「とにかく全編にわたって楽しい」と選考委員の方々を唸らせた第99回オール讀物新人賞受賞作がついに文庫化!

 由原かのん著『首ざむらい 江戸妖かし綺譚』に収められた書評家・大矢博子さんによる「解説」を、全文掲載します。

 表題作、そしてバラエティに富む同時収録作「よもぎの心」「孤蝶の夢」「ねこまた」に共通するテーマとは? 最新作『おりせ人形帖』につながる、由原ワールドの魅力とは?

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 いきなり別の作品の話から始めて恐縮だが、この著者の三作目になる『おりせ人形帖』(文藝春秋)がいい。人形の声を聞けるおりせが、その人形に込められた人の念と向き合う連作短編集だ。家族の情愛あり、思いを断ち切る切なさあり、職人の矜持(きょうじ)あり、人の世の悲しみあり。加えて、怪異譚としても時代ミステリとしても読ませる。

 読み進むうちに「あっ」と思ったことがあるのだが、それは後述するとして、一編ごとに趣向を変えたその手管に感心した。だがそういえば手数の多さはデビュー単行本から発揮されていたのだ。というわけで、『首ざむらい』である。

 第九十九回オール讀物新人賞を受賞した短編「首侍」(書籍化の際に改題)を収めた、著者のデビュー短編集だ。収録されている四つの短編はいずれも怪異を扱ったものだがそれぞれ方向性が異なり、当初からその引き出しの多さを見せつけている。

文庫版の装画を手掛けたのは、イラストレーターの三木謙次さん。

まったく恐ろしくない生首

 まず受賞作の「首ざむらい」から行こう。

 関ヶ原の合戦後に父を失った池山小平太は、母と一緒に江戸の親戚が営む湯屋に身を寄せていた。大坂冬の陣が終わって三ヶ月が経った慶長二十年(一六一五)の春、豊臣方に召し抱えて貰うと前年の夏に江戸を立った亡父の弟・左太夫がいまだ戻ってこない。母は小平太に、大坂に行って叔父を連れ戻してくるよう命じる。

 ところがその道中でいきなり小平太の前に現れたのは、なんと空飛ぶ巨大な生首! その生首は小平太の前でのたうつように転がると、次第に小さくなっていく。そこに現れたのはまだ前髪のある少年の顔だった。しかも大粒の涙を流し……。

 一般に生首が飛ぶといえば飛頭蛮(ひとうばん)やろくろ首(首が伸びるタイプと首から上だけ体から分離して飛ぶタイプがある)など、恐ろしいものとして描かれる。ところが本書の生首はちょっと違う。

 成り行きで大坂までこの生首を連れていくことになった小平太。あるきっかけで意思の疎通ができるようになり、名前は斎之助(ときのすけ)だとわかったのだが、これがもう、図々しいやら可愛いやら。武士として功名を立てることにこだわるかと思えば酒を飲みたがる。頭部だけなので飲んだ酒は首の断面からこぼれてしまうのだが、こぼれて盆に溜まった酒をその断面から吸うのだ。なんだその飲み方は。結局その酒はどこに行くんだよ。

 小平太と斎之助のコミカルな会話に笑いながらさくさく読める。こんな生首ならうちにもひとつほしいぞ。楽しい楽しい。

 だがそれが著者の手だ。楽しみながら読んでいくと、いつしか読者は大坂夏の陣の中にいる。統制も何もない、無辜(むこ)の庶民に対する乱暴、狼藉(ろうぜき)、略奪。浪々の身で死んだ父と、武士であることにこだわる叔父を持つ小平太は、その戦で何を思うのか。武士なら戦で功名を立てるべきと言う斎之助は、戦禍の空で何を決意するのか。

 なんと贅沢な物語だろう。一三〇ページ足らずの短編にロードノベルの醍醐味と、怪異と、友情と、親子の情愛と、戦の悲惨さと、若者の成長と、笑いと、泣かせどころと、そして清々(すがすが)しいラストに至るまでのすべてが詰まっているのだから。これだけの要素を詰め込みながらうるさくない。むしろそれらがバランスよく配置され、スッキリしているのがすごい。楽に読めるから楽に書いたように見えるかもしれないが、それはそう見せているのである。テクニックがなければできないことだ。

