父と母を失い、真田家に引き取られた6歳の鈴木小太郎。のちの鈴木右近である。
真田家は嫌いだ。けれど、主君・信幸と稲姫から受けた恩は忘れない。そして、親の仇も忘れない。
鈴木右近忠重は、実在した武士だった。
井原忠政さんが描くのは、そんな右近の若き日。無口な少年が人と出会い、剣を学び、少しずつ大きな男に成長していく。
物語の始まりを、たっぷりどうぞ。
序章 そもそもの始まりは聚楽第
「で、その旨、城番には伝えてあるのかよ?」
「いえいえ。城番はなにも存じませぬ」
豊臣秀吉の問いかけに、真田昌幸が小声で答えた。最前から二人は、人払いをし、息がかかるほどに顔を寄せ合い、熱心に内緒話を続けている。場所は京の都、聚楽第は引見の間、時は天正十七年(一五八九)の春頃だ。
「おみゃあさは相も変わらず、やることに慈悲がねェのう」
「敵を欺くなら、まずは味方からと申しまする」
「それにしても哀れなもんだがね。その城番、譜代の者か?」
「いえ、沼田の地の者にございますれば、然程には……それに、命までは奪いませぬ。後々埋め合わせも致しまする」
「ほうかい。ま、細けェことは、おみゃあさに任せるけどなァ」
「御意ッ」
と、一旦は平伏したが、やがて昌幸は狡猾そうな笑みを浮かべて顔を上げ、秀吉の目を覗き込んだ。
「あんの……太閤殿下?」
「なんや?」
「ことが相成った暁には、沼田領は沼田城を含めて、真田にお下げ渡し頂けるとのことでようございましょうか?」
「ほうだがや。幾度もゆうとるが、北条を攻める大義名分さえ作ってくれればそれでええ。褒美に糸目はつけんさ」
太閤は、手に持った扇子の先で、昌幸の月代の辺りをペチンと叩いた。
秀吉は天正十三年(一五八五)に九州、天正十五年(一五八七)には関東と奥州に惣無事令を発布した。惣無事令――簡単にいえば「私戦禁止令」である。
平和は大いに結構だが、ここで秀吉はハタと困った。戦があれば敗者が出る。敗者の土地を奪い、家来に分け与えることで、秀吉は家臣団の忠誠心を繫ぎ止めてきたのだ。惣無事令で戦が無くなれば、配るべき土地も無くなる道理である。自縄自縛に陥った秀吉が目をつけたのが、関東二百四十万石の北条(後北条)氏だった。北条氏を滅ぼし、接収した二百四十万石をバラ撒けば、しばらくの間は欲深い家来たちも大人しくしていてくれよう。
必要なのは、惣無事令下であっても秀吉が大軍を動かし、小田原城に攻めかかれるだけの大義名分だ。謂わば「合法なる戦」を演出することが肝要なのである。万民が首肯しうるほどの「許しがたい悪徳」を、北条氏には犯して貰わねばならない。
その天下人の悩みに手を挙げたのが、「表裏比興者」と秀吉側から長年嫌われ続けた真田昌幸だったのである。
「万事、抜かりはねェな? ヒヒヒヒ」
「御意ッ、ゲヘヘヘヘ」
と、猿顔の天下人と表裏比興者は、目を見交わして頷き合った。
引見の間を下がった昌幸は、廊下でふと足を止めた。周囲を見回すも、人影はない。
「ああ……主水、勘弁してくれや!」
昌幸が瞑目合掌して呟いた。
「これしかなかったんじゃ。許せ、主水!」
と、自分に言い聞かせるように念じた後、咳払いを一つし、その後は威儀を正し、平然と歩み去った。
峻険な山間を流れ下ってきた利根川と、北西からきた赤谷川が出合う辺り。西岸の河岸段丘が舌のように伸びた先端に、その山城は立っていた。
上野国名胡桃城――三方を山に囲まれ、眺望はいまいちだが、東側だけが月夜野の集落に向け開けており、利根川の流れの彼方には、三峰山の雄大な山塊が鎮まっていた。
城は南西から北東に向かって、丸馬出、三ノ丸、二ノ丸、そして本丸が一列に並んだ連郭式の山城である。左右は深い谷で、切岸なども設えてあり、守るに易く攻めるに難い。
天正十七年(一五八九)七月。豊臣秀吉は、上野国内での北条氏と真田氏の領地にまつわる諍いにつき、裁定を下した。所謂「沼田裁定」である。
沼田城は北条家の、利根川を挟んで対岸の名胡桃城は真田家の持ち城と決まったのだ。しかし、両城の距離は一里(約四キロ)強しか離れていない。天候が許せば、互いに見渡せる。さらに、名胡桃城が沼田城の川上に位置していることも、北条側としては面白くなかった。
「利根川の上流で、毒や糞尿を流されたらなんとする」
「真田の山猿どもが飲んだ水の残りを飲むのは、御免蒙りたい」
と、ほとんど言掛りに近いようなことを含め、名胡桃城の存在をボロクソに言っている。よほど、目障りで仕方がなかったのだろう。
背後の山並みに早々と陽は沈んだが、周囲の森では、まだ夏蟬たちが喧しく鳴き交わしている。本丸の隅矢倉に上り、利根川から吹き来る風に涼めば、束の間蒸し暑さを忘れた。
「小太郎、馬を習うのもよいが、お前、利根川を渡るでないぞ」
月夜野の集落越しに利根川の流れを愛でながら、名胡桃城の城代を務める鈴木主水重則は、腕に抱いた倅の小太郎を戒めた。
「はい、父上」
頷いた小太郎は今年で六歳。蒸し暑い夏の夕、額に玉の汗をかいている。
「川向うは北条領だ。北条家と真田家はあまり上手くいってない。『城代の倅が川を越えて北条領に入った』なぞと因縁をつけられては敵わんからなァ」
「はい、父上」
「ほう、お前には父の言葉が分かるのか?」
「ん、なんとなく」
「ハハハ、よい子じゃ、よい子じゃ。早う大きくなれ」
三十代半ばで授かった嫡男でもあり、主水は小太郎を溺愛していた。
同年十月二十一日、名胡桃城の大手門に真田昌幸の使番が騎馬で駆け込んできた。城代・鈴木主水宛の上田城からの書状を携えているという。
「殿の書状とな? 危急のことか? なにがあった?」
主水は、封緘を解く手ももどかしく、書状をバラと広げ、食い入るように読み始めた。幾度も見ている昌幸の筆跡に間違いない。花押もちゃんと押してある。主君からの正規の書状だ。
「ほう、北条側との交渉につき、内密の話があるそうな。ワシに上田城まで来いとある。他ならぬ殿のお呼び出しだ。明朝、一番に発つぞ。岩櫃城に一泊、さらに山中で一泊し、できれば明々後日のうちに上田に着きたい」
二泊三日の山旅となる。
「では、そのように、従僕たちに申し伝えましょう」
と、妻の志野が打掛の裾を翻そうとするのを主水は手で制した。志野は小太郎の生母でもある。
「おい、誰ぞある?」
「ははッ」
広縁に控える小姓が答えた。
「九兵衛を、ここに呼んでくれ」
「え……」
志野の表情がわずかに曇った。以前から主水も気づいていたが、志野は義弟の中山九兵衛を若干苦手としている。なにがあったか知らないが、男は一旦女から嫌がられると、もうどうにもならないものだ。
ただ、主水にとって九兵衛は、養子に出て姓こそ変ったが、今も信頼できる実弟、仕事上の右腕なのである。正妻と弟の不仲は頭が痛い。九兵衛は槍も剣も達者だが、殊に剣は、真田家中で右に出る者はいない。背が高く、容貌は秀麗、紺糸縅の甲冑を着て悍馬を駆れば、戦場の誰もが手を止め、振り返って眺めるほどの武者振りである。
「では、私はこれで……」
座っていた志野が、わずかに腰を浮かした。
「や、お前もここに居てくれ。ワシが留守の間、お前と九兵衛で名胡桃城を守ってもらわねばならぬ。二人揃ったところで話をしておきたい」
「そ、それは」
志野が顔を伏せた。
「お前、そんなに九兵衛が嫌いか? ハハハ、一体なにがあった?」
主水が鷹揚に笑った。
「いえ、なにも……では、九兵衛殿と一緒にお話を伺いまする」
若く美しい妻が、浮かしかけた腰を床に戻した。
翌朝未明、主水は十名程の城兵と二名の郎党を引き連れ、大手門で志野と小太郎、九兵衛に見送られて名胡桃城を出た。
今は惣無事令の世だが、戦に負けた落武者たちが山中に集い、山賊と化している場合も多い。また、利根川の東は、真田がいがみ合っている北条の土地だ。主水は万が一に備え、全員に甲冑を着せた。名胡桃城から岩櫃城経由で上田に至るのが最短経路だが、それでも二十五里(約百キロ)以上の山道を進まねばならない。甲冑の分、重荷に耐える馬には済まないが、仕方がない。
天正十七年の十月二十二日は、新暦に直せば十一月の二十九日に当たる。もう初冬だ。しかもこの界隈は、上野国から信濃国へかけて赤城山、榛名山、浅間山と名山が連なる高原地帯である。雪こそないが、かなり冷え込む。岩櫃城までは、六里(約二十四キロ)ほどの山旅だ。
「お~い。待ってくれェ」
陽が高く上ったころ、背後から一騎の武者が追いかけてきた。見れば、鈴木家の郎党である。花井という四十絡みの男で、なかなかの知恵者だ。
「殿、一大事にござる」
と、花井は馬から跳び下りるなり、主水の前に片膝をついて控えた。
「中山九兵衛様、御謀反! 現在、沼田城から繰り出した北条の兵が五百ほど、名胡桃城内へ続々と……」
名胡桃城内には兵が三百いる。堅固な山城のこと、五百の敵なら十分に撃退可能なはずだ。
「馬鹿な! あり得ない!」
衝撃のあまり、主水の体はワナワナと震えだした。落馬の恐れがあり、傍らから別の郎党が馬を寄せ、主人の体を支えた。
「このような噓や戯れ言は申しません。まずはお城にお戻りになり、御実見あれ」
「それにしても、なぜ九兵衛が……」
「そこを含めて、まずは名胡桃城へ」
「わ、分かった」
主水は、首を傾げつつも馬首を巡らせた。
馬を駆り、昼前に名胡桃城に戻った主水が見たものは、城内に林立する三つ鱗紋の旗、旗、旗――城は北条に奪われていた。
「門を開けよ」
大手門の矢倉に向かい、主水は馬上から声を張った。
「それがしは、真田安房守が家臣、鈴木主水重則なり。名胡桃城の城代を務めておる。再度命ずる。門を開けよ」
門扉は動かない。代わりに、矢倉上から一人の武将がのぞいた。その顔には見覚えがある。沼田城の城代、猪俣邦憲だ。猪俣は、北条一族の内、北条氏邦に近い。その氏邦は、最も好戦的な武将で、先の秀吉による沼田裁定にも強く反対していたと聞く。
「猪俣殿、これは如何なる仕儀か? なぜ真田家の城に北条家の幟旗が翻っておるのか?」
「鈴木殿、勘違いされては困る。北条は、城内にある謀反の動きを鎮めんがために、真田家からの申し出により、兵を入れたに過ぎぬ」
「城内に謀反とな。その謀反人とは誰か?」
「謀反人はな、鈴木主水殿、貴公にござるよ」
「え……」
馬上で、主水の肩がグイッと怒った。
「ば、馬鹿な! 何故ワシが……猪俣殿では埒が明かん。弟を出してくれ。中山九兵衛と話がしたい」
「中山殿は『兄には会いたくない』『謀反人など知らぬ』と言っておられるぞ」
「や、そんなはずは」
正直者が馬鹿を見るのが、戦国の習いである。好人物の主水にも、ようやく、この奇怪な事件の筋が読めてきた。
(北条勢を名胡桃城に引き入れたのは、九兵衛の奴だ)
言われてみれば、妻の態度からして妙だった。女の直感で、九兵衛の裏切りを嗅ぎ取っていた可能性がある。
(や、むしろ、あの二人は示し合わせて、ワシを陥れたのかも知れん)
主水は今年四十一歳だ。二十三歳の志野とは十八の年齢差がある。若く美男な九兵衛と美しい志野、互いに惹かれ合ったとしても不思議はない。
「殿、殿ッ」
郎党の花井が籠手を摑んで揺すっている。妄想から我に返って、郎党を見た。
「ここはひとまず、岩櫃城にこの仕儀を一報なさるべし」
「そ、そうだな」
「いそげば陽のあるうちに、岩櫃城に着けましょう」
「そ、そうか……そうだな」
主人から預かった城を奪われた。信頼していた弟に裏切られた。そして妻にも疑念が生じている。哀れ鈴木主水――この時点で、すでに心の平衡が失われていた。
第一章 本丸御殿の孤児
一
