【第1回】「この人生は書かなきゃだめだ!」作家・井原忠政が、実在の無名武士・鈴木右近で新シリーズを始動したワケ〉から続く

「井原戦国三部作」の最新シリーズとして、真田家と、そこに仕えた実在の無名武士・鈴木右近の物語を描く「真田武士心得」シリーズ。作家・井原忠政氏は、主人公・右近を「異端児」と語る。作中の右近は熊のような大男で、巨大な野太刀(刃長が3尺〈約90.9cm〉を超える太刀)を振るう。そのキャラクター造形には、意外な創作秘話があった。

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著者の井原忠政氏

――右近のキャラクター造形が非常にユニークです。熊のような巨体で野太刀を振るう「野人」という設定は、どこから着想を得たのでしょうか。

井原 これは創作の裏話になりますが、毎回主人公を考えるときは、これまでのキャラクターたちと被らないように、全く違うタイプにしようと心がけているんです。茂兵衛や与一郎とは対極にいるような、もっと野性的で規格外の男を描きたいな、と。そう考えた時に、自然と「熊のような大男」というイメージが湧いてきました。彼の武器も、繊細な技が求められる槍や弓より、その巨大な体躯を生かせる豪快な「野太刀」が一番しっくりくる。もう、これしかないだろう、と直感的に決まりましたね。

野太刀の例。姉川の戦いで真柄直隆が振るった太郎太刀は、全長約303㎝、刃長は約221.5cm!

――それが、作中で柳生家の家宝の野太刀と結びついていくのが見事でした。右近の剣の師匠となる柳生宗章もまた、飄々としていて掴みどころのない、魅力的なキャラクターですね。

井原 宗章が飄々としているのは、完全に私の趣味ですね(笑)。私の小説では、スーパーマンは主人公や主要人物にはなりません。なぜなら、完璧な人間が偉大なことをしても、そこに大きな驚きや感動は生まれにくいからです。

 むしろ、欠点だらけの人間が、運命に翻弄されながらも成長し、何かを成し遂げた時にこそ、読者は大きなカタルシスを感じると思うんです。そのギャップが面白い。日本の漫画もそうじゃないですか。元々は落ちこぼれだったり、ひねくれ者だったりする主人公が成長していく。そういう物語に、みんな惹かれるんだと思うんです。

――だからこそ、敵役(ヴィラン)である中山九兵衛(右近の仇敵)は、完璧な「スーパーマン」として描かれているのですね。

井原 確かに。だから、私の描く主人公は、みんな問題児ばかりなんです(笑)。

――右近は、主君への愛情と、両親を死に追いやった仇への復讐心という、一見矛盾した感情を抱えています。

井原 そうなんです。でも、人間ってそういうものじゃないですか。理屈では割り切れない感情がぶつかり合い、葛藤することで、キャラクターに深みが生まれる。ただ、小説の中でその矛盾をそのまま描くと、読者は「あれ?」と戸惑ってしまうかもしれない。だから、主人公自身に「俺は矛盾してるよな」と悩ませる。その葛藤を描くことで、読者の方も共感し、物語の毒気が抜けていくと思うんです。

柳生の里にある柳生一族の墓所・芳徳寺

――右近を支える2人の家来、榛名大吉と権蔵とのコミカルなやり取りも、物語の中で良いアクセントになっていますね。

井原 彼らも右近の成長に必要な存在なんです。身分の下の者たちから突っ込みを入れられたり、慕われたりする中で、閉ざしていた彼の心が少しずつ開かれていく。右近が人間性を取り戻していくんです。生まれながらの異端児ではなく、境遇によって作られた「変人」が、人との関わりの中で本来の自分に帰っていく。これは、病理がほぐれていく「回復」の物語でもあると思っているんですよ。(第3回へつづく

井原忠政(いはら・ただまさ)
2000年、「連弾・デュオ」で第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』などがある。16年、『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』(経塚丸雄名義)で時代小説家デビューし、翌年に同作で第6回歴史時代作家クラブ賞新人賞受賞。20年、井原忠政名義で「三河雑兵心得」シリーズを刊行開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろし編第1位獲得、日本ど真ん中書店大賞2023を受賞。22年、「北近江合戦心得」シリーズを刊行開始。25年、原作とシナリオを担当した『羆撃ちのサムライ』(作画・本庄敬)が第54回日本漫画家協会賞のまんが王国・土佐賞を受賞。他の著書に「うつけ屋敷の旗本大家」シリーズ、「人撃ち稼業」シリーズがある。

【第3回】「真田家への仁義でも忠義でもない」井原忠政が描く、鈴木右近を動かす“むきだしの感情”とは?〉へ続く