第175回直木賞を受賞した小説家・朝倉かすみさんの時代小説『けんぐゎい』。江戸を舞台に“世間並み”の外側に弾き出された、女たちの生と連帯を描いた本作は、選考委員から驚嘆の言葉が次々に寄せられたという。受賞翌日の興奮冷めやらぬ朝倉さんに、本作の誕生秘話から次回作の構想まで、たっぷりと語ってもらった。
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サイゼの前で号泣した、候補の電話を受けた日
――直木賞受賞の報せを受けたときのことを聞かせてください。
朝倉:すごく有名で歴史のある賞をもらえるというのが、まずものすごく驚いたし、うれしかったですね。でも、実は『けんぐゎい』を候補に選んでもらったとき、驚きと喜びで思わず泣いてしまっていて……サイゼリヤで友達と待ち合わせしていて、その前で電話をもらったのですが、お店に入ってからももうずっと泣いていたんです。「誰かが死んだの?」っていう感じぐらいに泣きに泣いて。あのときのピーク感がすごかったので、その後は受賞までずっとボーっとしている感じでした(笑)。
――『平場の月』で山本周五郎賞を受賞されたときとは、感触が違いましたか。
朝倉:全然違いますね。今回はこんなに好きなように書いても、選考してもらえるんだっていうのが、やっぱりすごくうれしかったです。『けんぐゎい』はぐちゃぐちゃっというか、形式的に何かちょっと普通の時代小説と違うところがあったと思うんですけど、自分ではどうしようもなくて、あのように書くしかなかった。それでも直木賞に選んでもらえたのは本当にありがたいですね。
自分では「藤沢周平みたいなものを書くだろう」と……
――今回は初めて時代小説に挑まれましたが、そもそものきっかけは?
朝倉:児童文学作家のエーリッヒ・ケストナーの『ふたりのロッテ』が好きで、これは別々のところで暮らしていた双子がばったり出会い、それからさまざまな出来事を巻き起こす話です。自分の中にはとにかく双子の話を書きたい、というのがまずありました。
それから、捨て子というものに関心がもともとありました。現代だと手続き的にいろいろ難しいんですけど、捨て子を養うだけではなく、たとえば、お乳が出ない母親が別の母親から乳をもらうことも含めて、共同で子供を育てる感覚が江戸時代のほうが強いという印象を、資料などを読んで感じていたことも大きかったです。時代小説をやるなら、そういうものが出てくるのがいいだろう、と。
デビューした頃から時代小説は書きたいと言っていましたし、藤沢周平さんの作品が好きなので、書く前までは自分の時代小説も「藤沢作品に似ちゃうんだろうなぁ」と思っていたんですよ。ところが、「双子」「捨て子」「見世物小屋」といったキーワードを、担当編集さんに伝えたところ、「藤沢周平に双子に捨て子や見世物って? まったく想像がつかなかった」と今でも言われています(笑)。
――それが、まさか直木賞受賞作品になるとは……。
朝倉:ほんとに(笑)。でも、ストーリーラインはびっくりするくらい最初から、はっきりと見えていたんです。あとは書き方だけという状態でした。ただ、『けんぐゎい』の執筆中は、すごく作品に入り込んでしまって、きちきちに理論詰めで固めていくのではなく、書き方が、自ずともっと緩みのある絡みつき方をしていった感じですね。
『OUT』と『けんぐゎい』の共通するもの
――作中で主人公のふゆが、女性たちのための病院「ガストホイス」を作り上げるくだりは圧巻でした。あの構想はどこから?
