私が警視庁の暴力団担当刑事から連絡を受けたのは、東日本大震災から数日後のことだった。
「いま被災地にヤクザが入り始めている。炊き出しや義捐金で任心を見せているが、復興で数百倍の利権を手に入れようと動きだすからマスコミもちゃんと見ていろよ」
彼の言うとおり、私が被災地の避難所を取材したときも、右翼団体の車両や、「その筋」と見られるグループを見かけた。彼らは車に食料や生活必需品を大量に積み込んで、避難所を訪ね歩いていたのだ。
「義理人情のウラにはシノギがある。ニワトリと卵みたいなもんで、どっちが先かなんて関係ない」
マル暴担当刑事は「ボランティアが入れない福島の原発周辺の復興がターゲットになる」と、予言した。ただ、大抵の記者は、私のように情報を蓄積して終わる。
「ヤクザと原発 福島第一潜入記」の著者・鈴木智彦は、まさに暴力団の「原発利権」という困難なテーマに、文字通り体を張って挑んだ。
本書の中で、鈴木は、暴力団が、立ち退き交渉や作業員派遣などで、原発の歴史そのものに根を張っていることを丹念な取材で明らかにしている。
彼の取材手法は、組織ジャーナリズムの記者のように、捜査当局の情報を端緒とするものではない。徹底した暴力団関係者への取材を積み重ね、国策の裏に隠れた真実に迫ろうとしている。
暴力団専門ライター一筋の経歴、強面のプロフィール写真からは、取材対象と同化した人物に見えるかもしれないが、取材者としての距離感を見誤っていないことは、本書を読めばわかる。
「どんな暴力団であれ、彼らの存在価値が暴力であるという前提は変わらない。恐怖で他人を支配し、コントロールするのは、暴力派だろうと穏健派だろうと同じだ」
鈴木は、長年の取材源である暴力団をこう定義づけている。
「ヤクザと原発」の切っても切れない関係を証明するため、鈴木は原発協力企業に就職してしまう。ライターであることを隠した潜入取材だ。
福島第一原発が事故後初めて報道陣に公開されたのは、11月半ばのことだ。敷地内はバスの中から1時間、記者クラブ加盟社などに限定され、フリーランスの参加は認められなかった。しかし、鈴木はこの4ヶ月も前に、作業員として現場に立っていたのだ。
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