- 2014.09.16
- 書評
90年代後半のITバブル時代、六本木に等身大の彼らがいた──。
文:成毛 眞 (書評サイトHONZ代表、インスパイア取締役ファウンダー、スルガ銀行社外取締役、早稲田大学ビジネススクール客員教授、元マイクロソフト社長)
『復活祭』 (馳星周 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
シリーズ前作『生誕祭』が刊行されたのが2003年。1980年代後半の不動産バブルの闇に蠢く男と女を主役としたロマン・ノワールだった。本書『復活祭』は、その連中の10年後を描いた新作である。突如として読者の目の前に、90年代後半のITバブルの闇が現れたのである。
95年8月、米国でネットスケープが株式公開したことにより、ITバブルの幕は切っておとされた。このとき創業者のマーク・アンドリーセンは24才。会社創立からわずか1年でIPO(新規株公開)に成功し、同年11月時点で個人資産は5800万ドルに膨れ上がる。まさに錬金術だった。96年に1000ポイント前後だったナスダック総合指数は、00年には5000ポイントを突破した。
米国の株式市場がマネーゲーム化したとはいえ、ネットスケープはブラウザーの先駆者だった。アマゾンの設立は95年、グーグルは98年。ITのバブル真っ盛りに誕生した2社は、いまや米国を代表する企業に成長した。米国のITバブルは清濁混沌のインキュベーターだったのかもしれない。
日本にも少し遅れてITブームが到来した。96年ライブドアの母体となったオン・ザ・エッヂ設立、97年には楽天がサービスを開始した。その陰でIXIや平成電電など怪しげな会社も乱立しはじめた。玉石混交の中、00年3月に文藝春秋が光通信の携帯電話売買における不正を報じたことから、同社株式は20日間連続ストップ安になり、株価は100分の1に暴落。日本のITバブルは極めて短期間ではじけてしまったのだ。
日本のITブームの主役の類型は、ホリエモンに代表されるプログラマー、楽天の三木谷氏のような金融界出身者、そして平成電電の秋山新のような個人投資家たちだった。馳星周の作品の主人公たちは第三の類型に属する。
ところで『生誕祭』の読者は先刻ご承知のように、このシリーズの主役たちは金や組織のために人間であることを捨て去るタイプではない。病的な反社会性はない。どこか生真面目で、愛情を求め、仲間は信頼し、競争を楽しむ。ビジネスマンにとっていわば等身大の人物たちなのだ。この等身性ゆえに、どこかでみたことのある連中だ。
まだMS-DOS版の一太郎が全盛を極めていた80年代、30代になったお祝いに銀座の高級クラブに連れて行かれたことがある。マイクロソフトの平社員だったころだ。正真正銘の地上げ屋とヤクザがショルダーホンをこれみよがしに、この世は我がものと豪遊するのを見ても気分が悪く恐ろしく、六本木のカラオケスナックに戻って飲み直したことを思い出す。
やがて根城としていた六本木も90年代に入るとオシャレな店が増えてきた。いつの間にか椅子は赤い布のスツールから黒い革のソファに変っていた。飲み物は中年のママさんではなく、黒スーツの男が運んでくるようになった。そして、90年代後半、等身大の彼らがやってきたのだった。
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