陽は暮れたが、わずか六歳の鈴木小太郎には、「なにが起こっているのか」理解できていなかった。ただ、大好きな母がずっと泣いているので、「よくないことが起こっている」との認識はあった。大層不安だったが、今は父が不在だ。男の自分が泣いていては「どうにもならない」と子供なりに分別し、必死で涙を堪えていた。
「お、奥方さま……」
年嵩の侍女が広縁に畏まり、志野に声をかけた。陰鬱な声だ。いつもは明るく朗らかな女なのだが、今日に限って表情が強張っている。
「分かりました」
志野はチラと青銅鏡をのぞき、化粧を確認した後、小太郎の前に座った。
「これは母から貴方への手紙です。今は決して読んではいけません。自分で自分が『大人になった』と感じたときに、開いてお読みなさい」
それだけいうと、息子の体をギュウと抱きしめ、その後は立ち上がり、目を合わせることもなく、侍女とともに広縁を歩み去った。
「母上ッ」
広縁にとび出し、力の限り叫んだが、母が振り返ることはなかった。
その後、鈴木家に小太郎の祖父の代から仕える郎党で高橋主計という老武士が、小太郎を連れにきた。
「若様、お城を出ましょう」
「どこへ行くの?」
「真田昌幸公のところへお連れ致しまする」
高橋主計は至極冷静に見えたが、その両眼からはツゥと涙が伝い落ちた。
(爺ィまでが泣いておる。これはもう、いかんのかなァ)
なにがどう「いかん」のか、言葉にすることはできなかったが、昨日までの、父と母と自分がいる愛に満ちた穏かな日々は、もう二度と戻らない。そのことだけは、なんとなく理解した。
身支度を整えた後、主計に手を引かれ、城の南西方向にある三ノ丸を目指した。城内には篝火が焚かれ、槍を持った見知らぬ足軽たちが立番をしている。今や城内に六文銭の幟旗は見えず、代わりに三つ鱗の紋所が満ち満ちていた。
後で知ったことだが、名胡桃城を押さえた猪俣邦憲は、城兵たちに「北条につく気なら召し抱える。真田に戻りたいなら、今すぐ城を出ろ」と選択を迫ったという。三百人いる真田兵の多くは城を出て、残ったのは九兵衛の身内と薄馬鹿、嫌われ者が数名だけであった。
小太郎と主計は、暗い中を歩いて城外へと出た。周囲には多くの男たちが歩いている。真田の陣へと戻る名胡桃城の将兵たちだ。馬にも乗らず、槍も持たずにトボトボと歩いている。馬や武具はすべて北条方に没収されたのだ。
「奥方様は、九兵衛の寝所で自ら喉を突かれたそうな」
大柄な足軽が相棒に囁いた。
「お楽しみの前かい? 後かい?」
小柄な足軽が下卑た声で返した。
「ヘヘ、知らんよ」
「手前ェの間男が裏切者じゃ、生きては……」
「おいッ。慎め」
主計が二人の足軽をたしなめた。暗い中だが、足軽たちにも老人が手を引く子供の正体が伝わり、会話は途切れた。
話の詳細は皆目分からないが「喉を突いた」ということは、母はあれから自刃したのだろうか。足軽たちは明らかに母のことを貶めていた。母は如何なる悪徳を犯したのだろう。小太郎は、懐にしまった母からの手紙を、小袖の上からギュウと握り締め、身の縮む思いでうつむき、暗い中を黙って歩を進めた。
名胡桃城から信州街道を岩櫃城に向けて半里歩いた山中――坂の上に篝火が見え、六文銭の幟旗が数多、夜の闇の中に翻るのが見えてきた。真田昌幸が陣を敷いていたのだ。その中には、見慣れない家紋の幟旗までが交じっている。
(あれは、どこの家紋だろうか? 団子が三つ並んでるぞ)
暗いことではあるし、小太郎には三つ葉葵の紋が団子に見え、団子がたてに三つ並んだ幟旗に見えたのだ。
(俺は、真田と北条と丸に抱き稲の家紋しか知らんからなァ)
丸に抱き稲は、鈴木家の定紋だ。小太郎の家は、紀州熊野・藤白鈴木氏の流れをくむ。藤白鈴木氏の通字は「重」であり、父の諱は重則、小太郎も元服後は忠重と名乗ることになる。
主計に手を引かれて、天幕の中へと入った。
床几に座った四十半ばの武士が、苛ついた様子で小太郎をにらんだ。目が恐い。
主計の慇懃な態度から、よほど高位な武士だと見当をつけた。見れば膝が小刻みに揺れている。所謂、貧乏揺すりだ。
「鈴木小太郎か?」
武士が高橋主計に問うた。濁声だが威厳はある。多少、底意地が悪そうだ。
「御意ッ」
主計が頭を垂れた。小太郎を武士の面前に座らせると、主計は数歩後方へと下がり控えた。
「真田安房守昌幸である」
「お、お初にお目にかかりまする」
小太郎は平伏した。どうやら、父が仕える真田家の当主であるらしい。会うのは初めてのことだ。
「最前、お前の両親は死んだ。別々の場所でだが自刃して果てた。不憫だとは思うが、大人には大人の事情もある。料簡せよ」
「あ……」
不思議と涙は出なかった。むしろ猛烈に腹が立っていた。
(おかしいよ、変だよ!)
父も母も、小太郎の見る限り、優しく慈愛に満ちた常識人である。父は少しお人好しで、母は若干気が強かったが、むしろ、そのことで夫婦仲は安定し、円満だった。寄騎衆からも郎党たちからも、深く慕われていた夫婦だったはずだ。それが足軽からまでも蔑まれ、自ら死を選んだという。大きな不条理を感じた。そして、目の前で貧乏揺すりを繰り返す、尊大で不機嫌な武士は、両親を失ったばかりの幼い自分に「料簡せよ」と命じたのだ。
(嫌な奴だ……こいつに飛びついて、鼻を齧ってやろうか。無礼者ということで俺は斬られるだろうが、そうすれば、あの世で父上と母上に会えるかも知れん)
と、昌幸をにらみつけた刹那――
「御免」
外から濁声がした。天幕をはね上げ、のっそりと姿を現したのは、身の丈が六尺(約百八十センチ)豊かな大男であった。地味だが高価そうな濃紺の毛引き縅の当世具足に、白羅紗の陣羽織を着用している。どうみても、侍大将級のさぞや名のある武士だ。
「あ、茂兵衛殿、この者は、鈴木主水の嫡男で、小太郎と申す」
「な、なるほど」
大男は言葉を飲み込み、困惑した様子でしばらく瞬きを繰り返した。
「小太郎、こちらは徳川家から来援して下さっておられる植田茂兵衛殿じゃ」
「鈴木小太郎にございまする」
と、平伏した。
(俺をにらまないし、貧乏揺すりもしないな)
この茂兵衛とかいう大男の方が、父が仕えた殿様より「よほど話が通じそうだ」と小太郎は感じていた。大男の印象がいいから「殿様の鼻を齧る企み」は少しだけ延期としよう。
「実はな。この子の母親も今し方、喉を突いて身罷ったのよ」
昌幸が小声で淡々と、まるで今年の米の作柄を語るように呟いた。
「……それは」
あまり饒舌な性質ではないのだろう、勧められた床几に腰を下ろしながら、大男は、またもや口籠った。
男が黙ったのを見て、昌幸は小太郎に向き直った。
「死んだ主水の所領三百石、一子鈴木小太郎が跡目を継ぐことを認める。今よりお前が、鈴木家の主じゃ」
「あ、有難き幸せ」
と、小太郎が平伏した。これで、なんとか暮らしていける。殿様は嫌いだが、家禄は有難い。いずれにせよ、鼻を齧るのは止めておくことにした。
その後はしばらく、誰も口を開かなかったが、やがて――
「な、小太郎よ」
昌幸が、とってつけたような笑顔で話しかけた。
「はッ」
「今後は、この真田家がお前の家だ。そう思い為し、親の分まで立派に生きよ」
「ははッ」
「お前を源三郎か源二郎の小姓にしようと思うのだが、どちらに仕えたい? どちらとなら上手くやれそうか?」
「あの……よく分かりません。殿様の仰る通りにします」
源三郎と源二郎は昌幸の倅で、真田家の若様であることは、なんとなく分かった。ただ会ったこともないし、どちらに仕えるべきか分かるはずがない。
「よおゆうた」
ここで昌幸は、傍らで呆然と小太郎を見つめている大男を見た。
「茂兵衛殿、貴公ならこの子を、どちらの倅に仕えさせる?」
「然様ですな」
大男はしばらく考えていたが、やがて――
「されば、源三郎様を推しまする」
「然様か。ワシも同意見じゃ」
昌幸は頷き、小太郎に向き直った。
「お前は今後、小姓として真田源三郎信幸に仕えるのだ。よいな」
「ははッ」
と、小太郎が平伏した。
朝起きた時には、両親の愛に包まれていた。それがわずか半日で、両親は死に、自分は孤児となっている。嗚呼、人生はかくの如し――一寸先は闇だ。泣いていても始まらない。顔を上げ、前を向いて歩くのみ。
二
小太郎は高橋主計に手を引かれ、時には背負われて二十三里(約九十二キロ)を歩き、真田家の居城である上田城へと入った。老人と幼子の二人旅である。さらには上り下りの多い山道だ。小太郎は父母を亡くしたばかりの傷心の身でもある。主計は、健脚なら二日ばかりで歩く距離に四日をかけた。
元々真田氏が盤踞していた小山の麓を歩き、やがて右手の山頂に戸石城が見えてきた。さらに歩くと広々とした上田盆地へと出た。千曲川の河岸段丘上に築かれた上田城までは、ダラダラとした緩い下りが続く。両側は、すでに収穫を終えた田圃だ。
「爺ィ、あれが上田城か?」
主計に手を引かれた小太郎が、集落や疎林の彼方に薄っすらと見える上田城を指さした。
「御意ッ」
「栗の毬みたいなお城だね」
「栗の毬でござるか?」
子供の言葉である。意図が今一つ伝わらない。主計は幾度も見ている上田城の全景を、もう一度眺めてみた。
「あ、なるほどね。そう言われれば毬にも見えまするなァ」
上田城には天守こそないが、本丸を中心に矢倉が十基ほども聳えている。それらが遠くからだと、まるでツンツンと尖った栗の毬のように見えた。つまり、そういうことらしい。
別けても、東に向いた本丸正門の両側に、寺院の山門を守る仁王像のように屹立する二基の矢倉は圧巻だ。本丸に殺到した攻め手は、両矢倉から矢弾の十字砲火を浴びることになる。さぞや往生することだろう。城の象徴として見映えのする天守より、実用性の高い矢倉を数多設える――昌幸の築城思想が如実に表れていた。
「父上は、上田城に来たことがあるのかな?」
小太郎が主計を見上げて訊いた。
「そりゃございますとも」
主計が笑顔で答えた。
「爺ィも幾度かお供をして上田城を訪れておりまする」
小太郎の父は、元は上野国の小領主だった。鈴木氏が真田家に仕えたのは、天正七年(一五七九)の前後である。武田勝頼の命を受けた真田昌幸が、北条領の沼田に調略を仕掛けてきた頃だ。まだ十年かそこらの新参なのである。ただ、上野国の地の者で顔がよく利き、人望があったので昌幸としては重宝し、名胡桃城の城代にも据えていた。
上田城の南側は、千曲川の分流で尼ヶ淵と呼ばれる深く幅の広い止水域に守られていた。眺める分には湖である。尼ヶ淵に接するほぼ垂直に切り立った段丘崖は、高さが四丈(約十二メートル)もあり、南から攻めるのは事実上不可能だ。天守こそないが、本丸はその崖の上にある。所謂、梯郭式と呼ばれる城で、南以外の三方は、深い水堀と二ノ丸が、コの字形に囲んで本丸を防御していた。平城ながら、守りはなかなかに堅そうだ。現に四年前の天正十三年(一五八五)には七千名余の徳川勢を見事に撃退している。所謂、第一次上田合戦だ。
「これは、先の名胡桃城代鈴木主水が嫡男、鈴木小太郎にござる」
土橋を渡った大手門前で、小太郎の手を握ったまま主計が声を張った。
「真田公より御嫡男源三郎様の小姓となるよう仰せつかり、只今まかり越し申した。お城に入れて頂きたい」
陪臣の主計にとって、「殿」は小太郎ただ一人である。真田昌幸は、小太郎にとっては「殿」かも知れないが、主計にとっては「真田公」または「安房守様」なのだ。
「名胡桃の鈴木だと? 聞いておらんな。どこぞの隠密ではないのか?」
矢倉門の上から不愛想な声が降ってきた。
「こんな子供と年寄りで、隠密など務まりませんわい」
「どうだかなァ。怪しいもんだ」
