- 2016.02.01
- 書評
あの戦争に負けたのは…昔からまともなエネルギー政策がない日本
文:岩瀬 昇 (エネルギーアナリスト)
『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (岩瀬昇 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
第二作のための勉強を開始してしばらくしてから、本郷の東京大学経済学図書館にある蔵書を調べたら、読みたい本がたくさんあることがわかった。太平洋戦争中の石油関連の各種情報を占領軍としてまとめ上げた『日本における戦争と石油:アメリカ合衆国戦略爆撃調査団 石油・化学部報告』であり、戦前日本の石油政策をリードした『日本海軍燃料史』などだ。敵国であるアメリカおよびイギリスの、経済面における戦争遂行能力を分析しまとめ上げた秋丸機関の『英米合作経済抗戦力調査』は同資料室にあり、アーカイブで読むことができることも知った。
このようにして本郷に通う日々が始まった。教授と間違われるのか、すれ違う学生さんから会釈されるのは面映かったが、学生時代に活用しなかった分をも取り返すかのように回数多く使わせていただいた。
読めば読むほど、もっと読みたい文献や資料が出てくる。中には本郷の経済学図書館にも総合図書館にもないものがある。検索して、永田町の国会図書館にあることを発見し、さっそく「登録利用者カード」を入手した。これは満18歳以上なら誰もが作れるものだ。
国会図書館には、ないものはないのでは、と思えるほどの書籍、雑誌、資料が揃っている。
たとえば、北樺太石油立ち上げ時の経営に尽力した中里重次海軍中将の『回顧録』や、満洲における石油探鉱の端緒を開いた新帯国太郎博士の「北満に於ける石油探索の思出」が所収された満洲帝国地質調査所発行の『地質調査所三十一年史』などは、国会図書館のデジタルアーカイブで読むことができる。
さらに必要資料をプリントアウトするには、国会図書館の方が便利なことも発見した。
シールズたちデモ隊が国会周辺を埋め尽くしている間も通い続け、関連資料を読んでいた。
北樺太での石油開発をめぐる物語、人造石油製造に精魂をつぎ込んだ技術者たち、満洲の大地に石油の徴候を求めて歩き回った研究者たち、軍属として日本軍に同行し蘭印の地に乗り込んだ石油企業の関係者たち。これら民間人たちの努力の記録は、公の文書では残っているものが少ない。だが、私家版の手記や戦後の回想録といった形で残されていた。
たとえば日本石油、帝国石油、アラビア石油で石油開発事業に従事した山内肇の『一石油人の想い出』は図書館では見つからず、元アラビア石油の友人から借りて読むことができた。ほぼ同じ経歴を持つ岩松一雄の「戦時南方の石油」は、戦後、防衛研究所戦史部に提出した報告書を、御子息がウエブサイトに掲載することにより日の目をみている。
戦前日本の石油政策をまがりなりにも押し進めていた陸海軍関連の資料は、「国力」を知らしめることになる、ひいては作戦内容に触れるとして、当時でも機密事項として公開されていなかった。また、ほとんどのものが終戦間際に廃棄処分となったため、たとえば蘭印から本土に運びこもうとして米軍に撃沈されたタンカーに積載の石油数量など、肝心の統計数字は不明のままである。
こうした秘密主義が<泥縄式>の石油政策を招くことになったのだ。詳しくはぜひ本書を参照して欲しい。
このようにして目を通した100冊以上の関連書籍、資料から浮かび上がってきたのは、太平洋戦争に突入する前の我が日本には、海軍が海軍のために真剣に燃料問題を考えてはいたが、国家全体としての骨太のエネルギー政策は存在しなかった、という事実である。これは驚きだった。
本書に記したように、軍部、政府関係者、民間人たち、それぞれが全力で石油不足に対応しようとしたが、最初のボタンが掛け違っていたのだろうか、根本的問題解決には繋がらないまま、終戦の日を迎えることになったのだった。
あの戦争が終わって70年が経った。果たして我々はエネルギー問題について真剣に考えるようになったのだろうか。世界はいよいよ混沌としてきている。今、日本に必要なことは何なのか。本書の最後で筆者なりの問題提起をした。ここから先は、みなさんも一緒に考えていただければ幸甚である。
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