──六篇の中のひとつ「蛙たち」はあまりに悲惨で感情移入できないので、距離をおいて書かれているのでは。
松岡 ポーランドのアウシュビッツ強制収容所を見学する話で、これは何度も書き直しました。最後にがつんと突き抜けた明るさを持ち込みたかったけど、足りないね。題材が題材だから、とっても悪戦苦闘しました。悔しいのでまた書きます。
──そこが特徴的だと思います。田口さんは、初めに決めつけて書かずに、迷いながら登場人物と一緒に苦悶しながら小説を書いているように感じられます。
松岡 いつも結論がないよね。
──わからない、ということが結論ということもある?
松岡 善だとか悪だとか、これでいいだとか、ハッピーエンドだとか、作れないですね。苦手です。
──安易に結論を出さないのですね。
松岡 出さないんじゃなくて、出せないの。いろいろな学者さんや宗教者の方たちと、シンポジウムでディスカッションなどしますでしょう。そうすると、この人たちは本当に自分とは違うなあ、と思うんですよね。皆さん高い意識、知性と経験をお持ちで、素晴らしいお仕事をされています。それはとても長い年月をかけて蓄積してきたものですから、いきなり私の目の前に出てきても、高級すぎて食べにくいんですね。消化不良を起こしてしまう。もし私がそれと同じことを書くのなら、学者になればいいんです。私がしたいのはその高級なことをできるだけ「くだらなく」書くこと。こんなことを言うと読者は怒るかもしれません。あなたもっと立派な小説を書きなさいよって言われそうですよね。でも、どう「くだらなく」できるかが私の目標なんです。それが作家になった使命だとすら思っています。だけど、ぜんぜん足りないのね。まだ偉そうに書いていますよね。「くだらない」って言うと誤解されそうだけど、ギャグとも違うし、やっぱり「くだらない」としか表現できないんだけど。
──選ばれる題材そのものはいつもシリアスですね。
松岡 自分がどんな作品に感動するかというと、ものすごく噛(か)み砕かれたシリアスなものになんです。たとえば、深沢七郎さんの小説。テーマは深刻ですが、『楢山節考』はあんなに低い位置から書いてますよね。太宰治の『人間失格』だって、書いてあることは実に情けなく「くだらない」でしょう。だけどとてつもなくシリアスですよね。タイトルからして「人間失格」ですから。
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