格子窓の隙間からこちらを窺っている気配はあるのだが、顔も見せない。名も名乗らない。無礼である。
「ま、悪しゅう思われるな。人を疑ってかかるのが、我ら門衛の役目でのう」
格子窓の内から、数名の小馬鹿にしたような笑い声が漏れ伝わってきた。小太郎主従をからかっているのは明らかだ。
「爺ィ、どうするの?」
小太郎が郎党を見上げた。
「困りましたなァ。ただ、我らは真田公の命でここへ来ているわけですからな。もう少し爺ィが話してみまする」
「俺、嫌われてるのかな?」
「愚かなことを……そのようなことはござらん。殿は我ら鈴木党の頭領なのですから、胸を張って堂々としていて下され」
「う、うん」
と、言われた通りに小さな胸をグイッと張った。それを見た主計は少し微笑んで、その後はまた格子窓に挑んだ。
「不躾ながら、門衛様のお名前をお聞かせ願いたい。拙者は鈴木家の家臣で高橋主計と申しまする」
「何故、貴公に名乗らねばならぬのか?」
顔のない声が質した。
「城内に入れて頂けないとなれば致し方なし。岩櫃城に行きまする。何故戻ったかと真田公からお𠮟りを受けましょうから、その折には貴方様のお名前を出させて頂きまする」
「………」
結局、小太郎主従は大手門を潜った。内部には枡形が設えてある。かなり広いので、馬出としても使えそうだ。
「ここは二ノ丸にござる。本丸に行くには……」
主計が指示した方、二ノ丸から本丸正門へと向かう道は石畳で緩く上っており、両側が高い築地塀になっていた。
「敵兵が本丸を目指すなら、この道を通らねばなりません。両側の築地塀から弓や鉄砲で攻めれば、敵も意気地を失くすでしょう」
「こんなに近くから撃たれたら、隠れようがないね」
「全滅でしょうなァ」
――恐ろしい城である。
「鈴木小太郎と申しまする」
と、信幸の居室で主計とともに平伏した。
真田源三郎信幸は今年二十四歳。瘦身長軀の美男子だが、やや顔色が悪い。健康面に問題を抱えているのかも知れない。
信幸の隣には、正室の稲姫が座っている。こちらも抜きんでた美貌だが、その切れ長な目は若干厳つい。昨年の四月に上田に嫁してきた彼女は、徳川家康の養女である。実父は徳川家随一の猛将・本多平八郎忠勝で、厳つい目は父親似であるらしい。
「真田源三郎である」
低く落ち着いた声だ。
「よう来たな。仲良くやろう。こちらは我が女房殿の於稲じゃ」
於稲――源三郎は日頃、稲姫をこう呼んでいるらしい。
「奥方様、鈴木小太郎めにございまする」
あらためて郎党とともに平伏した。
「小太郎、お前は気丈なお子ですね」
稲姫が微笑みかけてくれた。笑うと切れ長の目がさらに細くなり、やや目尻が下がり、湾曲した二本の筋にも見えてくる。福々しい笑顔だ。
「御両親に不幸があって日も浅いというのに……安房守様も、酷いことをなさる……」
そう呟いてうつむくと、目頭を指先で拭った。
「これ、於稲……」
源三郎が、稲姫に顔を寄せて囁いた。
「ああ見えて父上も御心を痛めておいでなのだ。書状にも『くれぐれも小太郎を労わってやれ』とあった」
「勿論ですとも……労わってやりますとも」
と、小太郎を見てニッコリと微笑んだ。
(ああ、優しそうなお二人でよかった)
小太郎は内心で胸をなでおろした。名胡桃城外で会った源三郎の父、真田昌幸の印象があまりよくなかったので、その倅である源三郎自身にもあまり期待はしていなかったのだ。いずれにせよ、柔和に微笑んでくれる御夫婦でよかった。
ただ、気になることが別にある。広縁に控える男の子。小太郎より三、四歳年長でぎょろ目、頰が赤い小太りの少年だ。前髪に裃姿だから、おそらくは源三郎の小姓であろう。最前から小太郎のことをずっとにらんでいて、その眼差しが、少年とも思えないなんとも陰険な目つきなのだ。
「お前は、今年六歳だな?」
源三郎が小太郎に質した。
「はい」
「表の仕事はちと荷が重かろう。この部屋に詰めて、ワシや於稲の手伝いをしてくれ。しばらくはそれでよい」
「御意ッ」
と、三度平伏した。
「新之助、お前、よく面倒みてやってくれ」
「御意ッ」
広縁で陰険な目つきの少年が平伏した。
その日から小太郎は頼りの高橋主計と別れ、本丸御殿内の居室に寝起きすることになった。知行三百石に見合う屋敷が二ノ丸内に与えられ、主計と追い追いやってくるであろう他の家臣たちはそこに住む。
役職名は、小小姓である。元服前の少年が務める貴人の雑用係だ。特段の役目はなく、終日源三郎の側に座っていて、時折物を取ってくるとか、伝言を伝えに行くといった簡単な雑務をこなす。また、日に一度、稲姫は庭に出て散策を楽しむのが日課だが、その折に侍女たちに交じってお供をした。数えで六つの小太郎にできるのは、その程度のことしかない。
御殿内で暮らす小姓に従僕はつかないから、寝具の支度から着物の着付けまで、すべて自分一人でこなさねばならない。むしろその方が大変だった。
稲姫が気を遣い、なにくれとなく声をかけてくれたし、侍女たちが手伝ってくれるので、なんとかやっていけている。
問題は同僚の新之助だ。横谷新之助は、今年九歳の小小姓である。岩櫃城がある吾妻が出自であるそうだが、小太郎のことは嫌いなようで、いつも冷たくされていた。両親のことがあり、蔑まれるのには慣れていたが、なにせ毎日同じ部屋に詰め、顔を突き合わせて暮らす三歳年長の相手だ。相当に辛かった。
「おい小太郎」
二人きりで広縁に控えていたとき、新之助が声をかけてきた。
「はい」
どうせまた嫌味を言われるのだろうが、一応は返事をした。
「お前のテテ親は、立ったまま腹を切ったそうだな?」
「………」
「どうなんだ? あれは噓八百か?」
「本当だと思います。爺ィもゆうとりましたから」
そもそも切腹は通常、胡座または端座して行うものだ。
短刀を逆手に持ち、もう一方の手を添え、上半身全体で得物を抱え込むようにして、腹に切っ先を突き立てる。その後は短刀を腹から抜き、喉元に当てがい、上から覆い被さって喉を突き刺し、以て絶命するのだ。下半身は座っているので安定し、体重と勢いを用いて刃物を体内に入れる。恐怖と痛み、膂力の萎えを克服して切腹するには最も合理的な方法だ。
だが、立ったままでの切腹となると、そうもいかなくなる。
体重が使えないこと、下半身が安定しないことの二点でやり難かろう。最後の最後まで胆力と膂力を保ち、自分の肉体を自分の意思で制御して、冷酷に刺し貫かねばならないはずだ。
「ふん、立ったままか……『切腹の作法も知らんのか』と誰かが笑っとった、ハハハ」
「………」
思わず同僚をにらみつけた。よほどその目が険しかったのに相違ない。
「なんだその目は。文句でもあるのか?」
「や、文句などないです」
「お前は、性根が腐ってるんだよ。あの父にして、この子ありさ」
「………」
小太郎は言い返さなかったが、心中では「いつか思い知らせてやる」と心に誓っていた。
「小太郎、上田城での暮らしには慣れたか?」
一ヶ月ほど経ったころ、文机で書き物をしていた源三郎が、作業を続けながら、傍らに控える小太郎に質した。新之助がいないところを見計らったように声をかけてきたので、源三郎としても気を遣ってくれているのかも知れない。
「はい」
「うん、そうか」
やがて筆を止め、小太郎に向き直り、ニッコリと微笑んだ。
「………」
小太郎は、主人から微笑まれて、どう返していいのか分からず、只々背筋をピンと伸ばした。
「お前は、もう少し笑った方がいい」
「はいッ」
「泣いた顔も見たことがない」
「も、申しわけございません」
畳に両手をついて平伏した。やはり小太郎にも意地がある。メソメソと泣いて、新之助をはじめとする周囲の奴らから「弱虫」と冷笑されたくはなかった。
「謝ることではないが……子供は食って寝て、泣いて笑うのが仕事だと思うぞ。そうは思わんか?」
「はいッ。食って寝て、泣いて笑います」
「ま、無理に泣かんでもいいが」
源三郎は、少年の鯱張った答えに苦笑した。
「お前、なにか不満や不服でもあるのか?」
「ありません!」
さらに背筋を伸ばし声を張った。いっそ新之助からの虐めを訴えようかとも思ったが、自分の価値を下げるような気がして黙っていた。新之助が憎いのなら、主人に頼らず、腕力でなり、言論でなり、自分でかたを付ければいい。それができないのなら、今は黙っているべきだ。
「誰ぞから、酷いことでも言われたとか?」
「言われておりません!」
実は、新之助だけではない。真田家中での小太郎の立場は微妙なのである。主人から預かった名胡桃城を奪われたのは小太郎の父で、敵に内応し城を奪ったのは小太郎の叔父であることに間違いないのだから。
しかも、弟が兄を裏切った原因は、親族間における破廉恥な色恋沙汰で、その中心にいたのは小太郎の母だというのだ。
「恥ずかしげもなく、ようも真田の禄を食んでおれるのう。鈴木小太郎、ガキのくせに大した玉よ」
「なにせ奴の母親が希代の淫婦だ。オギャと母の股座から生れ出た端から、面の皮だけが特別にぶ厚くできておるのだろうさ」
そんな陰口が城内では、頻繁に囁かれていた。
小太郎の母が義弟の九兵衛と密通し、間男をそそのかして「真田を裏切るように仕向けた」というのが定説になっている。元より小太郎には陰口の具体的な内容は理解できなかったが、自分と死んだ両親が真田家中で大いに軽蔑され、嫌われていることだけはよく分かった。
源三郎と稲姫が目をかけてくれているから、新之助の他には、露骨に虐める者こそいなかったが、子供心に冷たい視線を受けるのは辛かったし、暗い廊下で背後から突き飛ばされたことも幾度かあった。結果、次第に小太郎は無口で感情を表に出さない子供となっていき、そこを心配した源三郎が「泣け、笑え」と助言してくれたものと思われる。
「なにか嫌なことがあればワシに申せ。悪しゅうはせん。不満を自分の腹に溜め込むな。腹が不満で膨れて動けなくなるぞ」
「はいッ。不満を腹に溜め込みません!」
いよいよ背筋を伸ばし、天井に向かって声を張った。
「頑固者め……仕方のない奴だなァ」
と、心優しい主人が苦笑した。
三
天正十八年(一五九〇)二月。風雲は急を告げていた。来月には、秀吉からの陣触れが上田城にも届くはず、との報せが大坂から入った。いよいよ小田原城攻めが始まる。北条氏による名胡桃城侵奪が惣無事令違背に問われたのだ。小太郎自身は知る由もないが、両軍合わせて三十万人に近い将兵が激突する天下の大合戦は、なんと鈴木家内部の色恋沙汰を端緒としているのだから驚く。
源三郎は出陣の支度に忙しい。小太郎と新之助に手伝えることはなにもない。邪魔にならないように部屋の隅に二人身を縮めて座っていた。
本丸御殿内では、大人たちが殺気立って走り回り、怒声が飛び交っている。この正月で七歳になったが、まだまだ小太郎は幼い。怪我でもさせられてはいけないと、稲姫の部屋で過ごすことが多くなった。新之助と離れていられるのだけがなんとも嬉しかった。
「こちらに、鈴木小太郎様はおいでになりましょうか?」
広縁に取次の老足軽が畏まった。
二ノ丸の鈴木邸内で、高橋主計が倒れたという。
「倒れた? 病か?」
稲姫が厳しく質した。
今し方、厠内で倒れ、従僕が引き摺ってようやく夜具に横たえたとのこと。意識はあるが、左の手足が動かないらしい。卒中のようだ。
「小太郎様のことを呼んでおられるそうで」
「これ、小太郎!」
「はい」
「すぐに行くのです!」
「御意」
表情すら変えずに一礼し、ゆっくりと立ち上がり、おもむろに歩み去った。
「まったく……あの子、ばかりは……」
