〈ドンデン返しの魔術師〉として日本でも絶大な人気を誇るベストセラー作家ジェフリー・ディーヴァーは、新機軸に挑むことを恐れない。最新刊『スパイダー・ゲーム』は、なんとキャリア初の合作作品である。創作のパートナーとなったのは元警察官のイザベラ・マルドナード――警察サスペンス小説の新鋭作家だ。女性捜査官カーメン・サンチェスと大学教授ジェイク・ヘロンのコンビ第1作となる本書は、どんなふうに書かれたのだろう? ディーヴァー本人に話を聞いた。
合作はフィフティ・フィフティで

――合作のパートナーであるイザベラ・マルドナードさんとはどうやって出会ったんですか?
イザベラとは、何年か前に作家の集まるコンファレンスではじめて会ったんです。講演前に楽屋で待機しているときに、「合作しよう」という冗談を話していたんですよ。「赤ん坊のマフィア構成員が出てくる話を書こう」なんて(笑)。
幸いなことにこのアイデアはお蔵入りにしようということになり、合作の話もそれっきりになったんですが、数年後、別のコンファレンスで再会したんですね。そのときには私もイザベラの作品The Cipher(未訳)を読んでいたので、お互いに相手が自分と似たタイプのスリラーを書いていることを認識していました。それで、二人による合作を改めて真剣に考えようということになったんです。
――合作を進める上では、キャリアの長いディーヴァーさんが主導したのでしょうか?
『スパイダー・ゲーム』は完全にイザベラと私がフィフティ・フィフティの作品で、貢献度はまったく同等です。アイデア出し、アイデアの練りこみ、プロットづくり、すべて一緒に行ない、書いていきました。
――具体的にはどんなふうに執筆なさったんでしょう。
まず二人でしっかりしたアウトラインをつくってから、お互い書くべき章を選んで、書き始めたんです――イザベラは主に女性捜査官の視点の章を、私はジェイク・ヘロン視点のパートを書きました。犯人の章については、コイントスのようなことしてランダムに決めていきました。そのあとで原稿の編集や修正を50回くらいはやったでしょうか。イザベラには元警察官の知識と経験があり、私にはスリラー作家としての長いキャリアがある。相性はよかったです。
――衝突するようなこともなかったわけですね。
楽しかったですよ。まず最初に二人で、この作品は「自己顕示欲ゼロ」の場にしようと決めたんです。お互いの文章に手を入れるときには完璧にプロフェッショナルに、原稿に手を入れる際には容赦なくやる、というのが私たちのルールでした――読者にとってベストのかたちになるように。ストーリーを正しいものにすることが私たちのゴールでした。そうなれば、読者は小説の虜になる。読者は私たちにとって神様なんです!
――フィフティ・フィフティとおっしゃった意味がわかりました。
いまでは、どちらがどこを書いたのかわからないです。創作講座や講演などで「物を書くのはしんどいことだ」なんて言うこともあるんですが、実のところ、私は毎日、物を書きたくてたまらないのです。そもそも物語を語ることを楽しめないのであれば、作家なんて職業を選ぶ理由はないわけです。
最大のサスペンスは脳内で起きる
――主人公のひとりヘロン教授が、自分を名探偵ホームズになぞらえて「諮問探偵」だと言いますね。リンカーン・ライム・シリーズでも、ライムと宿敵ウォッチメイカーの関係はホームズとモリアーティ教授を思わせます。あなたは古き良き探偵小説を現代的なスリラーの書き方で甦らせようとしているのではと思うのですが、そういうことは意識しているのでしょうか。
非常にいい質問です! 答えはイエスで、それこそが私の狙いです。昔ながらのヒーローと宿敵の関係を作り出すこと。私の書いているのは「スリラー」というミステリー(crime novel)の1ジャンルですが、それは非常にスピーディーに展開し、読者に「これから何が起きる?」という問いを投げかけるものです。一方、黄金時代の探偵小説は「何が起きたのか?」という問いを投げかけます。過去に起きた犯罪の謎を解くものだからですね。私はこの2つを融合させたいのです。読者はヒーローが大好きですしね。『スパイダー・ゲーム』も、ライム・シリーズとコルター・ショウ・シリーズの最新作も、同じパターンで書かれています。
――一方でサンチェス捜査官はもっとアクティヴなタイプの主人公ですね。サンチェス捜査官は、合作者のマルドナードさんと共通する法執行官というバックグラウンドを持っています。
イザベラは奉職先の警察本部で警部まで昇りつめたはじめてのラテン系の女性です。この作品はミステリーですから、しっかりした――同時にエキサイティングな――犯罪捜査の描写とアクション・シーンが必要です。イザベラの経歴が作品に説得力をもたらしていると思います。
――『スパイダー・ゲーム』にはサイバー犯罪が登場します。これまでもあなたは『青い虚空』『ソウル・コレクター』というサイバー犯罪を扱ったスリラーを書いています。こうした問題に強い関心があるのでしょうか。
『ロードサイド・クロス』や『ネヴァー・ゲーム』などでもインターネットやITにまつわる作品を書いていますが、それは、こうしたものが私たちの社会の重要なパーツであるからです。さらに私たち作家にとっては、読者を怖がらせて、ページを先へ先へとめくらせることができる良い道具でもあるんです。
――ハッカーという存在に特に関心があるのかな、と思っていました。ホームズやエルキュール・ポアロのような知的ヒーローの現代版として。
そういう部分もあります。私たちは以前に比べて、ありがちな殺人鬼やテロリストよりも、賢くて狡猾な悪役に惹かれるようになっていますから。つまるところ「本」というものは、あらゆるレベルで心や感情を動かすものですよね。よくあるカーチェイスや銃撃戦よりも強いサスペンスは、私たちの頭の中で起きるのです。
私の小説には精密な「回路図」がある
――ディーヴァーさんは独自の執筆法でも有名ですね。作中で起きる出来事などを紙に書き込み、壁に貼って、順番を入れ替えながらベストの構成を考えるという。いまもその方法でプロットを練っているんですか?
