書評

映画「クイール」ができるまで

文: 崔 洋一 (映画監督)

『盲導犬クイールの一生』 (秋元良平 写真/石黒謙吾 文)

 クランクインする前に犬担当のプロデューサーや助監督たちがいちばん心配していたのは、スケジュールに合わせて子犬たちがそろうのかどうかということでした。なにしろ同じ母親から生まれた白ラブ(ラブラドール)が七頭という絶対条件がありましたから、大変だったと思いますよ。どうしても黒ラブが一頭だけ混じったりして。

 七頭のきょうだいのうち、実際に使ったのは五頭。二頭はエキストラ犬として待機させていました。少しでも調子が悪ければ差し替えるために。調子が悪くなるというのは病気になるんじゃなくて、すぐ寝ちゃうんです。一瞬起きるけど、十秒くらい目を離していると、もう寝ちゃってるから。

 クイールを演じたのは、関西盲導犬協会で盲導犬としての訓練を受けながら、途中でキャリアチェンジした犬、ラフィーです。

 本当はテレビドラマでもクイールを演じた犬でいく予定だったので、ラフィーは吹き替えとしてドッグトレーナーのところに預けられていたんです。ところが、彼を見たとたん、僕が乗り換えてしまった。

 訓練を受けていますから盲導犬としての歩き方はできるけれど、演技に関してラフィーはまったく未知数でした。トレーナーは、このはしゃぎぶりでは撮影の途中でつぶれるかもしれない、撮影を嫌って現場に近づかない可能性もあると指摘しました。

 でも、僕はラフィーの不安定さのほうを選んだんです。とにかくこの子でいきたいと思っちゃったんですよ。

 撮影に入ると、ラフィーの顔つきがだんだん本物のクイールに似てきたような気がします。このあいだ、ひさしぶりに会ったら、また撮影中とは顔が変わっていました。

 とにかく、ラフィーの演技次第……俳優もそれにあわせるんですから、これほどフィルムを回した映画は、僕としても最初で最後だと思います。

 いちばん苦労したのは、歩行の共同訓練で卒業試験に落ちた渡辺さんとクイールが、他の無事卒業できた人たちの出発式をながめているシーンで、なんと三十六テイクでした。あのワンカットのために四時間かけました。さりげない、家庭犬だったら飼い主に対して自然にするようなしぐさなんですが、それを再現して撮るというのは至難の業なんですよ。

 今回のキャストは、犬の嫌いな人は誰ひとりとして寄せつけるなという基本方針でのぞみました。それが結果的に映像にも表れていると思います。僕自身も、犬は大好きなんですよ。黒柴とビーグルの混血という犬を飼っていたことがあります。よくその犬にバンダナをかぶせ「マッチ売りの少年」にして遊んだりしましたが、そんな体験を今回の映画でも生かしています。犬ってコスプレさせると世にも悲しそうな顔するんですけど、それが可愛くてね。ぜひ、観ていただきたいシーンです。

盲導犬クイールの一生
秋元良平・写真 石黒謙吾・文

定価:本体600円+税 発売日:2005年07月08日

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