稲姫が嘆息を漏らした。両親のいない小太郎にとって、主計は家来というよりも親代わりの存在だ。その彼が倒れたというのに、少年はいつもとまったく変わらずに平然と歩み去った。
ただ、心の中では大層慌てていたのである。
(主計が死んだらどうしよう。俺は独りぼっちになってしまう)
父の代には騎乗身分、徒士、小者併せて八人いた奉公人だが、今では主計の他には、少し知恵の足りない庄吉という従僕が一人残っているだけだ。城を敵に奪われ、醜聞にまみれた鈴木氏である。真田家中での立場は極度に弱体化していた。主家の将来に見切りをつけた他の六人は、沼田に帰って帰農したり、他家へ仕官したりで屋敷から去っていった。
(残るのは阿呆の庄吉だけか……参ったなァ)
庭に面した広縁を悠然と歩いていた小太郎の歩みが、次第次第に速くなる。
(やはり、主計に死なれては困る。絶対に困る)
速足から、やがては駆け足になった。
小太郎は、本丸御殿から二ノ丸の自邸に駆け戻ると、ドタドタと廊下を走り、主計の居室へ急行した。
「爺ィ、大丈夫か?」
「おお、殿……」
と、身を起こそうとする主計を押し止め、枕元に胡座し、顔を覗き込んだ。
妙に赤い、脂ぎった顔をしている。だが、意外に元気そうだ。とても病人には見えないが、確かに主計の左半身は、手も足も動かなかった。
「手、動かないの?」
「なに、どうせ左手にござる。右手さえ動けば、箸も刀も握れまする」
老人は無理に笑ってみせたが、悲しいかな、左の口角が上らない笑顔だ。
「爺ィ、死んではならん。俺を一人ぼっちにしないでくれ」
「なんの、庄吉もおりますゆえ」
「ここにくるときにも考えたのだが、あれは阿呆だ。頼りにならん」
首を振って庄吉の不在を確認した後、主計の耳に囁いた。
「ハハハ、それは困りましたなァ」
主計の発音が、ややまどろっこしい。聞き難い。顔の左側の皮膚が全体に垂れ下ってきており、喋り辛いのだろう。涎も顔の左側にのみ垂れている。ただ、右半身に麻痺が出た場合は、言葉自体が出なくなるそうで、それよりは意思の疎通ができる分まだましだ。
主計は、自分が居なくなった後のことについて、小太郎に様々な助言を与えた。主計は「大切なことゆえ、一言一句忘れずにお聞き下され」と少年を下から凝視した。
「三百石の領地を統べていくのは、今の殿には難しゅうござる」
父から受け継いだ鈴木家の領地だ。三百石なら、小さな村一つ分である。
「真田家に頼んで一旦領地を召し上げて貰い、代わりにその分の給金を貰うようになされ」
「わかった。そうする」
と、頷いて後、左右を見回してから声を潜めた。
「でも爺ィ、俺は真田家が嫌いだ。父や母のことを悪く言う真田武士は好かん。あんな奴らに物を頼みたくない」
「でも、殿もまた真田武士なのでは?」
「俺は真田家中を敵にまわしても、最後の最後まで父と母の味方だ。だから奴らとは違う」
「なるほど……」
主計は少し考えた後、話し出した。
「大殿様と大奥様を悪しゅう言わない御仁は、おられぬのですか?」
主計にとっての「殿」は、あくまでも小太郎なのだ。小太郎の父を「大殿」と呼ぶ所以である。
「それは、いる」
「誰?」
「我が殿源三郎様と奥方様のお二人だ」
「それはよかった。ならば、このようにお考えになられては如何?」
と、さらに声を潜めた。小太郎は主計の口元に耳を寄せた。
「小太郎様は、真田家に仕えているのではござらん。源三郎様と奥方様にお仕えしているのでござるよ」
「同じことでしょ。我が殿はいずれ真田家をお継ぎになるのだから」
「同じことのようで、同じことではござらん。たとえば、お二人が御病気で亡くなられたとして、殿は真田家に忠誠を尽くす義理はもうなくなってはおりませんか?」
「なるほど。確かに嫌いな真田家に仕える義理はもうないな」
「で、ござろう。今後はそう考えるようになされよ。これで殿が生きる目処が、一つ定まりましたなァ」
「なにそれ?」
「源三郎様と奥方様をお守りすることこそが、殿が武士として生きる目処になるのでございますよ。で、今一つは……」
「まだあるの?」
「ございます。今一つは、怨仇中山九兵衛を討ち取り、亡き大殿と奥方様の御無念を晴らすこと」
「九兵衛は、必ず殺す」
七歳の少年が拳を握り締めた。
「しかし、その九兵衛は滅法強い。特に、奴めの剣は侮れません」
「そ、そこだな」
「源三郎様御夫婦をお守りするにも、親の仇を討つにも、腕が必要にござる。殿は腕を磨かねばなりません。明日と言わず、今日から鍛錬をお始めなされ」
「でも……なにを、どうやる?」
と、少年が困惑顔で身を乗り出した。
「体に合った木剣を選び、日に百回お振りなされ。まずはそこから。体が大きくなれば、漸次に木剣も長く重くされよ。回数も多くしていく。やがて二斤(約一・二キログラム)の木刀を日に二千回振れるようになったとき、殿は中山九兵衛と互角に渡り合えましょう」
「互角? 二千回振れても、まだ勝てないの?」
「後は……ち、知恵の勝負に……ございまする」
ここまで喋ると、主計は小太郎の顔を見て、ニッコリと微笑みかけた。
「殿は賢い。きっと……き、九兵衛に……勝てまする」
主計は無理をして右腕を伸ばし、小太郎の頭を撫でた。ただ、その腕に力は入らず「撫でる」というより「触った」だけのような印象だ。主計は「少し眠りまする」と呟いて目を閉じた。そしてその瞼は、二度と開くことがなかった。
「小太郎、鍛錬とは感心ですね」
侍女を伴って通りかかった稲姫が、広縁で立ち止まり、声をかけてきた。
十日前に亡くなった郎党の遺言を守り、毎日熱心に庭の隅で木剣を百回振っている。稲姫の声を聴くと、小太郎は即座に素振りを止め、木刀を背中に隠して控え、頭を垂れた。
「お前、なかなかよい音を出していましたよ」
木剣の切っ先が、風を切る音のことを褒めてくれているようだ。木剣自体は源三郎に選んでもらった。長さと重さが、ちょうど小太郎の体力に合っていたものと見え、振ればビュンビュンと甲高く小気味よい音がした。
「でも、三度に一度は鈍い音がしていた。なぜだかわかりますか?」
「いえ」
確かに言われた通りだ。稲姫が指摘したように、三度に一度の割合でよい音が出ない。
(同じ力で振っているのに、なぜだろう?)
と、自分でも不思議に感じていたのだ。
「貸してごらん」
稲姫は、広縁の端に片膝を突いて身を屈め、小太郎から木剣を受け取った。
「ほら、柄の形を御覧なさい」
と、木剣を逆さに持ち、柄頭を小太郎に向けた。当然、柄の断面は正円でなく楕円だ。
「なぜ、真ん丸でないと思いますか?」
「わかりません!」
背筋をピンと伸ばし、空に向かって叫んだ。
「それはね」
刀とは、存外潰しの利かない不器用な得物である。正しい角度で振り下ろさねば相手は斬れない。妙な角度で打ち込むと、刀身の方が折れたり、曲がったりしてしまう。
「どの角度で握り、どの方向に振ればよいのか、握った瞬間に、たとえ闇の中でも分かるよう、柄は扁平に潰れたような形なのです。柄が真ん丸だと、どの角度で握っているのか分かり難いでしょ」
と、稲姫が説明した。
木刀は、真剣を使いこなせるように鍛錬するための道具だ。正しく振らねばよい音は出ないように作ってある。幼い小太郎の握力では、柄を強く握り締め、固定させることが難しい。だから三度に一度の割で、手が緩み、不適切な角度で木刀を振り下ろしてしまう。結果、満足に風を切る音が出なくなるのだ。
「木刀を強く振ることばかりに、気を集めてはなりません」
さらに講義は続いた。
「振り下ろす力は三分の一で充分。三分の一は柄を握る手に、残りの三分の一は、木剣を振るとき、背筋をまっすぐ伸ばすことに意を用い、集中しなさい」
と、稲姫は木刀を小太郎に返した。
「では」
と、早速正眼に構えた。稲姫の話は納得できたのだが、どうしても今一つ違和感がある。腑に落ちない。
(奥方様は……女だよなァ)
正眼に構えたままチラと稲姫を窺った。穏かに微笑む、十八歳の美しい女性がそこにいた。
(女子が、どうして剣術に詳しい?)
後から知ったことだが、稲姫は幼少より剣術に親しみ、実父本多平八郎忠勝の血を引いたものか、「小太刀の名手」と称されるほどの使い手だったのだ。
ビュン、ビュン、ビュン。
柄の握りと背筋に気を配って振ると、軽快な音が続いた。十数回に一度、音が低くなったが、それ以外はいい音だ。
(ちょっとしたことなのに、こんなにも違うものか)
小太郎は嬉しくなった。子供のころに工夫や努力が報われると、その記憶は生涯の財産となる。その子はずっと、工夫と努力の可能性を信じる大人に育つだろうから。
「小太郎、摑みましたね」
稲姫が莞爾と微笑み、立ち上がった。
「御教示、有難うございましたァ」
小太郎は木剣を振る手を止め、深々と頭を下げ、去り行く稲姫の背中に向って叫んだ。稲姫は、黙って頭の横に手を上げて応え、振り返ることもなく広縁を歩み去った。
四
新之助が稲姫の用事で席を外し、源三郎の居室には小太郎一人が残された。
「あれ、お前一人か?」
広縁の障子の陰から、源三郎が自室を覗き込み、小太郎に質した。
「はい。新之助殿は、奥方様の御用事で厨の方に行っておられまする」
「あ、そう」
と、源三郎が入ってきて、小太郎が端座する前に、ドッカと腰を下ろした。
「於稲から聞いたぞ。お前、筋がいいらしいな」
「筋?」
「剣術よ」
「ああ、殿様から拝領した木剣を日に百回振っております」
「うん、感心じゃ。ただ、剣術ばかりではいかんぞ」
「はあ」
「刀で鎧武者は斬れん。精密な槍の刺突で鎧の隙間を狙ってこそ敵は倒せる」
「はい」
初めて聞いた。刀で甲冑が切れないのなら、確かに長い槍の方が有利かも知れない。
「戦場で武勲を挙げたければ、まずは槍の鍛錬をせえ。槍ならワシが教えてやれるしな」
「殿……」
背後で不満げな女の声がした。男二人が振り返ってみれば、稲姫である。
「折角子供がやる気になっているのに、なぜ水を差すようなことを仰るのですか?」
「や、だって」
妻の不機嫌に、源三郎が少したじろいだ。
「戦場では槍の方が断然使えるのだ。剣は槍を失くした場合の控えの得物よ。ワシは噓はゆうておらん。刀で鎧武者は斬れん。槍の刺突こそ最強である」
「殿は野太刀や大太刀を御存知ないのですか? 長大な野太刀の一閃が鎧武者を両断した話など、珍しくもございませんよ」
「ハハハ、あんなものを振り回してみろ。敵も倒せようが、周囲の味方も四、五人は巻き添えにしとるわい」
野太刀、大太刀とは、刀身が三尺(約九十センチ)を超えるものから、ときには十尺(約三メートル)近くもある長大な刀を指す。通常の太刀の刀身は二尺五寸(約七十五センチ)前後、打ち刀のそれは二尺三寸(約六十九センチ)程度だから、如何に長い得物であるかが知れよう。威力も抜群で、鎧武者にも十分対抗できるが、十尺近くもの刀身を振り回せば、やはり同士討ちの危険性が高くなる。徒士兵の密集戦闘が主流となった戦国期、薙刀が廃れ、槍が主力となったのも同じ理由だ。
「それは使い手が未熟だからです」
稲姫が目を剝いて反論した。
「小太郎、折角木剣の素振りを日課としたのです。良い習慣を忘れないように」
「や、木剣を振るなとはゆうておらん。槍も鍛錬せえとゆうとるだけじゃ」
「二兎を追う者は一兎をも得ず。槍も剣も鍛錬したら、小太郎は眠る間がなくなってしまいます」
と、日頃は仲の良い夫婦が口論を始めた。しかも、小太郎の鍛錬の方向性を巡る対立である。二人とも小太郎の将来を見据えて、真剣に夫婦喧嘩を「してくれている」のだ。
本当に有難いことだと思う。申しわけないことだとも思う、その一方で――
(なぜこの御夫婦は、かくも俺に優しいのか? 目をかけてくれるのか?)
