23歳で作家デビュー、27歳のときにスウェーデン推理作家アカデミーの最優秀長編賞を史上最年少で受賞。その後、〈ガラスの鍵〉賞はじめ北欧の主だったミステリ賞を総なめ。すぐれた作家でありながら、犯罪学者としても高く評価される。それが今もっとも注目すべきスウェーデンのミステリ作家、クリストフェル・カールソンです。

日本デビュー作となった『暗殺の冬』は、1986年に実際に起きたスウェーデン首相オロフ・パルメ暗殺事件の混乱の中、僻地で発生した連続殺人を追う刑事の執念の捜査を描いた警察ミステリです。日本でも、発売されるや忽ち重版、絶賛の書評も相次ぐ話題作となりました。

まだ30代にして、これほど重厚な大作を書きあげてしまうカールソンとは、いったいどのような人物なのか。謎多き天才作家に独占インタビューを敢行しました。

クリストフェル・カールソン
©Thron Ullberg


──『暗殺の冬』が日本でも刊行され、評判を呼んでいます。

クリストフェル・カールソン(以下CC) これまで感じたことのない素晴らしい気分です。非常にスウェーデン的な小さな土地に根ざした私の小説が、地球の反対側にある日本まで届くというのは、あらためて考えると衝撃的ですらあります。スヴェン、ヴィダル、エヴィ、そして他のすべての登場人物たちの物語を日本の読者に伝える機会を得られたのは非常に嬉しく、名誉あることです。

──『暗殺の冬』は30年あまりにわたる刑事父子の苦闘を、同じ町で生まれ育った小説家が語り手になって語ってゆく小説ですが、この語り手はあなた自身がモデルでしょうか。

CC はい。私自身がかなり投影されています。作中の彼が育った家は私が育った家そのものですし、彼は私と同じバスを使い、彼の両親が住んでいるのは私の両親が住んでいる場所です。いま私はスウェーデンの首都に住んでいますが、彼も首都に住んでいたことがある。30歳になる頃、私はこのままストックホルムで暮らすか、それとも故郷のハッランドに戻ろうかと考えたことがあったんです。だから『暗殺の冬』の語り手は、私の別バージョン──もう一つの世界線の私──なのです。もし犯罪学ではなく文学を勉強していたら? もし私が父親になっていなかったら? 両親の家が売りに出されたときに、その家を買ってハッランドに戻っていたら? もし私が××していたら自分の人生はどうなっていただろう? という可能性を探る手段なのです。

──あなたもハッランドの生まれだったのですね。この土地の風土が『暗殺の冬』の主役と言ってもよさそうです。

CC この小説に書かれたハッランドの土地は、私の経験に基づいています。マルベック、ヴァプヌ、ティアルプ──私のルーツはそこにあるんです。ストックホルムに住んで20年になりますが、ハッランドには150年以上過去にさかのぼる私のルーツがあります。ハッランドの家族経営の農場やコテージや小さな家々といったものに、私のルーツがあるんです。

──スウェーデンの小さな町(スモール・タウン)があなたの原風景なのですね。

CC スモール・タウンというものはそれぞれに異なってはいますが、「小さい」という事実に由来する特異性は共通しています──私たちは先祖から単に姓を受け継ぐだけでなく、「周りが自分をどう見ているか」という認識も受け継ぐ。スモール・タウンの住民は、「小さな歴史」と距離が近いんです。過去のできごとが今も生きていて、すぐそこにあるように感じられる。都会では何事も永続的ではありませんよね。

 お互いがつながっていると感じる反面、自分たちが何かの中心にあると思えることはめったにない。私が生まれたのは住民が去る一方の土地でした。自分たちは誰よりもちっぽけな存在なのだ、大事でない存在なのだ、と思いがちでもある。住民についても「近いけれど遠い」みたいに思っているところがある。

──そんな僻地で起きた連続殺人が、スヴェンとヴィダルという親子二代の刑事を苦しめます。この「父子関係」を描くエピソードがどれも素晴らしいのですが、これはあなた自身のお父様との経験がもとになっているのではありませんか?

CC 短く言うと、「はい」です(笑)。ただ、私と父の関係だけではなく、私と息子の関係も投影されているんです。「父―私―息子」という三角形が、『暗殺の冬』という小説の種子でした。私が父親になったのは2016年のことですが、それを契機に「息子であるとはどういうことか」「父親であるとはどういうことか」「もし両親を理解できなかったとき何が起きるのか」「親として自分がどうあるべきか確信できていなかったらどうなるのか」ということを考えはじめました。この物語はそこからはじまったように思います。そして、ひとたびハッランドについての物語を書きはじめてみると、当初考えていたよりもずっと大きく広い世界が、作品世界に流れ込んできたんです。

『暗殺の冬』(文春文庫)

首相暗殺が暴いたもの

──1986年に起きたスウェーデン首相オロフ・パルメの暗殺事件も本書の重要な要素です。この事件はスウェーデンという国にとって大きな意味を持つようですね。

CC スウェーデンにとってのケネディ暗殺事件と言えばいいでしょうか。この事件はスウェーデンの政治だけでなく、国民の精神、スウェーデンの自己イメージをも変えてしまいました。国家として私たちは何者なのか、国民として私たちは何者なのか。この事件はスウェーデンの表面下に潜んでいた何かを暴いてしまったんです。

──「表面下に潜んでいた何か」とは?

