「命懸けられるっすか?」
「死んでもがたがた言わないと誓約書に書きます。日当はいくらでもいいです」
面接時のやりとりが生々しい。
我が身を危険に晒すことで取材の価値を高めようというのは、取材記者の本能だ。一方で、派遣日が迫ると、鈴木は大量被曝に備えて病院で造血幹細胞を採取し、激務に耐えられるよう体質改善に勤しむ。生命保険にも加入し、最後は教会にも電話する。そこに垣間見えるのは、暴力団取材の修羅場をくぐってきた鈴木の生存への執着だ。
そして遂に、末端の作業員として福島第一に派遣される。足手まといとなった鈴木はベテラン作業員に怒鳴られながら仕事を続ける。しかも孫請け作業員に回ってくるのは、肉体的に厳しい仕事ばかりだ。真夏に全面マスクの重装備、鈴木は熱中症で倒れてしまう。
「俺たちで1F(福島第一原発)を止め、次の世代に日本を渡そう」
カラオケ屋での社長の言葉に、鈴木は「不埒な作業員である私にも、社長や同僚と同じ気持ちが芽生えていた」と打ち明ける。ICレコーダーと、腕時計型カメラを忍ばせた取材者である鈴木自身にも、いつしか使命感が芽生えているのだ。
作業員格差、無理な工程表、不勉強なマスコミ、現場を見ずに正論を振りかざす政治家。鈴木は原発作業員の視点から、数々の矛盾を厳しく指摘している。その筆致は、怒りに満ちている。
被曝線量が限度を超えて、現場からはずされぬよう、線量計をこっそり隠す作業員のエピソードには、いたたまれなくなった。事故直後、「死んでもいい人間」という要請を受けて志願した若者の姿には胸を打たれる。
このほかにも、東京消防庁のハイパーレスキューだけがヒーロー扱いされることを羨む作業員、腰に持病を持ちながら無理に作業する熟練工。鈴木の筆致には、同僚作業員たちへの尊敬と愛情が滲み出ている。それだけに、正体がばれたときの別れのやりとりは、切ないものがあった。
決死の潜入取材は本書の発売とともに物議を醸すだろう。鈴木自身も時折、手法へのうしろめたさを覗かせている。だが、本書がこれまで伝えられることが無かった「末端作業員の実像」「原発に巣食う暴力団の生態」を余すところなく伝えているのは間違いない。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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