と、上田城にきた当初から疑問に思わぬでもなかったのだが、そこは、親を亡くした上に、真田家の諸氏から嫌われている自分の境遇に「同情してくれているのだろう」と思いなし、只管「感謝すべき」と心に決めた。
(死んだ主計もゆうておった。俺は真田家に仕えているのではない。源三郎様とその奥方様に仕えているのだ。色々と詮索せずに、信幸様御夫婦のために死ぬことこそが、俺の武士道と考えよう)
家族もおらず、朋輩もできない孤独な少年の理解者は、真田源三郎夫婦だけなのである。天にも地にも二人だけ。小太郎の中で、源三郎と稲姫への忠誠心だけが肥大化していった。
そして勿論もう一つ――
(怨仇中山九兵衛を斬る! 奴を斬って、父母の恥と恨みを晴らす。奴の首を父
母の墓前に供えるために、俺はこの恥辱に満ちた今を生きるのだ)
その決意は本物だ。小太郎に妥協はなかった。剣も槍も、武芸百般を徹底して習得した。生まれ持った資質も優れていたのだろうが、少年はメキメキと腕を上げた。
折も折、天正十八年(一五九〇)三月には戦端が開かれ、遂に小田原征討が始まった。真田昌幸、信幸父子も越後国の上杉勢、加賀国の前田勢と合流、三月末には碓氷峠を駆け下り、上野国は安中にある山城、松井田城に総攻撃を仕掛けた。
元より、七歳の小太郎と十歳の新之助は参戦していない。上田城に留まり、稲姫とともに真田父子の留守を守っている。
源三郎たちが武蔵国八王子城に攻めかかった天正十八年(一五九〇)六月二十三日、上田城で暮らす小太郎にも、転機が訪れていた。
この日を新暦に直せば、七月の二十四日に当たる。標高が高く比較的涼しい上田でも夏蟬たちが、ここを先途とやかましく鳴き交わしていた。
ミーン、ミンミンミンミーン。
「暑いな」
横谷新之助が額の汗を懐紙で拭いながら、傍らの小太郎を見ずに呟いた。
「はい」
出征のため人影がまばらになり、蟬の声がする以外は森閑とした上田城内である。中庭に面した広縁に幼い小小姓が二人、並んで端座していた。
「お前の面を見ていると余計に暑苦しくなるよ」
「す、済みません」
新之助の皮肉や罵倒は日常茶飯事で、一々目くじらは立てない。生返事をかえして聞き流すのみだ。同僚といっても三歳年長だし、小姓としても先輩だ。一応は新之助の顔を立てている。ただ心中では――
(お前が肥えているから暑いのだ。もう少し瘦せろ。そんな腹では戦場で後れを取るぞ)
と、言い返している。
「喉が渇いた。水を持ってこい」
「………」
「おい、返事は?」
「は、はい」
不満だったが仕方がない。不承不承に立ち上がった。
二人だけのとき、こうして新之助から用を命じられることが多い。で、席を外しているときに限って、源三郎や稲姫が顔を見せるのだ。新之助が「小太郎は自分が用事を命じ、今は席を外している」なぞと言ってくれるはずもないから、小太郎が𠮟られることになる。源三郎や稲姫ならまだしも、端から小太郎に悪感情を抱いている相手だと、それはこっぴどくやられる。大人から𠮟られる小太郎を、新之助はニヤニヤしながら眺めているだけだ。
(新之助の奴、いずれぶん殴ってやる)
と、いつか「やり返し、思い知らせてやれる時節」を待って、隠忍自重の日々を送ってきた次第だ。
(や、いっそ今日はどうだろう)
零すといけないので、厨では木椀に水を半分だけ注いでくれた。その椀を受け取り、廊下で転ばぬよう慎重に歩を進めながら考えた。
(殿はおられんし、奥方様は城下にお出ましで留守だ。喧嘩を始めても誰も止めんし、思い切ってやれるぞ……でも、俺、奴に勝てるのかな?)
小太郎は新之助より三歳若いが、身の丈は然程に変わらない。新之助が小柄というよりも、小太郎が大柄なのだ。鈴木家には高身長の男子が多い。父も憎き九兵衛も大柄だった。殊に九兵衛の身の丈は六尺(約百八十センチ)を超える。この時代、男性の平均身長は五尺二寸(約百五十六センチ)ほどだから、六尺あれば、人混みで首一つ抜きん出る大男といえた。
さらには、二月から四ヶ月以上も毎日続けている木剣振りの効果が出て、自分でも驚くほどに膂力がついた。そのことも小太郎の背中を押していた。今では日に三百回は木刀を振っている。反対に新之助は、体を動かすことが嫌いなようで、あまり武術の鍛錬に身を入れている様子はない。
(問題は目方だな)
新之助はよく肥えている。おそらく瘦せっぽちの小太郎の倍近くの体重があるはずだ。
(正々堂々と殴り合ったら勝てんな。敗けるぞ)
体重がある方が、拳の威力は確実に上だろう。
(工夫だ。工夫することだ)
稲姫はほんの一言二言の助言で、小太郎の素振りを格段に進歩させた。身の丈は互角、膂力や動きの良さは、日々鍛錬を積んでいる自分に分がある。問題は目方だ。そこに絞って、工夫をして戦えば必ず勝てるはずだ。
(七歳の俺が、十歳の新之助を倒すなら……まず、機先を制することだな)
長い廊下を歩きながら、目の前に捧げ持つ水が半分ほど注がれた木椀を眺めるうち、よい思案が浮かんだ。小太郎がニヤリと不敵に笑った。
「遅いぞ!」
新之助は広縁に座ったまま、木椀を運んできた小太郎をにらんだ。
「済みません」
と、零れるほどに並々と水をはった木椀を、慎重に差し出した。
「馬鹿が。入れ過ぎだ。零れるだろう。もう少し加減をせい。馬鹿ッ」
新之助が立ち上がり、木椀を受け取り、のどがかわいていたのか舌なめずりをして一気に水を飲み込んだ。
「おい、なんだこの水、しょっぱいぞ」
新之助が目を剝いた。
「それはそうでしょう……だって、俺の小便を入れたもの」
と、叫ぶなり、身を屈め、新之助の両膝を抱え込み、太腿の辺りを肩で押しに押した。
「わ、わ、危ない」
たまらず新之助が後ろに倒れて尻餅をつく。小太郎の小便入りの木椀の水が広縁にぶちまけられた。
間髪を容れず、仰向けに寝た新之助の体を這い上り、胸の辺りに馬乗りとなった。両膝で相手の二の腕を抑え込めば、後は殴り放題だ。
ゴン、ゴン。
二発殴ったところで、組み敷かれた新之助が吼えた。
「お前のお袋は、淫蕩な婢だァ」
ゴン、ゴン、ゴン。
死んだ母の分も拳に力を込めて三発殴る。ここで新之助の鼻から、盛大に鮮血が噴き出した。
「新之助、俺はお前に仕えているわけではない!」
小太郎も負けずに怒鳴り返す。
「二度と俺をお前の用事に使うな! 二度と母上を侮辱するな! 誓え!」
「喧しいわ! 淫乱の子がァ!」
ゴン、ゴン、ゴン。
八発も殴ると、小太郎の拳の皮は破れ、血が滲み、新之助の鼻血と混ざって、酷いことになった。
「この売女の子がッ! プッ」
新之助が血の混ざった唾を吐きかけた。赤い飛沫が小太郎の顔にかかり、少年の怒りに火をつけた。
「俺は……俺は、お前が大嫌いだァ!」
小太郎が吼え、さらに殴りつけた。
ゴン、ゴン。
「止めろーーーッ」
「止めないッ。お前を殴り殺し、俺も腹を切って死ぬ! あの世でもお前を殴ってやるッ」
ゴン、ゴン、ゴン。
十三発目の拳が振り下ろされたとき、さしもの新之助も泣き始めた。戦国武者の子として気を張っていたが、延々と殴られ続けて「本当に殺されるのかも知れない」との不安が涙腺を緩めたのかも知れない。
「新之助、泣いたな! 負けを認めるんだな?」
「うん」
泣きながら新之助が頷いた。
「認めるから、もう殴らないでくれェ」
「分かった、もう殴らない。でも約束しろ。俺はお前の家来じゃないな?」
「うん」
「俺の母上のことを二度と侮辱しないな?」
「うん」
「よし、分かった。じゃ、ゆるしてや……」
「たーーーーーーけッ(戯けッ)」
と、背後で女の怒声がした。三河弁だ。
それと同時に、小太郎は後頭部に強い衝撃を受けた。組み敷いた新之助の顔の上を飛び越え、頭から転がって広縁から庭へと転落した。背中を地面で強く打ち、一瞬息が止まったが、やがて復活して、這う這うの体で広縁によじ上った。
怒声の主は、侍女二人を連れた稲姫であった。夏も盛りなので、薄萌黄色の打掛の上半身だけを脱ぎ、腰の辺りにダランと垂らしている。上流婦人の夏の装い、所謂、腰巻姿だ。
侍女たちが血塗れの新之助を介抱し、稲姫は小袖の裾を直している。どうやら最前の後頭部への強い衝撃は、稲姫が足の裏で蹴り飛ばしたものらしい。幾ら喧嘩を止めるためとはいえ、やることが乱暴だ。さすがは徳川家臣団随一の猛将の娘、血は争えない。
小太郎は、広縁の隅に端座し畏まった。乱れた裃や袴を直し、血が着いた衣服や肌を懐紙で拭った。
「恥を知りなさい」
二人の小姓を並べての説教が始まった。
「大人が戦場で戦っているときに、留守を守るべき小姓二人が果し合いですか? そんなに精気が余っているのなら、今すぐ甲冑を着て小田原に馳せ参じなさい」
「………」
「こ、小太郎が私に、しょ、小便入りの水を飲ませたのです」
十歳の少年がしゃくり上げながら、七歳の少年の悪行を告発した。その顔は血塗れで、日頃の倍ほどの大きさに腫れあがっている。左目下の傷は深く、パックリと口を開け、そこから鮮血が止めどもなく滲み出ていた。
「な……」
小便を朋輩に飲ませる――あまりのことに、稲姫は言葉を失った。
「奥方様、そう申せばこの水、若干臭いまする」
侍女の一人が、広縁中にぶちまけられた木椀の水に鼻を近づけて臭いを嗅ぎ、眉間に皴を寄せた。
「小太郎、相違ないのですか?」
「はいッ。相違ございません!」
例によって胸を張り、顔を上げ、天に向かって叫んだ。小太郎の小袖は、自らの拳から流れ出た血と、新之助からの返り血で赤く染まっていた。
「何故、小水を同役に飲ませたのか?」
「腹が立ったからであります」
「腹が立ったとな?」
稲姫がグイと顔を寄せてきた。息がかかるほどの距離だ。父親譲りの鋭い眼光でにらまれたが、その目は怖いというより、むしろ美しい。心の奥底を覗き込まれるような清冽な眼差しだ。いい匂いがして、頭がクラクラとした。淡く透き通った肌にも、七歳の小太郎は魅了されていた。
(は、母上と同じ匂いだ)
「何に腹が立ったのか? 新之助の言葉に腹が立ったのか?」
「お、覚えておりません」
これは八割方本音であった。もう新之助との経緯などどうでもいい。