CC それが『暗殺の冬』のテーマのひとつだと私は思っています。スウェーデンという国家と国民にとって、パルメ暗殺事件が持つ意味はあまりに深く、私たちはまだ全体像を把握できていないし、理解できてもいないと思うんです。でも、あらゆる国家的悲劇が、そういうものなのではないでしょうか──そのショックは計り知れないくらい私たちの深いところにまで至っており、「思っていたよりも深くまで及んでいた」としか形容しようがないような。

──パルメとはどのような政治家だったのですか?

CC パルメはさまざまな逆説を抱えたスカンジナビアの政治家でした。平和主義者でありながら武器商人でもあった。上流階級の一員であり、労働者党の議長でもあった。ペール・アルビン・ハンソン首相とターゲ・エルランデル首相の後を継ぎ、スウェーデンを「フォルクヘム(福祉国家としてのスウェーデンを指す概念)」へと導いた。非常に知的で博学、レトリックの達人であり、アメリカやスウェーデン(これ以外にもあるかもしれません)の情報機関とつながる過去も持っていました。特に晩年は、賛否相半ばする人物でしたね。さまざまな点で、パルメは国内よりも国外で政治家として名を上げました。当時スウェーデンにやってきた移民には、「パルメの土地」にたどり着いたことを誇りに思う者が少なくなかったのですよ。

──あなたが生まれたのは暗殺のあった1986年です。暗殺当日の記憶や経験を持たないあなたが、多くの体験者がまだ存命である事件について書くのは、挑戦ではありませんでしたか?

CC ある意味ではそうでした。ですが、同時にそれがプラスにも働いたのです。なぜなら、実際にその場にいて体験した人たちは、「その場にいた」ということによって記憶が曇らされていることもあるからです。私は事件とのあいだに距離があったからこそ、実際には何が起き、その後に何が起こったのか、ということについて俯瞰的な視点を持てたのかもしれません。反面、実際の体験者の目を通じて「あの時代」を描くことは、あの時代の底流や精神のようなものを捉えることのほうに役立ちました。

──その時を生きた人たちの実感ということですね。

CC 私が問いたかったのは、妙な言い方になりますが、「パルメが殺された」という出来事が、いつどうやって「パルメ暗殺事件」になったのか、ということでした。仮にあの事件がすぐに解決されていたら、私たちは今とは違ったかたちで事件を捉えていたでしょう。あの事件が「パルメ暗殺事件」として特異なものになったのは、未解決であるがゆえです。

 別な言い方をすれば、どんな説明であればスウェーデン人を納得させられるのでしょう? あの日、現場のスヴェアヴェーゲンで起きたことについて、どんなふうに記述されれば納得できるでしょう。『暗殺の冬』で私は、「これほどの大事件には、それに見合う大きくて衝撃的な理由が必要だ」というようなことを書きました。スウェーデン人にとって最悪な説明があるとしたら、「孤独な薬物中毒者がたまたま交差点でパルメを見つけ、政治的な動機も何もなく背中に2発撃ち込み、ストックホルムの夜を走り抜けてアパートに戻り、ベッドに入って煙草を吸い、とくに何も考えなかった」というものでしょう。

──犯人に動機はなく、事件がただの人殺しであった、というケースですね。

CC 物事に意味はあるのかという問い、何かを理解することの困難、そしてそれらがうまく行かなかったときに何が起きるのか。それが『暗殺の冬』のテーマです。作中で刑事スヴェンが追求しているのは、まさにそれです。彼は事件に何の意味も見いだせない。ならば、無理やりにでも意味をつくりだすことはできないか、と彼は悩むんです。

『64』は心から大好きな小説なんです

横山秀夫『64』スウェーデン版

──あなたの文学的背景について教えていただけますか?

CC 子供の頃はミステリばかり読んでいましたね。周囲の影響でした。シャーロック・ホームズや〈フェイマス・ファイブ〉シリーズ(イギリスの児童文学)、大人になってからはヘニング・マンケル、ホーカン・ネッセル、リサ・マークルンド、オーケ・エドヴァルドソンといった作家たちの作品。1990年代はスウェーデン・ミステリの黄金時代でした。彼らのおかげで、私は文学の世界へ踏み入ったのです。やがて読書の幅は広がりました。小説という形式で何ができるのかに興味が出て、古典や現代小説を多く読むようになりました。

──スウェーデンや北欧の作家で特に影響を受けたのは誰ですか?

CC ペール・ウーロフ・エンクイスト、ケルスティン・エクマン、クラス・オステルグレン、ヨーラン・トゥンストレム、ヨナス・ハッセン・ケミリ、イェンス・ラピドゥス、トルステン・ヨンソン、シューヴァル&ヴァールーです。

──北欧以外ではどうでしょうか。

CC ハーパー・リー、ブレット・イーストン・エリス、松本清張、フィリップ・ロス、フラナリー・オコナー、ドストエフスキー、デニス・ルヘイン、フリードリヒ・デュレンマット、横山秀夫、ジョン・ル・カレなどなど、たくさんいます。

──『暗殺の冬』を読んで、スチュアート・ウッズの『警察署長』や、いま名前のあがった横山秀夫さんの『64』を連想したという声がありました。

CC 本当ですか! 私は『64』が心から大好きで。とてつもなく巨大な犯罪小説です。あれは凄い。そういえば『クライマーズ・ハイ』も読みたいとずっと思っているのですが、まだ手をつけられていないんですよ。

(PART 2につづく)