ええ、ずっとそのシステムで書いていますよ。あらかじめストーリーを計画しておくことが非常に重要だと私は考えています。私が書いているようなスリラーは、非常にスピーディーで、同時に非常に緻密なものなので、「回路図」が必要なんです。
――日本の読者はあなたの作品の「頭脳戦(マインドゲーム)」の要素が大好きなんです。『スパイダー・ゲーム』には、まさに「マインドゲーム」という言葉が出てきましたね。
身体的に読者をひきつけることも重要ですが、知的なレベルで読者をぐっとひきつけたかったんです。そこは私たちが非常にがんばったところです。
――第2作The Grave Artistがアメリカでは出たばかりです。シリーズはまだ続くのでしょうか。
はい、続きます。第1作が好評でしたので、すでに3作目にとりかかっています。もっと詳しく教えることもできるんですが――やめておきましょう。私はサスペンス作家なので、素敵な読者のみなさんを先行きの見えない宙づり状態にしないわけにはいきません(笑)。
――あなたは何人ものユニークな探偵を生み出してきました。どうすれば、それぞれ独自の謎解き能力を持つ名探偵をこんなに考案できるのでしょう。
できるだけ多くの読者を喜ばせる小説を書きたいと思っているからでしょう。つまり、私は面白い小説を書くために、いろいろなタイプの犯罪や対立関係を生み出す。そうなると、それぞれのヴィランを捕らえるための、それぞれに応じたユニークなスキルが必要になります。リンカーン・ライムなら「証拠」。コルター・ショウならリスクの確率分析。ヘロンの場合は「侵害」の危険を検討し、それに応じた判断を下すこと、といった具合に。

読む順番なんて気にしなくていいんですよ!
――近年、イギリスでは黄金時代の探偵小説の要素を取り入れた現代ミステリーが増えてきています。アンソニー・ホロヴィッツやM・W・クレイヴンといった作家たちがその代表ですが、ディーヴァーさんは90年代からこうした作品を書いてきた先駆者です。最近のトレンドをどう見ていらっしゃいますか?
小説のみならず、TVドラマ――最近ではミステリーにとって非常に面白いプラットフォームになっています――でも、同じことが言えます。往年のクラシックな探偵小説が見直されているんです。私が思うに、これは読者が明確な「ヒーロー」を必要としているからではないでしょうか。物語を善と悪との戦いにフォーカスさせ、強力な感情的体験を保証し、究極的には気持ちを高揚させてくれることを読者に保証する。好感の持てるキャラクターや自分を守ってくれるヒーローと時間をすごすことは誰だって好きなものですし、一方でジェットコースターのような山あり谷ありの物語も大好きなわけですから。
――日本で一番人気なのはリンカーン・ライム・シリーズで、シリーズは最新巻『ウォッチメイカーの罠』で16作を数えます。ただ、日本の読者はまじめなので、これから入門しようとする読者は第1作『ボーン・コレクター』から順番どおりに読まないといけないと思いがちなんです。途中の『ウォッチメイカー』とか『真夜中の密室』から読んでも支障なさそうですが。
読む順番なんて気にしなくていいんですよ! もちろん、シリーズの基礎を築いた『ボーン・コレクター』は最初に読むのにいい作品ですが、どの作品にも必要十分なキャラ説明がありますし、ストーリーの展開も単体で楽しめるように気をつけて書いています。なんならシリーズを完全に逆順で読んでも大丈夫ですよ!
――安心しました(笑)。では『スパイダー・ゲーム』をこれから読もうという日本の読者にメッセージをお願いします。
イザベラも私も、読者の皆さんが時間や努力を私たちの作品に投資してくださっていることをとてもありがたく思っています! 私たちの頭のなかには皆さんが常にいて、『スパイダー・ゲーム』も、いわば皆さんとともに書いた小説です。
物語は非常に短い時間に展開し、ドンデン返しも満載、結末にはサプライズを3つ仕掛けました。私たちはすごく楽しんでこれを書いたので、ファンの皆さんも楽しんでくださると確信しています! 日本のファンの皆さんは作品に対して誠実で献身的です。わたしの作品が日本で刊行されることを、いつもうれしく思っています。
ドーモ・アリガトー・ゴザイマス!
ジェフリー・ディーヴァー
シカゴ生まれ。科学捜査の天才リンカーン・ライム・シリーズ『ボーン・コレクター』『ウォッチメイカー』などで世界的な人気を博す現代屈指の技巧派ミステリー作家。
イザベラ・マルドナード
警察で20年以上のキャリアを積んだのち、作家に。女性捜査官を主人公とするサスペンスを多数発表している。『スパイダー・ゲーム』はディーヴァーとの合作第1作。