今も新之助は、隣で小太郎の悪口を言い募っている。自分は親切に仕事を教えてやったのに、小便を飲まされ、殴られた。小太郎が何に腹を立てたのか、見当もつかないと泣きながら喚いている。左目下の傷は塞がる様子が無く、侍女が幾ら拭っても血が滴り落ちた。ちなみに、この傷は生涯新之助の頰に残り、新之助の小太郎への遺恨の象徴となってしまう。
新之助の憤りを黙殺し、小太郎は只管、稲姫の目を真っ直ぐに見返していた。彼女の吐息が、小太郎の唇にかかり、彼は身を震わせた。もしこの感情を恋と呼べるなら、確かに小太郎の初恋はこのときであったと思われる。
小田原城包囲戦を中心に、激戦が関東各地で繰り広げられていた。北条氏はよく戦ったが、七月には降伏し、秀吉による戦後処理の結果、沼田城も名胡桃城も真田家の持ち城となった。
沼田城主として沼田領二万七千石を新たに任されたのは真田源三郎である。
天正十九年(一五九一)、上田城から懐かしい沼田の地へと戻ってきた鈴木小太郎だが、世の移り変わりなど委細構わず、源三郎夫婦への忠勤と己の腕を磨くことに専念していた。日に三百回振っていた木剣は、次第に長く、重たい木剣へと代わり、回数も五百、六百と増えていった。
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン。
まだ明けやらぬ沼田城本丸御殿の庭に、今朝も小太郎が振る木剣の音が響いていた。
第二章 右近、右往左往する
一
七年の歳月が流れた。
慶長三年(一五九八)四月。場所は上野国沼田城。
沼田城は、利根川東岸の崖の上にそびえる平城だ。城の南東四里(約十六キロ)にある赤城山から下ってきた裾野が川で削られ、河岸段丘となったその端に立っている。西は比高二十七丈(約八十メートル)の崖の下に利根川が、北には同じく薄根川が流れている。
十五歳の大柄な少年へと成長した鈴木小太郎こと鈴木右近は、主人真田源三郎こと真田伊豆守信幸に、自らの改易を願い出た。
「か、改易だと?」
信幸が怪訝そうな顔で訊き返した。
「何が不満か。改易になどしたら、人一倍飯を食らうお前のこと、暮らしが立ちゆかんだろうが」
右近は大食漢だ。大量の飯を食らい、その分大きく育った。膂力は三人力とも五人力とも称される。数えで十五だから、まだまだ伸びる余地はある。父親の主水や叔父の九兵衛の身の丈をも軽く超えそうだ。
「不満など一切ございませんが、それがしを真田家から、どうしても放逐して頂かねばなりません」
「でも、なぜだ?」
「それは……」
実は、北条家滅亡後に消息を絶っていた親の仇である中山九兵衛が、素知らぬ顔で小早川家に仕えていることが判明したからだ。九兵衛は六尺(約百八十センチ)豊かな偉丈夫である上に、なかなかの美男子だ。それに剣の腕が無双だから、仕官もし易いのだろう。ただ、目立つ分、どこに隠れても噂はすぐに広まる。
三ヶ月前の慶長三年一月、朝鮮から帰国した小早川秀秋は、筑前国から越前国への転封を命じられた。つまり、真田家を改易された右近が目指す先は越前国ということになる。
仇を討って両親の無念を晴らしたいとの右近の決意は固い。しかし、小早川家当主の秀秋は秀吉正室・北政所の甥で、豊家の御一門衆である。そんな貴人の家来を真田家の者が斬れば、迷惑が信幸にまで及ぶやも知れない。そこで、前もって改易して貰い、真田との縁を切っておこうと考えた次第である。
右近――三年前、十二歳になった鈴木小太郎は、同僚の横谷新之助とともに元服した。それを機に、新之助は左近、小太郎は右近と通り名を変えたのだ。主人信幸を「左右から協力して支える」との趣旨なのだが、今もってこの二人、仲が悪い。反りが合わない。
「然様な事情であれば致し方がないな。分かった。お役目不行き届きとの名目で、お前を改易しよう。ただな、右近よ」
信幸が身を乗り出した。心配そうな顔だ。
「お前はまだ若い。浪人の暮らしの厳しさを知らん。仇を討つには、まずは日々の暮らしを安定させることが必要なのだぞ」
「確かに」
信幸は右近に、餞別を贈るという。
「餞別などと、改易される者にそんな御厚情を……」
と、一度は固辞したのだが「餞別を受け取ることが、改易をする条件じゃ」と妙な理屈で押し切られた。餞別は四つもあるという。
第一は銭だ。銀八枚を下賜された。銀一枚は金一両に相当する。往時の銀は精錬に膨大な時間と手間がかかり、現代のそれよりかなり割高だったのだ。戦国期の金一両をおよそ三十万円とすれば、銀八枚には大体二百四十万円ほどの価値がある。去り行く家臣への餞別としては破格かつ異例だ。
第二は人だ。四年前に従僕の庄吉に夜逃げされて以来、奉公人が一人もいない右近に、家臣として榛名大吉という足軽をつけてくれるそうな。右近より九歳年長で、農民出身だが思慮深く、槍の腕は一級品であるそうな。
第三は伝手だ。小早川家に近づく手づるとして、同家の剣法指南役である柳生宗章への紹介状を持たせてくれた。宗章の実弟である徳川家重臣の柳生宗矩と信幸は以前より昵懇の仲で、宗矩から兄宗章の人となりについては、色々と聞かされていたらしい。
微に入り細を穿つ主人の心配りである。右近は感激しながら平伏した。いつか必ず恩返しをする。ありきたりな忠義を超えた強い想いで信幸を守り、尽くすと心に誓った。
榛名大吉は、色浅黒く、肩幅広く、胸もぶ厚い。まるで長持を縦に置き、手足を付けたような男だった。腕も長く、立って体側に両腕を垂らすと、指の先は膝を越えて脛に届くほどだ。それでいて身の丈は、五尺(約百五十センチ)そこそこしかない。対戦する敵からすれば、的は小さいくせに、得物の切っ先は悠々と胸元を突いてくる。実にやり難い。戦うための体形で生れてきたような青年であった。
「榛名大吉と申しまする。宜しゅうお願い申しまする」
「鈴木右近だ。宜しく頼む」
右近の居室で、主従の挨拶を済ませた。
日に焼けた顔をクシャクシャにしてよく喋り、よく笑う。愛嬌があっていい。右近は、ムッツリとして喜怒哀楽を表に出さない性質だから、主従で均衡がとれて丁度いいのではあるまいか。
俸給は年に銀一枚(約三十万円)、右近のことは「旦那様」と呼ぶことに決めた。主従関係なのだから「殿」と呼ばせることも可能だが、信幸や昌幸への呼称と紛らわしいので「旦那様」を選んだ。
襖が半分ほど開いて、隣室の横谷左近が顔を覗かせた。不躾にも左近は、榛名大吉の人相風体に、くまなく目を走らせる。視線に気づいた大吉は、困惑した様子だったが、それでもニッコリと微笑み、左近に会釈してみせた。左近は足軽の会釈を無視すると、ようやく右近に顔を向けた。
「お前、真田家を出るそうだな」
左目下の傷痕を触りつつ左近が訊いた。当初は右近への当てつけで傷痕を触っていたのだろうが、今や彼の癖になってしまっている。
「はい」
「何処に行く?」
「まだ分かりません」
越前国に行って親の仇を討つつもりだが、左近に伝える義理はない。どうせ、右近を貶める話に改変して言いふらすに決まっている。
「お前がいなくなると寂しいよ」
感情の籠らない無機質な声だ。八年前に小便を飲まされたことと、左目下に大きな傷痕が残ったことを、左近は今も深く根に持っている。
(ふん、心にもないことを申すな)
心中では舌を出したが、表面上は――
「俺も寂しいです。左近様、色々とお世話になり申した」
と、形だけ平伏した。事情も分からず大吉が、主人に倣い平伏したのが、なんとも滑稽だった。
稲姫こと小松殿は、越前行きに大反対だった。
「無茶です。中山九兵衛は真田家随一の使い手だったと聞きますよ」
小松殿は今年二十六になった。三十に近づいても、その美貌は毫も衰えを見せない。むしろ、文禄四年(一五九五)に長男の孫六郎(後の信吉)を、昨年慶長二年(一五九七)に次男仙千代(後の信政)を産んだことで、目つきの鋭さが随分と和らいだ。その分、以前よりも女性らしい優雅さが際立ってきたと右近は思っている。
(俺は果報者よ)
と、小松殿に対座しながら右近は思った。母とも姉とも慕い、さらには理想の女性として崇拝さえしている小松殿から、身の上を心配して貰っているのだ。有難いことだと八百万の神々に感謝した。
「お前はこの八年、よく鍛錬を重ねてきました。体も大きくなって、一人前の武人になれたと思います」
小松殿は、ここで自らを落ち着かせるように息を吐き、また言葉を続けた。
「でも、まだお前は十五……惣無事令が出て国内での戦は無くなり、まだ初陣も飾れていないではありませんか。稽古と実戦は違う。幾度も戦場を体験している九兵衛に勝てるはずがない。殺されますよ」
「殿様から腕利きの槍足軽を一人賜りましたゆえ、二人で挑めば……」
「お前ね」
焦れた小松殿が、右近の言葉を遮った。
「どうして端から、二対一で戦えると決めているのですか? 主家を裏切って敵側に内応するほどの卑劣漢、正々堂々と立ち合いに応じると思うところが、すでに甘い。あちらも従者や助っ人を伴っていたらなんとする?」
「そ……」
「戦場では、なんでもあり。飛道具を持ち出してくるやも知れません。そこをお前は分かっておらん」
「な……」
「お、やっとるやっとる」
右近が口籠ったところに、広縁から信幸がニヤニヤしながら入ってきた。右近は救われた気分で主に叩頭した。
「殿、右近を死なせるおつもりですか?」
「だからさ」
信幸は小松殿のすぐ前にドッカと腰を下ろした。右近に背中を見せている。これは「お前の味方をしてやるぞ」との意思表示と右近は感じた。
「右近は、柳生宗章殿に弟子入りするのじゃ」
「弟子入り? 柳生にですか?」
(え、そ、そうなの?)
当の右近はなにも聞かされていない。只々小早川家に入り込む伝手として、柳生宗章を紹介されたと思っていた。
「ワシは宗章殿に会ったことこそないが、弟である宗矩殿から縷々話は伺っておる。かの先生は、人生の達人だそうな」
「人生の? 剣の達人ではないのですか?」
小松殿がまぜっ返した。
「だから、人生も剣も達人なのよ」
「胡散臭い。そもそも、徳川家中で柳生一族の評判はあまり芳しくなかったから」
「そ、そうなのか?」
「そうですとも。口が上手いだけで、剣は『然程でもない』との評判でした」
(く、口が上手いだけって……俺は、そんな者に弟子入りするのか?)