 ふたりが戦場を駆ける場面が本編の白眉(はくび)だ―と思ったらさらに一捻(ひとひね)り。最後に待ち構える最高に幸せなエンディングまでたっぷり堪能していただきたい。

著者・由原かのんさんのインタビューは、こちらで読めます。撮影・文藝春秋写真部

収録された四編の共通点とは

 テーマはあとに回すとして、他の収録作を見ていこう。楽しくて、笑えて、泣ける―なるほどそういう話を書く人なのだなと思って次の「よもぎの心」を読むと驚くことになる。こちらは河童(かっぱ)に殺された(かもしれない)男の話である。展開も結末もダークで、胸にずしんと来る一編。

「孤蝶の夢」は「オール讀物」に掲載された「スガリ」と「孤蝶の夢」を一編にまとめて再構成した短編だ。虐待に耐えかねて逃げ出した少年・梛丸(なぎまる)が、医術を修めた尼と山の猟師によって再生へと導かれる。捻りの効いたミステリ的な趣向も物語のテーマを深めている。梛丸が猟師から習うさまざまな技能も読みどころ。

 掉尾(とうび)を飾る「ねこまた」では荒物屋の用心棒に雇われた浪人・又四郎が、“かちん”という名の黒猫を可愛がる娘とその猫を嫌う店主の板挟みになる。どうやらかちんが化け猫になりかかっているらしいのだが……。こちらは人情ものの風合いが強く、市井(しせい)の人々の描写がいきいきとしているのがいい。

 それぞれ雰囲気が異なり、それだけで引き出しの多さがわかろうというものだが、この四編には共通点がある。ひとつは怪異の存在。そしてもうひとつは「過去を乗り越える」というテーマだ。

「首ざむらい」の小平太が置かれた、武士の血筋という環境。さらに旅立つ前に母に告げられた衝撃的なできごともあり、小平太は自分が何者かという足場が揺らいでいた。「孤蝶の夢」も「ねこまた」も、血筋は武士なのにそこからはずれてしまった者の物語だ。「よもぎの心」には、医者になるよう育てられたのにはしごをはずされた少年が登場する。

 本来の自分とは何なのか。自分が()って立つべきところはどこなのか。それぞれ作風も、その方法も、そして結末も異なるが、いずれも過去のこだわりと決別するまでの足掻(あが)きと、それを超えて前に進もうとする姿が描かれているのである。

 そんな彼らを助け、後押しするのが怪異なのだ(「よもぎの心」だけは少し方向性が異なるが)。小平太が生首との友情の果てに得たもの、梛丸が前を向くために必要だった離別、又四郎が過去を整理するきっかけとなった不可思議な冒険。彼らが向き合ったのは怪異そのものではなく、怪異を通して浮かび上がる自分の姿だ。

雰囲気の異なる四つの物語を楽しめる。

引き出しの多い作家

 本書の怪異は怖くない。本当に怖いのは知りたくなかった自分の卑小さだったり、何もできない弱さだったりを認めることなのである。著者の描く怪異は、主人公に寄り添い、背中を押し、運命に立ち向かう勇気をくれる切なくも優しい怪異だ。それが由原かのんの怪異譚なのである。

 さて、冒頭で書いた『おりせ人形帖』で「あっ」と思ったことについて。実は『おりせ人形帖』に、「首ざむらい」の話が出てくるのだ。なるほど、確かに彼の実家の仕事は……ということはこの人との関係は……とにやにやしてしまった。

 さらに、著者の二作目『ねこまた 狸穴素浪人始末(まみあなすろうにんしまつ)』(光文社文庫)は、本書収録の「ねこまた」のその後の話である。又四郎に加え、黒猫かちんも大活躍だ。

 引き出しの多い作家と書いたが、その引き出しはもしかしたら中でつながっているのかもしれない。今後の由原ワールドに期待である。