朝倉:資料を読んでいるうちに、普通に怒りが込み上げてくるんですよ。武家の奥さんというのは、産んだら子供は乳母に育てられて、またすぐ妊娠できるから、次々と生ませられるわけです。そういうことへの怒りもあり、自分が産みたければ産み、育てられなければ子の欲しい親を見つけてやれる、という場所を江戸に作ることは、この小説を書こうと思ってからずっと考えていました。
実際、江戸時代は亡くなる子供も多いので、人口が増えない期間があり、社会全体で子どもを育てるという機運が高まった時期があったようです。捨て子でもなんでも、育てたらお金をもらえるっていう制度もありました。粉ミルクとかもないから、お乳の貸し借りとか、そういう結構すぐれた助け合いのシステムが実際あって、独身の男性でも養子をとって親になれたりもしたようです。
――タイトルの「けんぐゎい」は、どういう意味を持っているのでしょう。
朝倉:「けんぐゎい」というのは、世間並みではない人間、圏外の者を指します。全身にひどい痘痕があるふゆだけではなく、器量よしだけど逆上せ癖のある妹のりよも、ふゆの朋輩で男より腕力があるつるも、禍々しい性癖でふゆを手籠めにした宗三郎も、この小説に出てくる皆は悉く圏外を彷徨っています。
これは、桐野夏生さんの名作『OUT』からの影響です。『OUT』を読んでいるあいだずっと、OUTという言葉の持つさまざまな意味がわたしの中を飛び回りました。すごーく単純に言うと、外(に出る)と(道を)外すという感覚がせめぎ合い、もうなんか大変だったんです。それからハンガリーの寒村で起きた、エンジェルメーカー事件(第一次世界大戦中、助産婦が家庭問題に苦しむ女性たちにヒ素を提供し、計画的殺人が次々に起こった)にも関心がずっとあって、この事件もストーリーラインに影響しました。
落語や講談から耳に馴染んだ江戸の言葉
――全場面を通じて江戸言葉が非常に生き生きとしていますね。
朝倉:私は落語とか講談とか、学生のころから大好きで、夜寝る前にテレビから録音したものをカセットテープに入れて、繰り返し、繰り返し聞いていたんです。若い女性の趣味としては、どうなのかと思いますよね。そのカセットのラベルには、自分でシールを貼って可愛らしくしたりもして(笑)。
志ん朝が好きで、あと抜群におもしろかったのが枝雀。二ツ目のころの小朝もよく聴きました。当時人気だったミュージシャンを主人公にした講談とかもあって、それを聴くのもうれしくて……ああいった調子のよさが、江戸の言葉を書くうえで土台になったと思います。改めて2、3年前から江戸の言葉について本も読んだんですけど、それはもう耳に馴染んでいる。辞書を読んだらまた違う知らないものがいっぱい出てきたりもして、それはそれで楽しかったですね。
――江戸という時代を学ぶための資料集めには、苦労があったのではないでしょうか。
朝倉:連載の前に古文書の講座に5、6年通って。一次史料を読みたくて通ったんですけど、全然覚えられませんでした(笑)。でも、その講座のテキストの豆知識みたいなものから、江戸時代のことをいろいろ教えてもらって、興味があるところはさらに別の本を読んだりしていました。
『けんぐゎい』の巻末に参考文献をたくさん載せたのも、私が時代小説を書くときに、ほかの作家の方がどんな資料を参考にして書いているのか興味があったからです。小説を読んで参考文献を読んで、「あ、こうやってやるんだ」って勉強したので。もしかしたら、同じように思う人がいたらと考えて、なるべくたくさん参考文献を入れたんです。
キャリアの中でも間違いなくいちばん大変でした!
――構成面でも大きな作業があったと聞いています。
朝倉:もともと連載の時は、ラストシーンから書きはじめているんです。若い女がひとり死んでいて、双子がいて、その死んだ女を乗せて駕籠が出ていく――単行本化にあたっては、冒頭が最後のシーンになると、主人公のふゆが辿ってきた道がわかりにくいので、全体的に時系列順に書き直しました。
その作業は本当に大変で、本来であればじっくり改稿するのがいいんですが、私が占いの本で「4月が(運勢)いい」って見ちゃったんです。しかも、担当編集さんまで4月の運勢が良かったから、「じゃあ、絶対に4月に本を出すんだ!」となってしまい(笑)。そのために、ゲラになってからの段階で章を移動したり、そうなると初出のルビをふる位置も替わったりで、ちょっと怖いくらいでした。キャリアの中でどのくらい大変だったか聞かれたら、間違いなくいちばん大変でした!
――今後の作品の構想を教えてください。
朝倉:次は、『よむよむかたる』にも登場した、看取りの人、死に伴走する人の物語を書きたいんです。「デスドゥーラ」という、死を控えた人とその家族に寄り添い、心理的・精神的なサポートやケアを行なう専門家がいるんですよ。その世界観を描いた現代もので「この秋からはじめるよ」って言っているんですけど(笑)。
『けんぐゎい』の続きとなる双子の話ももちろん書きます。本作で別々のところに捨てられて、そこで引き取られてというあの2人が、ふたたび会う物語の構想もあります。それは早速その次に書きたいですね。で、その次はまだ決めていないですが、まだまだ書きたいことはたくさん湧きあがってくる気がしています。
朝倉かすみ(あさくら・かすみ)
1960年北海道小樽市生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞を、04年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞。05年、両作品を収録した『肝、焼ける』でデビュー。09年『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。19年『平場の月』で第32回山本周五郎賞を受賞。2026年『けんぐゎい』で第175回直木賞三十五賞受賞。ほかの著書に『ほかに誰がいる』『てらさふ』『にぎやかな落日』『よむよむかたる』など多数