「ま、なにしろだ」
旗色が悪くなった信幸が、小松殿を制した。
「その剣と人生の達人に入門し、右近は剣の道をさらに究める。で、『もう大丈夫、九兵衛を倒せる』と見極めたところで、師匠は仇討の許可を出す。そういう運びになっておる。宗章殿への書状には、そのように認めておいた」
「本当に?」
「噓だと申すのか?」
「右近?」
小松殿が、信幸越しに声をかけてきた。
「お前、そのように聞いておるのかえ?」
「あ、あんの……」
元より、なにもかもが初耳だ。
信幸が振り返り、右近を厳しくにらんだ。これはいけない。ここは話を合わせておかねば、忠義の道にもとる。
「御意ッ。確かに、そのように伺っておりました」
と、平伏した。
越前国へと旅立つ前夜。
右近は一人、自室の文机の前に座っていた。机の上には少し黄ばんだ封書が乗せてある。端正な手蹟で「小太郎様へ」と宛名が書かれた母からの書状だ。自死する直前に渡された手紙だから、遺書と呼んでもいいだろう。
灯火の芯がジジジと鳴って、微かな煙を上げた。
(母上は、俺が大人になったら「開いて読みなさい」と言い残された)
明朝には、七年暮らしたこの沼田城を出ていく。たった十五年の人生だが、長く暮らした城である。親代わりだった信幸夫婦の元を旅立つからには「自分も大人になった」と認めていいはずだ。
(読むか……)
腹を決め、隣室の気配を窺った。横谷左近の微かな寝息が漏れ伝わってくる。
(今後の人生を左右するような内容かも知れん。左近のような奴に邪魔されたくはないからな)
と、封緘を解き、懸紙を外した。
「小太郎様へ」
から始まる長い手紙であった。
今まで、母の志野に纏わる悪意に満ちた噂を幾度も耳にしてきた。母は義弟の中山九兵衛と密通した。さらには九兵衛をそそのかし、夫の主水が城代を務める名胡桃城を、北条側に引き渡させたというものだ。
天地開闢以来の毒婦、なんぞと母は呼ばれている。
(ふん、そんなことを、あの母上がするものか)
との確信はあったが、それを口にすることは憚られた。世間とは、興味を引く下世話で刺激的な話を信じようとするものだ。たとえ真実であっても、面白味の無い凡庸な話には耳を傾けてくれない。
美しい人妻が義弟と不義を犯し、夫を陥れるために城を敵側に引き渡す。
まさに下世話な内容ではないか。真田家中はこの刺激的な物語に飛びつき、拘泥した。右近が表だって、母を弁護することを控えた所以である。無駄だと悟ったのだ。
母の書状を読み進めるうちに、嫌悪すべき事実も判明した。
母と九兵衛の間に、色恋沙汰があったのは事実のようだ。この点だけは噂話は正しかったのだ。尤も、一方的に九兵衛が母に横恋慕し、関係を迫っていただけらしい。一族内のことである。母は当初、やんわりと断っていたのだが、九兵衛が諦めることはなかった。しつこく迫られ業を煮やした母は、ある日、九兵衛と対決した。
「九兵衛殿、もしこれ以上、私につきまとうようなら、私、このことを主水に伝えるつもりです。夫は貴方を許さないでしょう」
と、最後通牒を突きつけたのだ。
「なんと……拙者がここまで貴女を想っているのに、その言い草はなんだ!」
可愛さ余って憎さが百倍。切羽詰まった九兵衛は、思い通りにならない女とその夫を破滅させる道を選び、北条方の猪俣邦憲に連絡を取った――そういう経緯が母の書状には認められていた。
「あ、呆れた話だな」
右近は手紙を文机に置くと、溜息をもらした。
しばらくの間は、腕を組み、天井をにらんで考え込んでいたが、やがて立ち上がると、夜具を敷き始めた。
(色々と混乱してもの事を満足に考えられない。明朝の出発は早いのだ。今は寝るに如かず。明日、歩きながらでも考えよう)
――それはいいのだが、様々な思いが胸の内で交錯し、大層興奮している。十五歳の右近、果たして眠れるのか?
二
払暁、右近と大吉は誰にも見送られることなく、沼田城をひっそりと発った。
主従とも伊賀袴に羽織、両刀を佩び、手甲脚絆姿だ。頭には菅笠をかぶる。さらに、目いっぱいに詰め込んだ打飼袋を、幾つも腰や肩に巻いた。また、目立つのは背中に背負った長大な木刀だ。左肩から右腰にかけて斜めに背負っている。日課の素振りを欠かさないため、荷物にはなるが持ってきた。
馬を使うことも考えたが、銭の節約と、越前までの旅が山岳を越える難儀な道のりであることを考慮、あえて徒で行く。
案じた通りで、今朝の右近の両眼は真っ赤である。父母の無念を思い、九兵衛への怒りが昂じ、よく眠れなかったのだ。
沼田から越前までは百里(約四百キロ)以上もある。道中には、巨大な山塊が幾つも横たわっていた。榛名山と浅間山、八ヶ岳、最難関の飛驒山地、最後は両白山地だ。平地なら距離的に半月ほどの旅程であるが、途中の難路を思えば、倍の一ヶ月は見ておかねばなるまい。
慶長三年(一五九八)四月十一日は、新暦に直せば五月の十六日だが、標高の高い場所にはまだ雪が残っているはずだ。食料やら防寒具やらで荷物がかさむ。凍傷が恐いので赤唐辛子まで持った。数粒を足袋の爪先に入れておけば凍傷の予防になる。
沼田盆地を出ると、道は山と山の鞍部を縫うようにして西へと進んでいた。まずは榛名山、それに続く浅間山を左に見て歩く。上田城までの二十四里(約九十六キロ)を四日で歩いたから、序盤は順調だ。右近主従には若さがある。体も疲れておらず、まだまだ行ける。
上田城を発ち、松本街道を南西へと進み、青木の辺りから山道に入った。田沢川に沿って細い山道をダラダラと上る。八ヶ岳北部の山々は南部のそれに比してなだらかで標高も然程ではない。山中で野宿をしたが、あまり寒くもなかった。朝方、山中を走る山犬(日本狼)の群れを見た。翌日は天候が崩れ、松本の宿で二泊して英気を養う。
松本盆地の端から飛驒山地への急登が始まり、街道の最高地点である安房峠へ向けて比高三百三十丈(約千メートル)を一気に上る。直線距離なら六里(約二十四キロ)ほどだが、急峻な山道のこととて直登は難しい。九十九折りの道が延々と続き、体感的には倍の距離を歩かされている印象だ。
「ハア、八ヶ岳越えは大したことなかったが、ハア、さすがに飛驒の山々は険しゅうございまするなァ」
急登に喘ぐ榛名大吉が、悠然と前を行く右近に話しかけた。
「うん」
「旦那様は……ハア、息が乱れんのでございまするか?」
「そうだな」
(ま、お前とは、日頃の鍛え方が違うのさ)
と、内心でほくそ笑んだ。
「右手の山をご覧下され。ハア、あれ、雪ですぞ」
「雪だなァ」
前方遥か北方に見える焼岳の山頂部には白いものが見える。
「もう初夏なのに雪って……ハア、まったく大体……」
「なあ、大吉よ」
歩を進めながら、右近が背後を振り返った。
「はい?」
「お前、息が苦しいのなら、黙って歩いた方が楽だぞ」
「ま、そりゃそうでしょうがねェ……山の中で人もいないし、ハア、喋ってないと寂しいから、ハア、それに松本で、黙って歩くと熊が出ると、ハア、宿の主人がゆうとりましたので……熊なんぞに出られた日には、ハア、たまりませんからなァ、ハハハ。熊は困る。ハア」
「お前は不平不満とゆうか、愚痴が多いなァ」
「ああ、なるほど……それは言い得て妙ですな。性分なんですかねェ?」
「知らんよ」
「きっと、性分なんですわ」
ここでしばらく会話は途切れた。やがて右近がポツリと言った。
「ま、性分なら仕方ないよな」
「相済みません」
大吉がペコリと頭を下げた。
主従は安房峠への坂道を黙々と上り続けた。
安房峠は、北側に聳える赤棚山と南方に屹立する安房山の鞍部を抜ける寂しい峠だ。標高は一七九〇メートルだから、通常であれば、平地より気温は十一度も低い。
安房峠のはるか手前で日が暮れた。見渡す界隈に人家はない。
「火を焚いて、野宿としよう」
「はッ」
見上げる空に雲はない。西の空に宵の明星がポツンと光っているだけ。天候の崩れは心配なさそうだ。大分冷え込むだろうが、焚火の火を絶やさず、落ち葉を搔き寄せて潜り込めば、十分に夜は越せる。
夕餉は、川魚の焼干しを焚火で炙り、焼飯を二人で分けて齧った。大食漢の右近には不足の量だが、味は最高。終日山道を歩き続けた身には、身震いするほどに美味く感じる。
「美味しゅうございますねェ」
「うん、美味いな」
「これは、岩魚にございますか?」
「さあ、知らん」
「全身に白い斑点があれば岩魚、楕円の模様が連なっていれば山女だそうにございますよ。でも、焼干しにすると模様がよく分からんから」
と、大吉が干魚を焚火の炎にかざして眺めた。
「背の部分に、白い斑点が見えるぞ」
「では、岩魚ですな」
「おお、岩魚かァ」
と、頭から干魚にかぶりついた。
ホウ、ホウホウ。
山毛欅の梢で梟が鳴いた。焚火で魚や肉を炙ると、森の獣を呼び寄せると聞いたことがある。熊などを呼び寄せては大変だが、干魚を炙って食うのだけは、美味くて止められない。もし熊が出たら、大吉と協力して迎え撃ち、追い払うだけだ。突っ込んでくる熊の出足を大吉の槍で止め、そこを右近が櫂型木剣で打ち据える。狙うのは頭だ。なんぼ熊でも逃げるだろう。
旅も八日目である。ほんの九日前に知り合ったばかりの大吉とも大分打ち解けた。右近と大吉は主従関係だし、性格も随分と異なるが、気は合うように思う。
上手く言えないが、基本的に人間不信の右近が、大吉の存在を不快だとは感じないのだ。
(そもそも大吉には、俺を警戒する様子も蔑む様子も見えない。普通につき合ってくれる……ただ、俺が皆から嫌われていることを知らんだけかもな?)
