばん嬉しかったです。私は、感動よりも笑ってもらえるものを書きたい、と思っているので。
小平太と斎之助の絵を描いてくれた方、お芝居にするなら役者は誰それでとキャスティングする方もいらっしゃいました。物語以上に、想像を膨らませて読んでいただけたら嬉しいです。
――もしお芝居になったら、斎之助がかちかち音を鳴らしたり、首の断面から酒をすーっと美味しそうに吸い上げる場面を、見てみたいです!
由原かのん(よしはら・かのん)
1960年生まれ。福井県在住。2019年、第99回オール讀物新人賞を「首侍」で受賞。22年『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』で単行本デビュー(文庫化にあたり、サブタイトルを改題)。ほかの著作に『ねこまた 狸穴素浪人始末』がある。近著は『おりせ人形帖』(5月13日発売)。
「怪異」はこの世にあってほしいもの
――大矢博子さんの「文庫解説」にもありましたが、「首ざむらい」と、同時収録されている3編(「よもぎの心」「孤蝶の夢」「ねこまた」)には、「過去を乗り越える」という共通のテーマがあります。以前のインタビューで、由原さんは「困難を抱えて生きていくことに求めるものがある」とおっしゃっていましたね。なぜあえて、そういう部分を書かれるのでしょうか。
由原 自分自身、かつて生きづらさを感じていたことがありました。世の中と反りが合わないというか、居心地が悪かった。だからそういう気持ちを持っている人を主人公にもってきて、抱えている孤独や困難を書いてしまいますね。
それが年を重ねていくと、それまでの価値観がポンッと変換する瞬間があるんです。どういう瞬間かというと、自分のなかにある嫌な部分や弱さと向き合えたとき。普段は、自分の嫌な部分は、無意識のうちに見まいとするでしょう。でも、だからといって仏のように悟ってしまうかというと、人間そうもいかなくて、また次の困難や生きづらさがやってくる――。
私は長い間、作家を目指してきましたけど、人生の本当の目的は、悔いなく生ききった達成感を得て、未練なくこの世から消えること。自分のなかにあるものしか、自分は書けないし、書くことに対してはずっと正直でありたい、と思いますね。
――由原さんにとって、ずばり「怪異」とは何ですか。
由原 人の心を正すために、この世にあってほしいもの、ですね。「よもぎの心」でも書きましたが、河童のような恐ろしいものがいてくれないと、懲らしめられない小悪人って、いるでしょう? 怪異がなければ自分の手を汚して、仕返しをしないと気が収まらなくなる。
私、子どものころから独り言が多かったんです。『おりせ人形帖』で主人公のおりせが人形の声を聞いて会話をするように、私もずっと人形と話していたみたいで(笑)。そうやっていろいろなことを、自分で解決していたんでしょうね。
超人的なもの、「妖かし」って、ホッとする神秘的なもの。人が人らしく生きるのに必要な存在だと思います。
――今回、文庫で初めて手にとる読者に向けて、ぜひメッセージをお願いします。
由原 文庫になったら読んでみたいと思っていらした皆さま、大変お待たせしました。
正直言って、「首ざむらい」はとんでもない話で、この由原という物書きはふざけた奴だと呆れられるかもしれないけれど、それも覚悟のうえで書きました。
本文のなかで、「分かち合う者のない思い出は、夢まぼろしと変わりませぬ」という言葉が出てきます。これはその通りなのだけど、その逆も言える。夢まぼろしであっても、分かち合う者があれば真実となる。この物語も読んで下さった方々のなかで生き続ければ、もう夢でも幻でもありません。
本を開けばいつでも会える、物語のなかの人々がそんな心の友になってくれたら、書き手としてはとても幸せです。