「な、大吉よ」
焚火の炎を見つめながら、右近が質した。
「はい」
「お前、なんで俺の家来になった?」
「それは、伊豆守様に命じられたからでございます」
「でも、嫌なら断ればよい。殿様は無理強いされるようなお方ではないだろ」
「ま、然様でございますなァ」
焚火にくべた生木が水を吹き、バチッと爆ぜた。
「俺が、真田家中で嫌われている噂を知っているのか?」
「はい、真田家に仕えて八年ほどになりますので、なんとなくは……」
大吉は少し間を置いてから、遠慮がちに呟いた。
「耳には入っております」
「噂をどう聞いた?」
「手前には分かりません。でも、伊豆守様は『心配要らん』と仰せでした。『大吉が本気で仕えれば、必ず報われるから』と」
「その言葉を信じたということか」
「はい」
しばらく沈黙が流れた。
「なにしろ……仲良くやろう」
「よろしくお願い致しまする」
時刻は四つ(午後十時)を少し回ったころか。東の空には、楕円の月がかかっている。この月は明朝明るくなるまで天にある。もし熊が忍び寄ってきても、月が一声かけてくれそうだ。
結局、山中でもう一泊し、翌朝ようやく安房峠に立った。
南東には遠く富岳を望み、四方を飛驒の山々に囲まれた絶景である。ここから本日の目的地である平湯の湯治場までは下り坂が続く。安房の名は、この地を訪れた日蓮上人の出身地である安房国から命名したと聞く。
平湯の湯治場に着いたのは、旅も十日目のこととなった。
ようやく道半ばだ。ここまでは順調だが、好天に恵まれたことと、主従の若さと体力、旅の序盤で体がまだ元気だったことが大きい。後半は雨も降ろうし、疲れも出てくる。両白山地も越えねばならない。もう少し時間がかかりそうだ。ゆっくりと湯に浸かり、難路に備えて疲れを癒やしておこう。ちなみに、平湯温泉の開湯は比較的新しい。武田信玄四天王の一人山県昌景が、白猿に導かれて発見し、戦傷を癒やしたのが起源と伝わる。およそ三十四年前のことだ。
「これを読んでおけ」
平湯の宿で――宿と言っても、囲炉裏を切った無人の掘っ建て小屋が、数軒立っているだけだが――右近は大吉に母の遺書を手渡した。
「宜しいのですか? 亡くなった御母堂様からの書状なのでしょ」
「これから俺たちが殺しに行く仇のことが書いてある。お前が中山九兵衛を知る縁にでもなれば、と思ってな。この十数日、お前の心根を見ていた。俺はお前を信じるよ」
母の手紙を読んだ大吉が、如何なる反応を示すのか多少不安だったが、論語には「民、信なくば立たず」とある。下の者が上の者を信じるには、まず主人が家来を信じることだと判断した。
「然様ですか、では」
と、一度押し戴いてから遺書を広げ、囲炉裏の炎に照らして読み始めた。
小屋の外でカサコソと音がする。人気のない山中の夜だ。風が落ち葉を騒がせているのか、小動物でも来ているのか分からない。
「これは……」
読み終えた大吉が顔を上げた。その顔には安堵の色が浮かんでいる。
「旦那様にとって、喜ばしい内容でございますなァ」
手紙を読む限り、母の志野と中山九兵衛の間に不義はなく、母が九兵衛の謀反に加担した事実もない。手紙の後半には、己が潔白の証として「自死する」との言葉も認められていた。
「俺は母の子だから書状の内容はすべて信じるが、ま、こればかりは一方的な話だから」
「喉を突く直前の人は、決して噓などつかないものにございます。なにせ、後生が恐ろしいですからなァ」
と、微かに笑みを浮かべた。
「済まん。そう言って貰えると、母も浮かばれるよ」
ケン、ケーーン。
森の奥で、狐が鳴いた。
右近は、以前小松殿から言われたことを思い出した。
「お前は、殿様と私以外は誰も信用しないという。人の世が世知辛いのは認めるが、お前はまだ若い。そう頑なにならず、一人また一人と信頼できる人物をゆっくり増やしていきなさい。そのような生き方を私はお前に奨めます」
三
飛驒高山を抜け、両白山地へと分け入った。白山の麓を大きく迂回し、谷間に点在する集落を縫うようにして進んだ。大雨で足止めされた日も多く、越前国の大野盆地へ出た時には、思わず主従揃って歓喜の雄叫びをあげた。後は北ノ庄まで平地を行ける。
上野国沼田を発って二十五日目、這う這うの体で越前国北ノ庄城へ到着したのだが――愕然とした。
目指す仇の中山九兵衛も、伝手となるはずの柳生宗章も、果ては小早川家自体が北ノ庄城には来ていなかったのである。
前越前領主の堀秀治は、この四月に新領地にある越後国春日山城に移って行ったが、まだ堀家の留守居役が居残っており、実務は元朝倉家家臣で今は秀吉に仕える溝江長氏が城番として取り仕切っていた。
「金吾中納言(秀秋)様は伏見屋敷におられるはず。小早川家の剣法指南役ならば、その柳生宗章殿とやらも、京におられるのではないかな?」
六十絡みで白髪の溝江は、興味なさげに右近をあしらった。金吾とは、小早川秀秋の官職である左衛門督の唐名、執金吾の略だ。
「きょ、京にございまするか?」
二十五日に及ぶ長旅の疲れを滲ませた顔で、右近が呻いた。
「然様……ただ、確証はない。小早川家の前の領地は筑前国と聞くから、あるいは、まだそちらにおられるのやも知れん」
「ち、筑前⁉ きゅ、九州の筑前でござるか?」
「然様、九州の筑前にござる」
北ノ庄から筑前国まではざっと二百里(約八百キロ)、京まででも三十八里(約百五十キロ)ほどはある。ここまで山越えで百里(約四百キロ)以上を歩いてきた右近主従にとっては、かなり辛い延長戦となりそうだ。
結局、小早川秀秋は伏見城下の自邸に居ることが判明した。伏見から越前に派遣されてきた小早川家の武士から聞いたので、間違いなさそうだ。
慶長三年(一五九八)五月十二日、右近主従は琵琶湖畔を経て京に至った。右近は元より、大吉も「生れて初めての都」である。若い二人の胸は高鳴ったが、鴨川を渡ることもなく、洛中を右手に見ながら伏見へ向けて南下した。文禄四年(一五九五)に起こった秀次切腹事件――関白豊臣秀次が叔父にあたる豊臣秀吉の怒りを買い、親族もろ共に粛清された――で、聚楽第が破却されて以降、政治の中心は伏見へと移っていたのだ。
二人が目指す小早川邸も、木幡山伏見城の西方にあった。南北に三町(約三百二十七メートル)、東西に一町(約百九メートル)もある広大な邸宅だ。
現代でいうと、国道二十四号とJR奈良線が接する辺り、ちょうど御香宮神社のある場所が小早川秀秋の伏見屋敷であった。近所には前田利家、池田長吉、金森長近など豊臣家重臣衆の屋敷が立ち並ぶ一等地である。
柳生宗章は、小早川邸内に住んでいた。齢は三十三。中肉中背。飄々として惚けた風貌。およそ剣豪の印象からは遠い。
「あ、そう。色々と大変やったねェ」
自室として使っている豪華な書院で、信幸からの書状を読み終えると、対座する右近に向いニッコリと微笑みかけた。善良そうな笑顔だとは思うが、生涯の師とか主人と呼ぶには、ちと軽い印象だ。物足りない気がする。
「この怨仇……中山九兵衛か……貴公の叔父御に当たるのかいな?」
「はい。父の弟にございまする」
「あ、そう。そりゃ、大変や、色々となァ」
「は、はい」
(この御仁、大丈夫か? 「大変」と「色々」と「あ、そう」しかゆうておらんぞ。ひょっとして、阿呆なのかな?)
しばらく、空疎な沈黙が書院内に流れた。
「この仇でございまするが、小早川家の御家来衆の中に紛れ込んでおるとの噂を耳に致しました。如何なものでしょうか?」
「うん、おるよ」
「で、それは?」
意気込んで、前のめりになった。
「名を『外山六兵衛』と名乗っておる。百二十石や。関東の訛りがあるから、北条に仕えていて浪人した者やろうとの噂が元からあった。それにしても、工夫がなさすぎる偽名やなァ。こいつは阿呆なのか?」
「あ、あの……」
中山九兵衛が外山六兵衛に――確かに工夫がない。ただ、九兵衛の記憶は、右近が極幼い頃のものしかなく、阿呆か否かまではよく分からない。秀麗な顔立ちの大男、その程度の印象が残るだけだ。
「早い時期に、両親の無念を晴らしたく思いまするが」
「無念を晴らすって、貴公がやるの?」
「勿論。家臣に槍の名手もおりますれば、主従二人で力を合わせて」
「暫時、待たれよ」
と、右掌を右近に向けて言葉を遮った。親指のつけ根から走る生命線がやけに短い。よくは知らんが「早死にの相」と見た。
「ワシの見るところ、六兵衛は強いで。相当に強い。歩く姿を幾度か見たが、腰が据わり上体がまったくブレん。あれはかなり鍛えておる。奴の剣、切っ先が矢鱈と速いはずやぞ」
「確かに、真田家中でも有数の剣の使い手であったそうにございまする」
「さもあろう。で、貴公は強いのか?」
「まだまだ修行中の身にございまする」
と、謙遜はしたが、死んだ郎党の高橋主計の遺言に従い、この八年間ただの一日も欠かさずに木剣を振ってきた。今回の旅の間も休まなかった。得物は体力に応じて徐々に長く重たいものに替え、今では重さ三斤(約一・八キログラム)、長さ四尺(約百二十センチ)の長大な赤樫の櫂型木剣を使っている。櫂型木剣は刀身の部分が太く先重心の際たる得物で、振れば実際の重量以上に重く感じる鍛錬用の木剣だ。回数も増やした。立って五百回、しゃがんで二百回を朝昼晩、都合二千百回を振っている。真田家の家臣衆と稽古をして、後れをとった記憶は一度もない。やり合えば、九兵衛でも六兵衛でも倒せないはずはない。
「や、よう鍛えとると思うよ。貴公の歩く姿も拝見したが、その年で上体と足腰に不足はない。よう鍛錬しとる。ただな」
と、身を乗り出した。
「乳から下、珍宝から上がまだまだ弱い」
「え、え?」
(ち、珍宝だと? やはり駄目だ、このお方は……本物の阿呆だ)
「つまり、胴体やな。胴体を鍛えなさい。切っ先が格段に速うなる」
「はあ」
とだけ生返事をし、後はうつむき黙っていた。
(奥方様が言っておられた通り柳生は駄目だ。こ奴も口ばかりの調子者だ)
と、完全に見放した。
(いずれにせよ、こんな阿呆に関わっていても時の無駄。早速今夜にでも、大吉と二人で九兵衛を殺ろう)
「どうした? 不満げやなァ」
宗章が右近の目を覗き込んだ。
「や、御高説、感じ入りました」
自分は信幸の紹介でここにきている。本音は兎も角、表面上、無礼な態度はとれない。
「で、その外山六兵衛とやらの住まいは何処にございまするか?」
「おや……」
と、宗章が右近の目を覗き込んだ。
「どうしても、すぐに立ち合うおつもりか?」
腹は読まれている。
「自分のことですので、自分の判断でやらせて頂きたく思います」
「貴公、死ぬよ?」
「死など恐れてはおりません!」
と、背筋を伸ばし、天井を仰ぎ見て盛大に吼えた。子供の頃、よくやっていた癖が久しぶりに出た。
「うん。そうか……貴公とワシは心情的に相容れんようや。師弟の関係を結んでも無駄であろう。分かった。外山六兵衛の居場所を教えよう」
「かたじけのうございまする」
と、平伏した。
「でも、ま、袖すり合うも他生の縁とか申す。居場所を教える前に、一つだけ試させて貰おう」
と、立ち上がり、右近の背後へと回り込んだ。右近、反射的に身構え、腰の脇差を引きつけた。
「大丈夫、大丈夫、斬りかかったりはせんから」
と、笑って腰から扇子を抜きとり、右近に手渡した。ズシリと重い。黒鉄の鉄扇である。
「これを片手で振って御覧なされ」
「はい……では」
と、二度ほど振ってみた。どうということもない。少し重いだけの扇子だ。
「御免」
そう断ってから宗章は、右手で右近の首の後ろを摑んだ。痛くはない。軽く押さえるような、支えるような感触だ。次に、左手で肩を摑み、小刻みに揺らし始めた。
(なんの真似だ?)
「さ、もう一度、鉄扇を振って御覧」
「はい」
と、振ったが、最前のようには決まらない。的が定まらないというか、鉄扇がピタリと止まらない。確かに肩を揺すられてはいるが、そう大した揺れではないのにだ。
「上手くいかんやろ?」
「は、はい」
「貴公の手足は強靱や。九兵衛にも引けはとらん。でもな、胴体が弱い」
と、右近の背中を肩から臍裏までポンポンと背骨に沿って叩いた。
「この辺が貴公と九兵衛の一番の差なんや」
「そ……」
所謂「体幹」であろう。特に刀は、背骨が安定していないと、どんなに膂力や足腰を鍛えても、打突に真の迫力は出ない。
(なるほどな)
右近は宗章を、少しだけ見直していた。宗章の前で刀を振った覚えはない。歩く姿を見ただけで、身体の弱い部分、鍛えるべき箇所が分かるようだ。
(ま、結論を急がず、少し様子を見てみるか)
鈴木右近は、柳生宗章の弟子兼家臣となった。
四
慶長三年(一五九八)の五月十五日は、新暦に直すと六月十八日に当たる。伏見も梅雨に入ったらしく、ここ数日は雨が続いており鬱陶しい。
この五月に入って以降、木幡山伏見城内の秀吉は床に伏せる日が多くなった。病状は次第に悪化していく。
死期を悟った秀吉はこの日、そぼ降る雨の中、徳川家康らの有力者を呼び寄せ、「太閤様被成御煩候内に被為仰置候覚(たいこうさま おんわずらい なされそうろう うちに おおせおき なされそうろう おぼえ)」と銘打った十一箇条からなる遺言書を提示した。内容は要するに「いいかお前ら、秀頼を守り、盛り立てろよ」である。
これを受けた家康らは起請文を書き、血判を押して秀吉に提出した。起請文とは、神仏に誓約する旨を書き記した文章である。多くの場合、牛王宝印が押された護符の裏面に記された。
一方、小早川邸では――右近は初めて屋敷の主を見た。
権中納言小早川秀秋卿である。自邸のこととて供廻りは四人ほどだが、足音高く廊下を威張って歩く「なで肩の小男」に遭遇した。
供廻りの一人に目が釘付けになった。
その顔に見覚えがあった。幼い頃の記憶だが、ほぼ間違いあるまい。中山九兵衛だ。





